第18話 愉悦
ここは集落のはずれにある森、前の迷いの森に比べて明るく、その前に言った森よりも傾斜がないため歩くのも楽に感じる。
しかし、朝から何も食べてないからお腹がすいた。
「どうしたんだいー?さっきから黙ってー?」
隣にいるハイトは元気だ。爽やかさが逆にきつくなってきている。
ニコニコしているハイトの横をあきれた様子で道の上を歩くシユウと、その前をテクテクと歩いているゴロー。
「わんわん!」
森に入ってからしばらく静かだったゴローがいきなり吠え出した。
ハイトの方を向いてから、あっちの林を向いてまた吠えるその仕草から何かあるのだろう。
するとすぐにハイトはゴローが吠えた林の方へゆっくりと歩いて行く。
その横顔がみえたが、歴戦の戦士のように引き締まっていた。
「おい!」
「…静かについてきて。」
やはり別人のようだ。
林を少し進むとハイトがいきなり止まった。
のぞきこんで見るとハイトの前には半透明な箱があり、その中に兎が入っている。
「兎?」
「ウサギ?」
ハイトはオリの中にいる兎をナイフで動かないようにした。
山賊が殺されるのを見ても平気だったのに、俺は気持ちが悪くなっていた。
近くに落ちていた枝を集め、ハイトのもとに持っていく。
「こんなもんでいいか?」
「いいよー」
俺がしゃがんでいた間にその爽やかさは戻っていて、箱の上には肉が置かれている。
枝を地面に置くとハイトは小さい箱を取り出し、箱の中から先端が赤い短い棒を取り出して箱の側面に擦る。
まさかとは思ったが、その棒から火が出てきた。
「そんなむつかしい顔してどうしたー?」
「それって?」
なんともないように焚火を簡単につくりだした。さすが狩人と思うところだが、マッチのせいでそんなの気にならない。
「マッチ?」
「そう」
枝をナイフで削って串を作り、それに肉を刺して焚火の近くに立てていく。
「そんな珍しいものじゃないと思うけどー?」
「そ、そうなのか。」
今思えば、この世界の文明を全く知らない。それを実感した。
「もしかして魔法使えるのー?」
「使えないけど、なんでだ?」
「ありゃー?」
丸太に座る。
「火を使うときにマッチ使わないのなんて魔法使いだけだよ?」
「あ、あー…そうなんだなー」
イリイ村のときに見たことはなかったから、魔法使いがいたのか。ってことは酒場のおっさんも魔法使い…なわけ。
「な、なぁ世界の歴史について教えてくれよ」
「んー?長くなるけどいいよー」
この世界はアトラス世界、今はだいたい2152年らしい。とはいってもロアマトが大聖堂を建てたのが0年だということだと。
それゆえに暦は白暦と言われている。
ちなみに陽暦というものや星暦も古代に存在したとか。
三つの大陸にいくつかの国があって、今のように大陸で一つの国で統治されるようになったのは600年前くらいだというのが、ざっくりとした説明だ。
「もっと話すと焦げちゃうからここまでー」
「そ、そうだな」
それでも長くて半分寝そうになっていたが。気づけば肉の色はいい感じになっていた。
串を手に取り、頬張るハイトと串咥えて地面に置いて押さえながらガブガブと喰らうゴロー。
シユウも串を持つが見ているだけで食べようとはしていなかった。
「お腹すいてないのかー?」
「いや」
「朝から何も食べてないんだろー?」
じっと見ていたシユウだが、自分のお腹が鳴る音を聞いた後に一言伝えて兎の焼肉にかぶりついた。
串を火の中に投げ、上を向いてのんびりするハイトとシユウ。
「ふぅ…」
「うまかっただろー、僕は毎日ここで捕まえた獲物を食べてるんだ。」
「そ、そうなのか」
毎日こうやって捕まえているのか、さすが狩人だな。
「それよりもさっきの言葉って何、イタダキマスー?」
「あー…故郷の風習だよ、食べる前に言うんだ…うん」
「へー、僕も真似しようかなー」
いつもは言わないから正しくは風習なのかって言ったら微妙だけど。まぁいいか。
「じゃあそろそろ狩りに戻ろうかー」
ハイトが腰を上げ、火を消し、兎を捕まえていた箱に手をかざしだした。
そしてその手が青く光り、箱は消えた。
え?消えた?
「ん?ああー言い忘れてたー僕はソルシエールなんだ」
なんともない感じで爽やかに意味不明な単語を話してくる。そるしーえる?
シユウが首をかしげているとハイトが爽やかに手をかかげる。
そしてその手が青く光り出すと、なにもないところから大きな箱が出現した。
「ええ?」
その大きさは3mくらいあり、立方体の半透明な箱だ。
「僕は生まれつき魔法が使えるんだ、それがこの箱を作り出せるというものなんだー。」
「そんなことがあるのか。」
生まれつきで魔法を使える。魔法騎士とかと同じ感じか、そもそもに魔法って先天的なものだって聞いたことがあるな。
「じゃあ魔法使いになれるんじゃないのか?」
「魔法使いってもっといろんな魔法が使えるんだよー、僕はこれ一つだけだから無理なんだよー、それに狩りをしたいしねー。」
「そうなのか。」
透明な箱を作れる魔法だけじゃ、魔法使いにはなれない。そういうものなのか。
その後もう少し箱について教えてくれた。
箱には自由に色が付けられるということ、大きさも変えられる、面を取って中に物を入れることができるとか、それらを上手く利用して獲物を捕まえているということだ。
森の少し奥に進んできた。
さっきまでと同じようにゴローに導かれて、その後ろを俺とハイトがズンズン歩いているが、道のない木と木の間をくぐっているのが異なるところだ。
そして体力もよっぽど使うというのも違う。
「ん?なんだあれ?」
左の坂の上、何か大きくて黒く、丸いものがある。少し遠いから良く見えないが。
もぞもぞと動いているようにも見える。
「どうしたー?」
足を止めているシユウへハイトが振り返ると、ゴローが即座に走った。
ゴローが目の前をダッシュしていったのに驚きながらハイトはシユウの顔の向いている方を向く。
「あれは…」
そのデカい黒は、さらに大きくなり始めた。
「シーウ!逃げるよ!」
ハイトの大声を出すとともに、あれとは真逆に逃げ出す。それと同時に俺は黒いのがなんなのか理解した。
あの黒いのは2~3mの二足歩行の獣だ。見た目はゴリラみたいだが、何かが違う。
その眼は鋭く、温厚と言う感じではない。どうやら敵対されているのか。
「ワンワン!」
ゴローの高い鳴き声で逃げなければいけないことがわかった。俺は走り出したゴローの後ろを必死についていこうと獣に背を向ける。
俺が走り出すと、すぐに後ろから鳴き声と枝をバキバキと折る音がしてきた。
木と木の隙間をジグザグと逃げていく。
こっちは頑張って避けているのに、後ろからやって来る地震と大きな音が騒がしい。
もうヘトヘトでキツイのだが。
「シーウ!」
ハイトの声に疑問を感じながら辿っていくと、あいつはとても高いところにいる。周りにある木々よりも断然高く、遺跡のてっぺんにいた。
「ワン!」
ゴローが催促してくる。とにかくハイトの立っているところに行けば大丈夫ってことか?
木がバタバタと倒されていく、そこから大きな影だ。
これ以上逃げれそうにもない。何か策があるのならそれに賭けてみるしかない。
「ワン!」
ゴローが遺跡を迷いなく素早くのぼっていく。俺もその後ろをなんとかついていった。
「シーウ、怪我はないかい?」
「ああ、なんとか。」
ハイトの伸ばした手を借りて頂上まで着いた。ここから見える景色は絶景なものだったが、明らかにおかしなところがある。
「まさかあんなに…おってくるなんてね、思わなかったよ」
「そうだな、それよりもなんでここに?」
その黒い影がはっきりと見える。遠近法なんて関係ないと思えるほど奴はデカい。
奴は辺りを見回しているが、すぐに上を向いて俺たちを見つけた。周りに見えなくなったからって瞬時に上を確認するというのは、その賢さを物語っている。
賢いのならなぜ俺たちを追ってくるんだ。
「あそこを見てくれ。」
ハイトが指さしたのは遺跡。そこそこ遠いところに同じ高さくらいの遺跡がある。
「一体あれが何だってんだ。」
荷物を下すハイト。
「今から何をするか話すよ。」
下にいる獣は静かにこちらを睨んでいる。シユウらの方に来ないのは、彼らが追い詰められているということを理解しているからだろう。
「そんなことできんのか?」
「やったことはないけど、やるしかない。」
ハイトは割と想像力が豊かだということがわかったが、現実的ではなさすぎる。
しかし、これなら奴から逃げ切れる。
俺は下にいる奴を監視している。
奴が変に動けば、作戦が失敗するからだ。
森の中に隠れてしまえば、より逃げにくくなるし、のぼってきてもダメだ。
「…」
ハイトは目をつぶって集中している様子、その光はさきほどよりも眩しい。
ハイトがこうやってしているときも俺は奴を観察するしかない。
「…」
奴の見た目は、やはりゴリラのようだ。
黒い毛におおわれたデカいゴリラ。それにしては直立しているのが気味が悪い。
いや、違う。その雰囲気が謎なんだ。
それにしても俺たちがこのまま動かなかったら、あいつはずっと待っているのか。
そもそもなんで俺たちを狙う?
奴はなんなんだ?
ハイトなら何か知ってるんだろうが。
「…」
森と獣を眺めるシユウ。
…そんなに大きいのか。だからこそ強い。
シユウの顔色が変わった。
「ん?」
あのゴリラ、動き出したぞ。しかもこっちに向かってくるのか?
奴は何を思ったのかこっちに歩き出した、ゆっくりと近づこうとしてくる様子が逆に不気味だ。
「おい、こっちに向かってくるぞ!」
ハイトは俺の伝達をわかっているが集中したまま答えない。
たしかにお前になんとかしろって言っても無理だけども。
「ワンワン!」
ゴローが俺の腰に下げている剣の鞘を頭で揺らす。
時間稼ぎするしかない。
シユウは剣を抜き、よじ登り始めた獣に構えた。
この遺跡は結構高い。のぼるにしてもあの巨体では時間がかかるだろう。
だがハイトが間に合わなければ、こちらに手段がない。逃げ切ることもできず追いつめられるだけだ。
俺が今考えるべきなのは間に合わなかった時のことだ。
どうやって時間を稼ぐか。
奴は今のぼり始めたばかり、ここにくるまでに。
遺跡の頂上は、さほど広くない。そこで獣と戦いになっても攻撃を避けられるほどの場所は無いのである。
「間に合ってくれよ…」
シユウが怯えながらハイトに顔向けて願っている間、獣は動いている。しかもそれはさらなる恐怖を与える。
「ワンワン!」
ゴローの鳴き声で再び獣の方を覗くシユウ。
「な!?」
おかしい、そんな馬鹿な。すでに中腹にいるぞ。さっき登り始めたばっかのはずだろ。
動揺しているシユウにとっては獣が瞬間移動したかのように見えたのだろう、獣はシユウが見てない間だけ素早くのぼってきたのだ。
逆に言えば素早くのぼれるのにシユウの前ではゆっくり、わざとのぼっている。
その事実を恐怖しているシユウには受け止められない。
「どどどど、どうする?」
「…ワン。」
ハイトに頼れないシユウは、ついにゴローに望みをかけ始めた。だがその冷たい反応に困惑している間、それは獣から目を離していた間だった。
「ワン!」
「っ!?」
ゴローの吠えにもビビり、下を恐る恐る覗く。
ありえない。嘘だ。
獣はすでにすぐそこにいた。もう目を離すことはできない。
「こいつ…」
考える時間を与えないんじゃない、考えさせようとしないのか。楽しんでいるのか、このゴリラは。
人間でもそんなに性格の悪いやつは、なかなかいないぞ。
「ワンワン!」
ゴローの鳴き声も少し遠くなった。ゴローもハイトに催促しているのか。
ハイトは集中しているけど、こっちの状況を理解できてるのか?
「(獣のゆっくりとした呼吸)」
剣で斬るしかない。結局それしかない。
「くせえ。」
獣はすぐ下までのぼってきていた。ゆっくりとのぼってくるのはシユウらを警戒しているからなのかもしれない。
こいつすごく臭い。鼻がよじれそうだ。
「…」
迫ってきた。すぐ真下に。
さっきここから見たときよりも明らかにデカい。逃げたい。後ろを見たい。
改めて顔が見えるけど、鬼のような顔面してやがる。
「っ!ハイト!まだかよ!」
シユウは我慢の限界であった。それもそのはずである、獣の指先がシユウの足元に伸びていっていたのだ。
「やるしかねえ」
シユウは剣を両手で握り、後ろ歩きして少し下がってから構える。
その線から大きな指がゆっくりと出てきた。
「……!」
シユウが剣を振りかぶったのと同時であった。あたり一面に強い光が放たれた。
青い光。眩しい。
そしてその光は収束し、形を成した。
「…成功か?」
現れたのは四つの大きな壁、それがシユウらを中心に遺跡の周りを囲んでいる。
また天井にも壁があるが、シユウらの頭上に少し大きな穴がポッカリと空いている。
つまりそれは外から見れば巨大な抽選箱のような檻である。
「ん?」
不思議に思って下を見下ろすシユウ。
奴が大の字で倒れてやがる、あの光でここから落下したのか。
「シーウ、逃げるよ。」
「ああ」
ハイトが複数の箱を召喚して積むことで階段を作り出した。
「すごいな。」
無理な作戦だと思ったが何とか成功だ。ハイトってただものじゃないのかもしれないな。
シユウは剣を納め、回れ右をして階段に向かおうと足を踏み出した瞬間、転んだ。
それは地面から強い衝撃と弾けるような音量によるものであった。
その源は彼の目の前にいる巨大獣である。
「ワンワン!」
巨獣は転んだシユウを見下す。
「嘘だろ、嘘だろ」
さっきはあんなに、嘘だ。そんなわけがない。
それは山賊は当たり前だが、この前であった巨漢よりも恐ろしく、圧倒的な力を持つものであった。
巨獣は飛ぶだけで遺跡の頂上へ到達した。いままでのはすべて茶番であったのである。
「シーウ!」
その大きな手のひらがシユウの頭に伸びていく。
不意をつかれたシユウは状況を理解できていない、それはある意味で彼だからこそなのかもしれない。
「まずい、このままじゃ。」
ハイトは弓を構えて獣の後ろ頭めがけて矢を飛ばす。
しかしそれは簡単に避けられた。獣は目を使わずとも動きが分かるのだ。
一方でシユウは倒れたまま起き上がることもなく、動けない。
「避けるなら、これなら…」
ハイトは再び弓を構え、矢の先はその頭を示し、また飛ばす。
もちろん獣は避ける。だが獣の頭には矢が辛うじて刺さっていた。
矢は二本飛ばされたのだ。一本は弓で飛ばし、その後にすぐに二本目を手で投げつけたということである。
避けたところを刺したということだが、それゆえに矢は深くは刺さってはいない。
獣が初めてハイトをにらむ。
「シーウ!今のうちだ!シーウ!」
シユウは獣にビビっていたから動けなかったわけではない。気絶しているわけでもない。
恐怖を超えた驚きによる停止の状態だったのだ。
それがまだ解けない。
シユウは停止したままハイトに忍び寄る獣の姿を見ていた。
「ワンワン!」
「ゴロー、シーウといっしょに逃げるんだ。」
ゴローがシユウのもとに走っていく、獣のすぐ隣を通ったが獣はまったく気にもかけず、ハイトに向かう。
「時間を稼ぐしかない。」
ハイトは同じ手法で二本の矢を獣めがけて飛ばした。
やはり今度はどちらも回避される。
だがハイトもそれは知っていた。もう一本を眼球めがけて放つとともに彼は遺跡の頂上から下る。
獣は憤怒した。
全速力で彼を追っていく。
下に消えた人間を追って獣も下に落下する。
それで獣はさらに激怒した。
獣が上を向いたときにその人間が見下していたからだ。
「これで大丈夫かな」
ハイトのトリックのおかげでゴローとシユウは檻の外、天井の上に避難できていた。
ハイトも階段を上る。
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