第19話 黄金の円環
青い。暖かい。このままもう少しだけ寝ていたい。
「ワン!」
ゴローはいい枕になるぞ…っておい。
ゴローは俺が目を覚ましたら、すぐにあっちへ行った。
「シーウ、起きたのか―」
「ああ?」
周りを見たら明らかに目立つ箱がある。その中に遺跡があるってことは、あの中に獣がいるってことか。
そして俺が今座っているのも遺跡。
作戦では檻に蓋をしてから、こっちの遺跡に避難するというが成功である。
てか俺は気絶してたのか。
「まさかメガロプスに出会うなんてねー」
ハイトは爽やかに笑いながら、両手にリンゴを持っていて、ひとつを俺に手渡した。
「メガロプスって奴の名前か?」
「そうだねー」
爽やかにリンゴを食べるハイトに対してイラついたので俺はリンゴを食べずにしまった。
「奴ってこの森に元からいたってわけじゃないよな」
綺麗な立方体は太陽に照らされて輝いている。
「メガロプスってマルケス大陸の山奥にいるはずの獣なんだよーしかも魔法を扱うなんて話もあるよー。」
「なんでそんなのがここにいるんだ?」
爽やかなハイトも眉間にしわを寄せた。
「わからない。」
綺麗で巨大な檻を眺めながらハイトに対して驚いていた。
あれほど追い込まれていた割に俺たちは無傷だったから遺跡を降りるのに筋肉痛以外の痛みはなかった。
下りた瞬間に視界が狭くなり、不安さと疲労を感じ終えない。これから集落に戻るのにかなり歩くことになるのは上にいたときから見えていたが、ここでは逆に見えないがために嫌気がさす。
「まぁそんな顔しないでよー」
「わん!」
隣にいる爽やかな男と生意気な犬、お前らのせいだろ。聞いてないぞ。
このような状況でも不安が無いのも、それらの態度のせいだ。憎んでいるわけじゃないが恨んではいる。
今まで通りにシユウの横を歩くハイトとその前をテクテクと先導する犬がいた。
ゴローが道もないデコボコな木々の間と滑る土の地面の上を恐れることなく走れるのは何故だと疑問に思う。
それをハイトに尋ねたがハイトもその理由はわからないという。
「ゴローとは長いのか?」
「話すと長くなるねー。」
ハイトの言う通り、だいぶ長かった。
ハイトの生まれはムーウ。山の上にある温泉で有名な街であり、観光地として人気のあるところだ。
ムーウでも狩人の仕事は盛んであり、主に熊のような獣を町の安全のために狩ることが多いとのこと。
代々狩人をやっている家系だからハイトも狩人の仕事をするようになっていった。その腕はよく、小さい時からその頭角を現していたという。
檻の能力を初めて実感したのはその頃だったらしい。父親と狩りに行ったときに持ってきた檻が壊れていることがわかり、怒られないようにと葛藤した末に檻を作成して獣を捕獲したが、結局その檻も獣の抵抗によって粉々となり能力のことがバレ、泣きながら帰ることになったんだとさ。
ここまでの話を細かく説明するから長くなる。しかもゴローの名前がでることは全くない。
ほとんどハイトの思い出話。
犬も家系で代々狩り犬にするというのが決まりで、ゴローも同様だというだけだった。
だがハイトは狩りよりも探索が得意だということで、行ったことのない場所でも正確に位置を特定できるほど特殊な犬だったのは、ともに狩りに行くようになってから気づいたことらしい。
「こっちに移住した話もしようかー?」
「いいです。」
爽やかな笑顔とくたびれた返事、そして大きなあくび。
「犬ってあくびするんだな。」
「僕も初めて見たよ。」
俺はハイトの顔を見て同じ表情をしているだろう。
デコボコで高低差のある険しい森の中も次第に滑らかになってきた。
もう足がガタガタで度々ハイトとゴローに振り向かれる。
「疲れた…」
今日はずっと歩いて走ってばっかだ。体力はついてきてると思うんだが、キツイ。
「またかー?」
何度かハイトが前から声をかけてくれるが、まったく最初から変わらない態度だ。
逆にそれがムカつくんだけど。
「わんわん!」
ゴローが元気よく吠え、尻尾を振りながら俺の近くまで寄ってきた。
「もう少しで森から出られるってー」
「わん!」
うれしい言葉だ。
だがそれ、さっきも言ってたよな。三回目くらいだよな。
「なんだー?」
急にキョロキョロしだしたハイト。
「どうし…!?」
身体が前後左右に大きく揺れ、葉のこすれ合う音がうるさい。
「ワンワン!」
ゴローが吠える。
ずっとあっちに向かって吠えていることから俺はすぐに首を回した。
「おい、嘘だろ。。」
揺れているのは俺たちだけじゃない。森全体だ。
それはつまり巨大な檻が強く揺れているということと同じだということ。
「シーウ、走るよ!」
まだ地面が揺れている中、すぐさま走り出せるハイト。
「またかよ!」
揺れる檻を後ろになんとか走り出す。
さっき逃げ回ったときよりも明らかに速くハイトの背中が消えていっている。それってつまり、ただの地震じゃないってことじゃねえか。
右から左へイノシシが、俺を通り越して駆けていく鹿が数匹、さらには俺の上を飛び越えていった大熊。
いままで静かだった森が騒々しくなっていく。
「おいおい、これって…」
時間が止まったかのようにパッと揺れが収まった。
同時に俺だけじゃなくゴローも、そのほかの動物も立ち止まった。
しかしハイトはピタリと止まり、微動だにしない。
「…!」
ハイトがビクッと何かを察した感じをしたのと同時にガラスが割れたかのような高い音が飛び込んできた。
注意をしようとするハイトの横顔よりも真実を確かめた。
「そんな馬鹿な。」
あったはずのものが無くなっている。消えている。
「シー…」
森には雨が降っていた。青い光の粒が空からゆっくりと舞っている。
それに触れても冷たくないし熱くもない。
「シーウ!」
ハイトの俺を吹き飛ばすような大きな掛け声が証拠になった。
「ああ、わかってるぞ!」
アイツが来る。間違いない。
止まっている場合じゃない。逃げなければだめだ。今度は逃げ場も体力もない。
「ワン!」
ゴローを先頭にダッシュするシユウとハイト。
その姿を見てもいないのに必死で走る。
だが、それでも甘いのだった。
「止まれ!」
ゴローが急に止まり、それを知らせるハイト。
俺は理解することもなく止まるが、直感で何かがある。
「…」
前方から強い衝撃、それは風と音。何かの破片。
砂煙であたりは覆われる。
「この匂いは…」
数秒して視界が晴れだすとともに日光の熱さと眩しさを感じた。
それらが止みだし、スッキリとしてくる。
それなのに何かがまだ飛んできている。それも一番強烈なもの。
晴れたということが、いつの間にか木まみれだった目の前に砂場ができていたのを思い知らしめる。
そして強烈な殺意に気づく。
「…まずいね。」
「…言ってる場合か。」
どこから現れたのか、目の前に巨大な獣が堂々と立っていた。
なんとなくわかってはいる。どうやって現れたのか、なぜここがわかったのか。なにをしようとしていたのか。するのか。
「シーウ!」
ゴローの指し示していた道から外れて俺たちは走る。とにかく走りだした。
余裕があるのか獣は目を光らせたまましばらくその背中を睨んだあと、ゆっくりと足を動かした。
ありえないことばかりが起こる世界だが、ここまで驚かされたのは初めてだ。
まさか上から降ってきて潰そうとすると同時に帰路を断つだなんて、それをしたのが野生動物だなんてな。
ハイトに必死についていく。
「どうやって逃げるんだよ!」
随分と険しい森をまた走る。さすがに持たないぞ。
「とにかく、今は逃げるしかないよ。」
そんなことはわかってる。それ以外の方法を聞いているんだ。狩りしてんだからなんかあるだろ。
「パアアアアアアアアン!」
後ろからの大きな破裂音に思わず耳を防ぐ。
「変だ。」
「どうした急に止まって。」
「追ってきてない。」
「は?」
強烈な匂いも木をへし折る音もしない。逃げきれたのか?
見てもその影はまったくない。
「変だ…さっきの音」
ゴローも不思議に思ったのか逃げてきた方向に様子を見に行った。
「…」
かすかに風が擦れる音がする…。でもいきなりか?
森に今までいてそんな音を聞いたことがない。
しかもなんか暗くなってきた。もう夜か?
いや、まてよ!?
「上だよ!」
真上には大きな影が、少ない日の光を遮っていた。しかもそれはだんだん大きくなってきてるじゃねえか!
俺達は木に囲まれているのにもかかわらず、飛び込んで必死にそれを回避する。
巨大な衝撃とともにまたしても飛び散る。
「またかよ。」
アイツはまたしても上から現れた。しかも今度は正確に俺達の真上を捉えていたぞ。
獣は高い距離から落下してきたのにもかかわらず、なんてことなく二人の目の前にまたしても立っている。
「…っく」
何度も何度もしつこく追いかけてくる獣。
初めは後ろを木々を潰しながら無理やり、その次は壁をよじ登り、果てには強力な檻をぶち壊し、ここまできて空を飛び始めた。
獣は初めから空を飛んで追いつめることができたのだ。だがその手段を取らなかった。
ここにきて強力な手を用いてくるということ、それを理解できないハイトではない。
だからハイトは弓に手をかけたまま、獣とにらみ合いをしていたのだ。
「シーウ、僕が時間を稼ぐから逃げて。」
「は?何言ってんだよ?」
ハイトのその言葉が本気だということが顔に出ているから俺は二つの意味で驚いた。
「巻き込んだのは僕だから…」
ハイトは弓を構え、矢をつがえようとしている。
その弦と矢が震えているが、その眼が覚悟を物語っている。だからって逃げれるわけがない。
逃げ切れるわけがない。
近距離で弓を構えているだけでなく20mぐらいから落ちてもなんともない巨獣を相手にしようだなんて時間稼ぎにもならないに決まってんだろ。
「くそ!」
シユウも剣を抜き、その先を獣に向ける。
獣は構える人間に対して全くビビることは無く、眼光だけでその未来を示そうとしている。
むしろ死を受けれろと語っているようにも感じさせる。
「…」
「…っくそ」
真っ向に武器を構えるだけで気を失いそうになる。そんなことありえるのかよ。
手は震えないが、アイツが攻撃してきたら受けることすらできない。
森にぽっかりと空いた二つの穴。それは立った一匹の獣によるものだった。
これを敵にできる戦士は世界に何人もいないだろう。それゆえにこの状況を知っていたら誰もが逃げ出し、助けを乞うはずである。
そのことを最もわかっているのは獣側だからこそ、獣は二人を背にした。
「…!?」
「だれだ?」
獣が見ていたのは一人の男。
その眼光を目の前にしても剣を抜かず仁王立ちをしている鎧を纏った者。
その鎧の胸には“黄金の円環”の紋章。
「あれは…騎士様だ…しかも白環騎士だ…」
騎士…。
男は獣の目をまっすぐと見たままそこに立っていた。
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