第2話

 特売で買ったティーバッグの紅茶を飲みながら、修斗はサークルの先輩、トモヒロに電話を掛けた。


 トモヒロは修斗に煙草を教えた先輩だった。同郷ということでかわいがってくれ、勉強のことから人間関係のことまで、様々な相談に乗ってくれた。二人で都内で試合をする地元のプロチームを見に行ったこともある。


 トモヒロはすぐに電話に出た。


「どうした、こんな時間に」


 いつも通りのぶっきらぼうな声だ。トモヒロは電話でも普段と同じ声のトーンで話す。声を高くして話す両親を見て育った修斗には、相手のことを考えない人間にみえたが、そうではないことを修斗は知っていた。


「いま、時間大丈夫ですか」


「ああ、問題ないよ。明日も別に早いわけじゃないしな」


 トモヒロは敬語じゃなくていい、と言うが修斗は先輩にため口というのがどうにもしっくりこなかった。修斗は自分はやはり体育会系だということを思い知らされる。


「自分が星新一のショートショートを毎日読んでる話は前にしましたよね。それがとうとう二周目が終わりまして」


「言ってたなそんな話。変わったやつだと思ったのを覚えてるわ。普通ショートショートなんて一気に読んじゃうだろ。それをお前、一日に三つだけなんて考えらないな、俺には。で、今電話をかけてきたのは三周目に入るって意思表明か」


 トモヒロの笑い声が携帯のスピーカーから聞こえてくる。


「ちょっと真面目に聞いてほしいんです。電話したのは、三周目に入れる気がしなくて、読む気が失せてしまって、何を読めばいいのかわからないんです。」


 しばらく返答が聞こえない。紅茶を飲んで返答を待つ。


 一段低くなったトモヒロの声が沈黙を破った。


「言ってる意味がよくわからないな、三周目の星新一を読めばいいんじゃないのか」


「自分は星新一が至高のものだと思ってたんです。あれを読んだ後の感覚は他にないんです。でも回数を重ねるごとにその感覚が薄れていくことに気づいたんです。どうしてもあの感覚をもっと欲しいんですよ。あれがないと一日がものたりないものになってしまうんです」


 語気が強くなってしまった。


「いわゆる記憶を消してもう一回見たいっていうアレだな。みんなが陥る感覚だ」


「アレ?」


「ネットやってないんだよな、修斗は。今時珍しい。そういうスラングっていうか、決まり文句みたいのがあるんだよ」


 修斗はもともとSNSなど一切やらなかった。ネットの知識に疎い人間は学部内でも珍しかった。何かのサークルの新歓のときの話だ。たしかプログラミングのサークルだったか。高校の授業で習った程度のプログラミング能力があったので「ちょっとできる」と正直に言ったときに、技術オタクに自信を持ってると勘違いされ、早口でよくわからない横文字の単語を浴びせられたことがある。のちにチョットデキルという単語が知識を豊富に持っていることを表すスラングだと知った。それ以来ネットの基本常識みたいなものを得るために主要SNSのアカウントを作成したものの、何が面白いのか理解できず、放置されたままになっている。


 修斗は聞いた。


「その解決法はもう出てるんですか」


「解決方法がわかってないから決まり文句なんだよ。ここまでくるともはや慣用句だな。うん」


「じゃあ、どうしてるんです、その慣用句を使う人たちは」


「うーん、どうしてるって改めて聞かれるとなあ。まあ大体は他の似たコンテンツに行ってるんじゃないか、日々新鮮なコンテンツが転がってるからな。そうだよ、お前もそうすればいいんだよ。ショートショートは星新一以来、ジャンルになってるんだし、古本屋にいけばそのあたりの本はごまんとでてくるはずだ」


 トモヒロはとりあえずの解決策を出してくれた。


「それで同じ読後感が得られるんですかね」


 修斗にとってはそれが至上命題だ。


「まったく一緒っていうわけにはいかないだろうけど、もしかすると星新一以上に修斗に刺さる本が出てくるかもしれないぜ。試してみる価値はあるんじゃないか」


「そうしてみます。ありがとうございます。またサークルのときに」


「おう、楽しみにしてるぜ。じゃ」


 電話が切れた。紅茶はまだ半分くらい残っていたが、熱いのがを飲みたくなった。修斗は再びコンロのつまみを勢いよくひねり、火をつけた。



 

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