第4話
多種多様な機器と、情報工学や生命機能に関する雑多な資料が山積している研究室で修斗はキーボードを叩いていた。初めてこの部屋にトモヒロと来てから一年と少しが過ぎた。現在修斗は三年生になる前の春休みの最中である。結局二年生になる前の春休みの訪問から研究内容に興味を持ち、さらに教授に気に入られ通うようになった。
トモヒロはもう卒業して研究室にはいない。大学院には進まず就職したと聞いた。
窓を開けていると春の暖かい風が入ってくるはずだが、精密機器があるためそうはいかない。部屋にある機材は研究に関連していて、研究内容は脳波を測定しそこからイメージを生成するというものだった。
修斗が大学に入る前ごろに技術的な革新があった。それまでは脳波を詳細に測定するには密着するか、直接電極を脳に埋め込まなければならなかった。しかし、半径約二メートルほどの脳波をすべて測定できる”ウェーバー”と呼ばれる機器がアメリカの大学で発明された。理屈も成果物も画期的だった。これは木製バットほどの大きさと重さで、棒の先にセンサーが取り付けられている。このセンサーで範囲内の人間の脳波を受信しデータ化できるというわけだ。
ウェーバーが出てからすぐにその正確性の検証がおこなわれた。事実、今までの密着型、侵襲型との差異は見られなかった。ただ、ウェーバーは密着型、侵襲型ができる脳波のコントロールはできないことも分かった。ただ受けとるだけの機械で信号を送り出すことはできない、
ということだ。
しばらくして、同様に遠隔で脳波を読み取るような機器を発明するムーブメントが起きた。ウェーバーの設計の理屈は単純だったから大学も民間企業も改良に取り組んだ。また脳波を受信するだけでなく、コントロールできるように理論を整えている者もいるらしい。
このムーブメントとほぼ同時期にウェーバーを利用して脳波を情報処理して何かを生成しようとする動きがとられた。修斗の研究室の教授がやっていることだ。あるものは画像を、あるものは音楽を、あるものは文章を生み出そうという試みだ。
修斗は人の脳から文章を生み出す研究をしようとした。星新一の作品を個人の脳波から生み出そうとしたのだ。
星新一を読んだことのあるものなら「星新一っぽい」や「星新一で見たかも」というような感情が想起されることを修斗は他人との交流で知っていた。きっかけになったのはトモヒロだった。トモヒロは星新一を読まなくなったと伝えたときから星新一っぽい話を何度かしてくれた。落ちがあって、ひねりがあって面白かったが、いかんせん話の組み立てが下手だった。無駄に繰り返しがあったり、すんなりオチまでいかなかったりだ。
ただ、だれもがこのような話を経験していたり、思いついていたりしていて、ただ誰かに話せるほどの構成になってないということは修斗にとって大きな発見だった。
この発見をもとに修斗は研究を進めている。誰かの「星新一っぽい話を」脳波から取り出し、作品に仕立て上げるというテーマだ。作品に仕立て上げるのは星新一の作品を学習させたAIにさせるつもりだ。
修斗は教授と二人きりで部屋にこもり実験をし、それについてまとめる作業をしている。会話はなく静かにキーボードを叩く音だけが研究室に響いていた。二人が部屋を出たのは警備員が様子を見に来た夜中だった。
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