第3話

 駅からキャンパスまでは十分程度、門からフットサルコートまでは五分かからない場所にある。修斗は着替えと弁当が入ったリュックを背負いコートまで歩いて行った。晴れてはいるものの、イヤホンをしていても音が聞こえるほど北風が強く、ある程度の高さにあってもいい太陽も雲に覆われていた。天気予報によると気温もシーズンで最も低いらしい。運動には向かない日だと修斗は思った。


 風にあおられながら歩いていると後ろから声をかけられた。自転車に乗ったトモヒロだった。


「よお、今日ちょっと寒すぎないか」


 修斗はイヤホンを外して返事をする。


「ほんとですよ。汗かいたら逆に風邪ひいちゃいそうです」


 軽く天気の話をした後にトモヒロが言った。


「この前の、十日くらい前か、電話は切羽詰まった感じだったけど。その後どうよ、星新一の代わりはでてきたのか」


 修斗は言葉に詰まった。というのもトモヒロのアドバイスが全く効果がなかったからだ。むしろ逆効果といってもいい。他の作者によるショートショートを読むと星新一との差が、他のジャンルでほかの作者を読んだときとの差よりもはっきりわかる。短いからこそエッセンスが抽出されているのだ。ある程度の読後感を得られたものの、逆に刺激され、さらに強く欲していた。


 十日前にトモヒロに相談した後の朝すぐに古本屋に行き、ショートショートの本を十冊ほど買って読んでみた。いつもしているように三つ読んで寝ようとしたが、満足できずに一冊まるまる読んでしまった。その日は無理やり寝たが、寝つきも寝起きも最悪だった。次の日は二冊、その次の日は残りの七冊と、三日ですべて読んでしまった。そのあとはもうどうしようもないので何も読んでいない。どうせ薄まった読後感しか得られない星新一はもちろん、新聞でさえ読む気にもならなかった。


 お前のアドバイスはさっぱり役に立たなかった、とは言えない。うまくこの場をやり過ごせる言葉を修斗は探した。


「まあ、ぼちぼちって感じです。うん、まだ読んでないのもありますから。はい」


「結局、星新一の代わりはそう簡単に現れないか。なかなか難しいもんだいだよな。じゃあ一旦このことを忘れて、何かほかのことに没頭するとかどうよ。」


「ほかのことって、運動は怪我してできないっすよ」


「すぐにスポーツが出てくるのは修斗らしいな。別に没頭できるのは運動だけじゃないぜ、音楽とか絵画とか始めてみたり。そうだよバンド始めたらどうだ?ビートルズのコピーバンドやってる話は前したろ?」


「うーん」


「なんだ、興味なさそうだな。まあ、学生なんだから研究早めに始めてもいいしな」


「今言ったのだと、研究が一番興味持ちましたね。美術とか音楽とかは小中高で成績よくなくて、聞いたり見たりするのは好きなんですけど」


「じゃあ今度うちの教授の研究室に来なよ、案内してやる」


 ちょうどフットサルコートに着いた。修斗はトモヒロと研究室に訪問する日時を決めた、自転車を置いてくるトモヒロの背中を眺めながら、修斗はベンチに荷物を置いた。


 サークルの全員が着替えて準備運動をする頃には雲はどこかに行っていた。ランニングをし、入念なストレッチを終え体温を上げ、修斗はフットサルへと意識を切り替えた。


 

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