第17話 理不尽な女

目が開いたとき、小鳥のさえずりと共に肌寒さを感じる薄い光が印象的な天井から透けていた。

「ここは?」

頭を上げて周りを見渡す。

円の空間、中心に木の柱が二本…いや三本?

天井は真ん中が開いていて、そこから線が広がっている。

…覚えのない部屋だ。

青色の石板…扉か。

とにかく外に出る。ここはどこなのか、ソフィとミアを探さないと。

扉を開ける。

そこにあったのは薄っすらと緑が一面、日が昇り始めの草原。

少し遠くの野生動物の群れがちょっとずつ移動しているように辛うじて見える。


周囲を歩いて分かった。

ここはどうやら草原の中にある集落のようだ。だが、前の集落とは違ってテントみたいな家が並んでいるし、小規模で塀はない。

「ん、起きたーか?」

後ろから聞こえてきたギザギザした声に振り向く。

「そんなに歩けーのなら、だいじょぶだーな。」

そう言いながら、無造作な髭のあるクリーム色の衣を着た中年くらいの男はタルを運んでいた。

なんのことだ。うーん?

「そういーば、あーちの家にあの子らいるーよ。」

髭男が指すとこにはいくつかのテントがあった。どれのことを言ってるんだ?

その疑問を投げかけようとしたが、すでに髭男は消えていた。

とりあえずあっち?に行ってみるか。


目の前にあるいくつかのテントは色が少し白めだ。

この辺を歩く人も女の人が多い。

その手には桶のようなものやタオル、箱を持っていた。

ここらに二人がいるって言ってたけど、テントの中にいるんだよな。一個一個中に入って確かめるしかない。

「…?」

近くにあったテントの扉の取っ手を掴み、引いた。

だが、シユウは少し開けたらすぐに閉じ、顔は赤くなっていた。

「なにしてるんですか?」

焦ってすぐに扉を閉め、扉に背を向けるシユウ。

「なんだ、ミアか。」

「なんだって…」

声をかけてきたのはタオルを持ったミアだった。

ってなんでタオル持ってるんだ。

「そこって…」

「そ、それよりソフィは?」

まだバレてないよな。早くここを離れよう。

「え、えっと…」

ソフィの名前を出したとたん、目をキョロキョロさせてぎこちなくなった。

もしかして…。

よくミアを観察すると、キョロキョロさせている目線が一つの場所に向いていることが分かった。

「あのテントか。」

奥にある小さいテントより少し大きい白いテント、あそこにソフィがいるということだな。

シユウは駆け足してそのテントに向かっていった。

「ちょ、ちょっと、シユウ!」

扉の前に着いた。ここにソフィがいる。

シユウはすぐに扉を開けようと手を伸ばしたが、取っ手をつかんだとたんに止まった。

「シユウ、待ってください!そこは!」

覚悟しないといけない。

俺はゆっくりと目をつぶって、深呼吸する。

そして目を開けたとき、ミアに体を引っ張られていた。

「なにすんだよ。」

俺のことを心配しているのか、それにしてはかなり強引な気の使い方だと思うが。

覚悟は決まっている。止められても俺はこの扉を開ける。引っ張られても。

「俺は大丈夫だ。」

シユウは引っ張られたまま取っ手を放さず、開けようとする。

それを止めるため、必死に引っ張るミア。

「何言ってるかわかんないですけど、そこは…っていうか、そこも…」

いくらなんでも引っ張りすぎだ。これじゃあ本当に開けられない。

「放せって!」

「放すのは、シユウの方です!」

「なんでだよ!」

ここまできたら意地になっていた。どんな理由があろうと俺は絶対にこの扉を開ける。決してこの手を放さない。

そこには取っ手を強く握る少年と彼を全身全霊で引っ張っている少女がいた。

「くそ!」

全身を使って引っ張るミアに対してシユウは片手の指の力だけで扉を掴んでいたため、その戦いはすぐにミアの勝利で終わった。

「うわ!」

そこには倒れ込んだ俺を見下すミアの冷たいまなざしがあった。

てか、なんで。

「ソフィは、この中にはいないです。」

「なんだよ。」

だとしてもこんなに止めてくるんだから、この中には相当すごいものがあるんだろうか。

それよりもソフィどこだ。

ミアの目線を追うシユウ、そしてまた動き出そうとした。

しかし、ミアは彼の手を掴んで止めた。

「これ以上ここの人達に迷惑かけるわけにはいかないです。ソフィのとこに連れていきますからじっとしていてください。」

あきれた感じでそう言ったミア。たしかに不用意に家の扉を開けるもんじゃないか。

シユウがそこから離れた後、何人かの村の女性がそこの扉の中に入っていった。


一番奥にある小さな白いテント。

まわりにはほとんど村人は歩いていない。

「ここです。」

「あ、ああ」

不思議そうに俺の顔をじっと見るミア、掴んだままだった手を急いで放した。

「この中にソフィがいるのか。」

森の中で、あのでかいやつ、ライオネル?に襲われて光の中に入ってから記憶はない。

あのときはソフィはボロボロだった。

「…開けますね」

ゆっくりと目を閉じる。

なぜかソフィと接するのが怖くなっている。頭ではいつも通りなんだけど、ビビってる。

目を開いて中に入った。

「え?」

こっちに背を向けたまま、ソフィは椅子に座って本を読んでいる。予想とは幸い異なっていた。

「…相変わらず騒がしいわ。ゆっくりさせてほしいものね。」

その言動からも元気だということがわかった。

普通こういう時は気分が良くなるものだと思うのだが、どうしてだろう、むしろだいぶ不快になっているのは。

「ごめんなさい。」

「なんのこと?」

「…」

ソフィに向かって謝ったと思ったら黙ってしまったミア、ソフィの少しの眼光が黙らせているかのように見える。

ケンカでもしてたのか。

「で、何の用?何にもないならすぐに出て行ってほしいのだけど。」

「なっ…」

なんだよその態度。

「シユウはソフィを心配して…」

ミアが小声で俺に気を使ってくれたっぽいが、そうさせるソフィにもムカつく。

頭に血が上っているのを感じながら、俺は何も言わず舌打ちをし、外へ出て行った。

ソフィは扉の閉じる音が耳に入ると、ページをめくった。


温かくなってきた頃。

外にいる村人たちも家事や荷物を整えて草原に出て行ったり、仕事を始め出している。

一方で俺は草原に走る元気な鹿を見ていた。

「わんわん!」

「ん?」

犬の鳴き声、足元ではなく頭が俺の肩の高さにある犬が真横にいた。たぶん犬だよな。

見たことない大きさの犬だから目を疑った。

その犬は下を出したまま、俺を見ている。よだれを垂らしているが敵意はなさそうだ。

「あー、すいませんねー」

爽やかな声が聞こえたほうから、爽やかな弓矢を持った青年が走ってきた。

それに反応して犬も青年のほうへ、くるりと回ってテクテクと歩いて行く。

「ん?あんたはー、昨日落っこちてきた人の一人だねー?」

落っこちてきた、どういうことだ。全く記憶にない。

「怪我はもう大丈夫みたいだねー、よかったねー」

犬をなでながら爽やかな笑顔で話しかけてくれる青年。

「落っこちてきたって言ったけど、それは本当なのか?」

ソフィのことで夢中だったからか、そういえばあの後どうなったかを確認できていなかったことに気づいた。

「本当も本当―いきなり宙に眩しい光がでてーそこから落下してきたんだよーびっくりしたよー」

ジジイが危険になったら使えって言っていたあの筒は、転送の道具だったのか。

「そういえばーいっしょに出てきた女の人の怪我は大丈夫なのかー?」

「…ああ、元気すぎるくらいだ」

聞かれたくもない。あの女のことなんて。

シユウの表情のせいなのか、その大きな犬はシユウの袖を噛んで引っ張り歩き出した。

「な、なんだよ」

「ゴローその人を狩りにつれていきたいのかー?」

そう青年が言うとゴローは袖を噛むのをやめて止まり、くるりと青年の方を向いた。

そして元気よく一声。

「わん!」

大きな尻尾を振りながら答えた。

犬って人の言葉分かるのか。あんまり動物と触れ合ったことないから知らなかった。いや、ここが異世界だからか?

「あんたーいまから狩り行くんだけどー行くー?」

行くわけないだろ。と言うのが普通なんだが自然とその言葉は出ない。

どうせ今日中にこの集落から出ることないだろうからいい暇つぶしになるか。

「じゃあ行く。」

「そうかーじゃあついてきてー」

シユウの不愛想な返事に対して一切表情を曇らせることない爽やかな青年は迷うことなく彼を狩りにつれていくのだった。


集落の外に出てゆっくりと歩く。

爽やかに横から話してくれるハイトと先導してくれるゴロー、快晴の空、広い草原、自由な空気。

ハイトが言うには、ここはヲーリア平原の北にある草原で、昼は温かいが、夜はかなり冷えるとらしい。

「シーウはどこ生まれなんだー?」

「シーウじゃなくてシユウだ。」

いままでいろんな人に名前を言ってきたが、まともに名前を呼んでくれる人は少ない。

そんなに呼びにくいのか。

「生まれは…覚えてないな。」

「えー?」

自分が別の世界から来たなんてことを言っても仕方ない。

ちょっと前までは感じなかったが、こうやって誤魔化すのが少しだけ気になる。

「僕はスラーナ生まれなんだー。」

「聞いたことないな、ここらへんじゃないのか?」

「マルケス大陸の山の上の街だねー。」

こんな感じの会話をしながら昼になったくらいに森に着いた。

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