第20話 聖騎士VS森の獣
今からおよそ170年前の1956年のマルケス大陸では大きな干ばつが起き、それが原因で経済が崩壊。マルケス帝国の政権はロアマト中心主義を掲げる過激な神聖国家派が支配した。これによってマルケス帝国は東レイロンドを統治していたライオット合国に宣戦布告し、東戦争が始まる。
当時のライオットはマルケスとは逆に経済発展が進んでいっていた。それゆえにライオットには高度な魔術、安定した資源、強固な政治があり、世論ではマルケスの敗北が濃厚であり、戦争はすぐに終わると思われていた。
しかし、予想は大きく外れる。
忠誠心の強い古代からの騎士と聖術を武器化した強力な聖撃術を使いこなす“白環聖騎士団”がマルケスにいるということを世界の国々は知らなかったのだ。
巨大な足跡が森の更地にあり、空が吹き抜けていて開放感があるはずなのに緊張感が漂っている。
それは白環を掲げる甲冑を纏う男は未知の獣の前に堂々と立っているからだ。
「ハイト、あいつ一体何者なんだ?」
ハイトは俺が構えていた剣を下すように手で動作する。
「ロアマトの騎士、それもトップクラスだよ。」
ロアマト教会の本部は確かマルケス大陸だ。向こうの大陸にいるはずのやつがなんでこんなところにいるかは知らないが、これは逃げるチャンスだ。
剣をしまって足を動かそうとしたとき、その男はこちらを睨んだ。
彼にとってはそれが合図だった。
獣は突然消え、その周辺に大きな影ができていた。それは今からアレが降ってくるということを意味している。
それなのに甲冑の男は変わらず一歩も動かない。
「おい、逃げろ!」
獣がヤバいってことに気づいてないのか。
男は顔色一つ変えずにゆっくりと上を見た。
「シーウ、僕たちも巻き込まれるよ!」
ハイトに引っ張られて顔を擦りながら伏せたと思ったら体が飛び上がって木に強くぶつかった。
砂埃が晴れていく中でハイトの顔が見えてくるのと同じようにイライラしてきた。
だが完全に靄が消えた瞬間に俺は目を疑っている。
無敵だと確信していた獣が膝をついていた上にその目の前には男が無傷で剣を構えているからだ。
「外目から見ていたから驚くことはなかった。君は別みたいだけどね。」
今まで見てきた中で一番強いかもしれない生物が俺と同じくらいの歳の男に見えるのが不気味だ。
その気味悪い目が少し揺ぎ、その視線を追うと獣の足から謎の暗い光が出ている。俺は目を疑ったが、もはや驚きを通り越して関心の域まで言っていたのに気づいた。あれは回復の術に違いない。
「侮れないわけか。面白い、それでこそ魔獣。」
この状況でニヤリと笑うのが正常な人間でないと思いたい。男はイカレているのか。
「ガアアアアアアアアア!」
木の葉が大きく擦れた後、獣の咆哮に耳を塞ぐ。
指先まで震えて折れそうだ。
「あ!?」
「どうしたシーウ!?」
「折れてなかった。」
人差し指が曲がっていただけであった。
獣は素早く男の背後に移動し、手を振り下ろす。
男は無反応で全く動かない。
その一撃が触れる寸前に刃を獣の振り下ろしている手に立てる。
接触した。しかし男は突っ立ったままだ。
「円環の理を知るがいい。」
少しの沈黙。
気が付くと獣の周辺が血で染まっている。落ちていく血液を追うと大量の血の噴き出し口がある。
それは獣の手だった。
「グウウウウウウウウアアアアアアアアアアアアア!」
叫びによって血だまりさえも吹き飛んでいく。
だがそれが威嚇なのか治癒なのかは判明しない。
男は何事もないようにして悶え叫ぶ獣の目の前に立ち、剣を大きく振りかざした。
「!!!??」
いきなり叫ぶのをやめ、表情を硬直させた。
その胸から大量の血が出ているのを直視している。
獣にとっても理解できてないだろうが、それは俺たちも同じだ。近くで見たときにその胸板は鋼のように固いということはすぐにわかっていた。今の獣の様子からも間違ってはいないはずだ。
「あれが聖撃術だよ。もともと聖術は回転や流れを司る性質を持つといわれていて、それを利用しているんだ。」
獣の強力な一撃を跳ね返し、金剛の鎧を切り刻めたのは聖騎士たる術のおかげってことなのか。
「そろそろ終わらせよう、遊んでいる暇はないから。」
その白環の騎士は天高く剣を掲げ、願うように目を瞑る。
獣はそれに対して攻撃することもなく、発光するのに精一杯だというところだ。
信じられないことが目の前で起こり続ける中、俺はその剣を見ていた。
東戦争は混沌を極めていた。
開戦して数カ月は白環の聖騎士団によってマークスの優勢であったが、半年と時間が過ぎていく中でその進撃は停滞していっていた。
戦争後三年たった頃にはマークスの戦力は落ちていき、奪った領土も奪還され始め、さらに中立であったヲリアス王国が介入してきており、マークスは世界的に敗北が確実視されていたのだった。
だがまたしても予想は外れる。
マークスは瞬く間に奪還された領土を奪い返し、それだけでなく西側も支配下にしていった。マークスは完全に勢力を取り戻し、完全に優勢となっていたのだった。
その裏には三年前と同じように白環の聖騎士団が絡んでいた。
彼らの新たな兵器、神の雷によって戦況は反転したのだ。
それは大聖撃術と言われる規模の大きい聖撃術であり、千の落雷を我がものとする世紀の大兵器である。
「空にある光に目を奪われたら、すでにその者は死んでいる。一瞬にして何千の兵を亡骸にする兵器。」
「何言っているんだ?」
謎の言葉を唱えるハイトの横顔が光る。
それはハイトが出した光じゃない、空からの光だ。
「え?」
そしてその光はこっちに向かってきているぞ。
眩しすぎてここにいる誰もが目をつぶる。
目を開いたとき、光は消えていた。いや、もともとそれは光とは違っていた。
「神の雷、まさかそんなわけ…」
男が空に掲げた剣には雷が宿っていた。最初からあれは雷だったんだ。
神の宿る剣を構え、ゆっくりと振り上げる。
それが獣を照らす。その無慈悲さに獣は後悔しているのか、何が見えているのかわからないが、見上げたまま硬直したままだ。
「終わらせよう。」
剣を振り下ろすと剣に纏う雷が獣を飲み込み、そこから暴風が吹いた。
龍のような雷が消えると風は止んでその周辺は真っ黒になっており、獣の姿はそこにはなかった。
いきなり現れた聖なる騎士は残酷に強き獣を消し去ったのだ。
騎士は剣をしまい一息ついた後、こちらに向かってきている。
容貌はやはり若く、俺と同じくらいだろう。鎧のせいなのか、その戦い方のせいなのか派手な印象がある。
「ハイト、あいつは大丈夫なのか?」
頭をかしげながらこっちを見るハイト。
「大丈夫って?怪我ならなさそうだよー」
爽やかな笑顔で答えてくれたが、さらに不気味に感じる理由を俺は気にしない。
「攻撃してきたり、金を要求されたりしないかってことだ。」
「ああ、そんなことしないよ、騎士様だからねー。」
俺達が小声で話している間、派手な野郎はその様子を直視しながら直線的に歩いていた。
そして目の前まで来るとゆっくり立ち止まり口が開きはじめた。
「怪我は無いですか?」
その派手な風貌とは真逆に丁寧な質問がされた。
顔つきも先ほどより柔らかくてハイトと同じような感じかとも思えるが、なんか気に入らない。
「えええ、えっと、」
「俺はシユウ、こっちがハイト。さっきの獣に追われて逃げていたとこだったんだ…怪我は無い。」
ハイトが嬉しそうにして返答しようとするが、そうはいかない。
「そうですか。でも…」
気さくな表情が少し曇らせると、目線を下に落とした後しゃがむ。
俺はわざとらしく右ひざを引く。
「あなたの右ひざから血が出ているので、傷を治すだけですよ。」
余裕のある微笑みを下からかけてくる。
この野郎、かなり丁寧だ。
「結構だ。」
見下しながら言うと渋々腰を上げた。
俺にもよくわからないが、こいつに治癒されるのは絶対に嫌だ。
「そうですか。」
その後ハイトは俺たちがこの森に入ってから今までのことだけでなく、ゴローのことや俺の性格まで詳しく長く話した。
朝に集落を出て昼に森に入り襲われ、気づけば夕方になっていた。
「あの規模のソルセルを使った後ですから、だいぶ疲れているでしょう。送りましょうか?」
「いいえ、大丈夫ですよ。慣れてますからー」
ハイトと聖騎士の会話の中で何度も出てきたソルセルは、先天的な能力のことを言うみたいだ。
たしかに獣との攻防で疲れているのは確かだ。だから送ってもらいたいと思うのが普通みたいだが、ハイトが断ってくれたのを感謝している。
「では私は調査のほうがあるので、お気を付けください。」
俺が治癒を拒んだとき以外は顔色変えず最後まで丁寧に対応していた。
あれだけ強力な力を持っているのに弱い俺たちに優しくするのは皮肉に見える。
その後、俺達は森を出て眩い夕日の中、エレの集落にゆっくりと歩いて行った。
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