ジェネリック星新一

ガミエ

第1話

 すべて読み終わった。すべて読み終わった。


 もう読むものがない。何を読めばいい?


 一種の喪失感と、読後感に浸り修斗はソファにもたれた。星新一のショートショート文庫が手から離れ、サイドテーブルに置かれた。修斗は短く整えられた髪をゆっくりとかきあげ、天井の一点を見つめた。


 しばらくして大なため息をついて、キッチンに行き湯を沸かしに行った。やかんに水を入れ、二口コンロのうちの一つに乗せつまみをひねった。チチチチチッ、ボン。火が付いたことを確認し、修斗はベランダに出た。立春を過ぎたといえやはり肌寒い。サークルの先輩に教えられた煙草を吸う気分にはならなかった。満月が南の空高くに見え、こちらを照らしていた。

 

 修斗が星新一を読み始めたのは高校2年生の時だった。それまで小説というものに興味を示さなかった。幼稚園のときにサッカーワールドカップが全国的に盛り上がってからずっとサッカーに打ち込んでいた。運動神経がクラスでもいいほうで、部屋で本を読むよりも外で動いているのが好きな児童だった。親は地域で有名な少年サッカークラブに入れてくれた。修斗がサッカークラブで活躍すると喜んでくれた。


 読書の習慣はほとんどなかった。しかし、同居していた祖父が、毎朝必ず新聞を読めと言っていたので漢字は大体覚えることができた。そのせいか国語の成績も、また他の教科の成績も良いほうだった。祖父は通知表を見て、いつも主要五科目の成績だけを気にした。国語で五をとると褒めてくれたが、算数で三をとるとしばらく不機嫌だった。体育で五をずっととっていたが何も言われたことはない。中学生になっても変わらなかった。


 高校受験は地元の公立校でサッカーがそこそこ強い進学校を目指した。周りには少しチャレンジングな選択肢だと思われていたが、その程度の学力は持っていたし、サッカー部を夏で引退し勉強に集中し始めたら安全圏の偏差値をとれた。特に何の問題もなく入学し、サッカー部に入った。新聞を読む習慣は続いていた。


 高校のサッカー部でも活躍できた。一年生から一軍にいる期間が長かったし、二年生になってからは大抵の試合にでることはできた。冬に入るころにけがをしてしまった。腰だった。日常生活には問題ないが、サッカーのように切り返しを繰り返すような運動は無理だった。修斗は10年続けたサッカーをやめた。


 それから大学受験のための勉強へと熱量をシフトすることは容易だった。クラスには高校を大学のための予備校と考えているような奴が何人もいたし、サッカー部で頑張っていたからと、修斗を応援して手伝う教師もいた。図書室に通うようになるのは自然なことだった。


 ショートショート、星新一に出会ったのはその頃だ。受験まであと一年近くあり、友人が部活に励んでいると考えると勉強が身に入らないことがあった。図書室でできる息抜きとして、受験に出てくる近現代文学史に出てくる文豪の作品を読んでみたが、物語が長く、時代のギャップを感じ、勉強している気分が抜けないため読まなくなった。


 あるとき、図書室で星新一が特集された棚が作られた。手に取って読んでみた。面白い。短くい。読みやすい。さらに面白い。高揚感と平穏の共存。修斗はショートショートの世界にはまっていった。一種の中毒だった。


 一日に大体三つくらいのショートショートを読む習慣がついた。読書の体力がつき、図書室で同じように特集された本も読んでみて読書の幅が広がった。星新一以外のショートショートも参考書のついでに買って読んでみたりもした。文庫で三冊にもなるような長編小説とか、海外のベストセラーも読んだ。ただ、一番好きなのは星新一で変わらなかった。他の作品では最初に得た読後感が得られない。


 大学は都心の国立大学で理工学部に進学した。小説を読むのは好きになったが文学部に行くほどではないし、理系科目のほうが性に合っていたし、1人暮らしもしたいし、SFにも興味あったから、とそんな理由だった。高校二年生の冬から受験していたおかげで特に問題なかった。腰の調子もだいぶ良くなったのでフットサルサークルに入った。メンバーはレベルも熱も低く、健康不足解消が主な目的だった。


 大学に入っても読書の習慣は続いた。一人暮らしになって、生活のサイクルと交友関係が変化しても、一日に大体三つくらいのショートショート、が生活の中にあった。


 不安なことが一つあった。それは大学入学頃から感じていた不安だった。星新一のショートショートは1,001編以上ある。一日に三つ読むと、大学に入って冬休みに入るタイミングで二周目が終わる計算になる。修斗は一周目の読後感と二周目の読後感に驚異的な差があることを感じていた。もちろん新たな発見をみつけることはできたが、やはり新鮮さはない。読後感としか言えないすっきりとした感覚が鈍くなっていく。二周目に入ったときから感じていた。どのショートショートを読んでもこの現象からは逃れられないようだった。修斗はこの現象の例外を探しながら、一日に大体三つくらいのショートショート、を消化していった。


 そしてついに、今日で二周目が終わった。例外は存在しなかった。


 やかんが音を鳴らした。十分に沸騰した湯をティーバッグを入れた大きめのマグカップに注いだ。息を深く吸いそれ以上に深く吐いた。


 明日から何を読めばいい?


 



 


 


 

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