第16話 ソフィVSライオネル
夕日の下、森の中の平地。
中央にはデカい槌を肩に担ぐ巨漢と居合の構えをする女が、その周りには多数の巨漢の手下と若い少年と少女、それらはそれぞれ左と右に分かれている。
ソフィが構えを取ってから時間は経っているはずだ。なのに、両者はにらみ合いをするだけで状況はまったく動かないし、少し遠くにいる俺でさえも瞬きを許されない。
「…っふ」
ライオネルが少し笑い、槌を握り締める。
それと同時に槌を振りかぶろうと腕を上げるライオネル。
しかし、その背後には剣を抜いたソフィが既にいたのだった。
「さすがの速さだ。」
その首からは切り傷程度の出血がある。避けたのか?
「あなた何者?」
その表情に揺るぎはないが、剣の刃を少し覗いていた。
「さっき言っただろう、先ほどは一つもらったが次はそうはいかないぞ。」
後ろにいるソフィめがけて振り下ろす途中のままだった槌をぶつけようとする。
さすがにあんなにデカいものを振り回すんじゃ当たるわけない。ましてやソフィに。
そう思っていたが、それはあくまでもこっち側の常識だった。
槌が地に着いたとき、ライオネルの足には切り傷。
ソフィは…どこだ?
「まったく、おっかねえな。まさかまた切ってくるとは。しかもさっきよりも鋭いか。」
その傷をあざ笑うライオネルの目線を追っていくことで木のそばで膝をついているソフィに気づいた。
ライオネルがソフィの方へ歩く。
一方、ソフィは脇腹を押さえながらも立ち上がっていた。
「あの怪我…!?」
ミアが目を見開き、急いでソフィのところへ走ろうとする。
俺はその腕を掴んで止めた。なぜならすでにライオネルがソフィの目の前にいたから。
「驚いたか?だいたいのやつはそう思って即死だが。」
今思えば、魔法戦士の長だったらこいつも魔法を使えてもおかしくはない。ソフィが被弾するなんてそれ以外考えられない。
「今度は生きてられるかな?」
巨漢は再び槌を持ち上げる。
ソフィは辛うじて立っている状態。
「放してください、避けられるわけないです!」
ミアは余計に暴れて俺を振り切ろうとする。
たしかに避けられるわけない。そんなことはわかっている。でもここでソフィに回復をしようとしても間に合わない。
「ソフィ…」
本当は俺もミアのように突っ込みたい。なのになんで…。
ソフィの眼は決して俺を走らせない。手を緩めさせない。
瞬く間にその鈍重な一撃は落ちた。
こっちからはその巨漢と大きな槌でソフィの姿が見えない。
ただわかるのはライオネルが槌を振り下ろしたまま全く動かないということだ。
「ん?」
ミアも止まった。あっちに顔を向けたまま。
雷のような一振りが落ちた後、時間が止まったかのようにだれもライオネルから目を離さずにいる。
「…」
ライオネルの上体が揺らぎ始める。
「ソフィ!」
ミアの声と同時に尻もちをついたライオネル。
そしてそれによって分かった、そこに立っているソフィに。
「なんだと…」
ライオネルも驚きを隠せない様子。それほどソフィは恐ろしいのだろう。
「もうあんたの攻撃は見切ったわ。」
「なに?」
自信満々なソフィに皺を寄せるライオネル。
見切ったって、ライオネルの明らかに速すぎる大槌の攻撃を?
「魔法の能力は体の大きさと筋力。その腕前は偽りないってこともね。」
ライオネルはその大きな体によって巨大な槌を振り回していた。それもかなり速く。
それがライオネルの魔法だということらしい。
でもただ速いからだけだったら避けれるはずだ。
「俺の緩急に反応できるようになるとはな…。しかもたったの三発で。」
緩急?そういうことか。最大の速さだけでなく最大の遅さも扱える。変幻自在に大槌を振る速さを変えられるということだ。
それがライオネルの腕前。
よく見るとライオネルの足にかなり深い傷がある。さっきの瞬間にソフィが一撃いれていたのか。
「でもな…ここからだ…」
槌を杖にして腰を上げるライオネル。
肩に槌を乗せ、大きく振り下げる。
それは大槌にしては速いほうだが、さっきまでよりかは遅いほうだ。
ソフィはその速さに対応したのか斬りかかった。
しかしそれを確認してからライオネルはさらに速く叩きつける。
地面が揺れた。
だがライオネルの脇腹に二つの傷。ソフィは無傷。
そしてさらに斬りかかろうとしていた。
「フェイントだったか。」
ライオネルの反応が遅れている隙に、ソフィはその首をめがけて飛び上がっていた。
ギリギリで体を反って避けるライオネル、無理な避け方だ。
それを見逃すソフィではない、次の斬撃はライオネルの両膝裏に命中した。
「ぐぬっ!」
その巨体は十分に硬く初めは切り傷程度だったのに、だんだんと深い傷ができていくのは理解できない。
だが逆にそれによる動きの遅さが、避けにくさが露呈していた。
「さっきまでの威勢はどこ行ったのかしら?」
剣を回して付いた血を飛ばすソフィ。その動きからも相当なダメージをもらっていることは予想できないくらい。
「っふっふっふ…笑わしてくれる。カイネのくせになぁ…」
体中傷だらけでもまだまだ体力があるようだ。
「?…次で仕留めるわ。」
ソフィは剣を鞘に入れた。
さっきまではライオネルが優勢だったのに、完全にソフィが掌握している。
その上でのトドメを刺す発言。
「いいだろう…こっちも渾身の一撃をくれてやる。」
ライオネルは両手で槌を握り締める。
しかも振り上げるのではなく、下げたまま、槌の頭は地についている。
先ほどは斬撃こそは入ったものの、ダメージを与えられなかったソフィ。しかし今は違う。さっきと同じならソフィが制するはず。
「…」
「…!」
動いたのはライオネル。静寂は明らかに先ほどよりも短かった。
ライオネルは一歩踏み出しながら槌を上に振り上げようとする。
それに反応したソフィは意外にも飛び上がった。
渾身の一撃というだけあってかなり速い一撃だったが、それをソフィは空中でかわす。
そして一回転しながら剣を抜き、首めがけて斬りつける。
だがそれは狙い通りなのかライオネルの腕を切った。
ライオネルは腕で防御したのだ。
「甘いぞ!」
そう言いながらライオネルは腕を振り払い、ソフィを宙に飛ばす。
その後すぐに飛び上がり、空中で両手に槌を持ち上げた。
さすがに宙に浮いていては避けにくい。さっきの一撃は読んだうえだったから避けられたが、次は違う。後手だ。
「終わりだ!」
ライオネルは落下しながらその大槌をソフィに叩きつけようとする。
このまま喰らえば間違いなく死ぬ。
だけどそんな感じはなぜかしなかった。それはソフィの動きからだろうか。
槌の先がソフィの目の前まできたとき、剣を両手に持つと槌に向かって斬りつけた。
いや、槌の角にだ。
角に剣をぶつけることで回転して逆にライオネルの上にまで飛んだんだ。
ありえねえ。そんなことができるのか。
「まずい!」
大きな振動と共にライオネルが着地。顔を上げた。
そこにはソフィがいる。
「ここまで追いつめられるとは…」
だがすでに足がついているライオネルと宙にいるソフィでは不利なのはソフィだ。
それでもなぜか焦っている様子はない。
ライオネルは右手を突き上げた。
槌ではなく右手…。
疑問に思って気づいたが、槌が地面に埋まっていた。
首はまたしても手で遮られている。
それゆえにソフィは手に剣を振り下ろそうとしていた。
その勢いから腕ごと持っていく感じだ。
だがおかしい。
ライオネルは今から片腕を持ってかれるのになぜ、笑っているんだ。
そう思っていたのはソフィも同じだったらしい。
「!」
ソフィは斬る一歩手前に剣を盾にした。
そのすぐ後にライオネルの右腕が青く光る。
「Befreiung…」
その言葉と同時にその手のひらから何かが出たらしい。
でもなければソフィが吹っ飛ばされるわけがない。
ソフィは受け身をとって着地した。
日が完全に落ちる寸前、空は紫。
ほとんど暗闇になろうとしていた。
だからこそライオネルの青く光る右肩がよく目立つ。
それにしてもなんだあれ。他の魔法も使えるのか。
「ああ、気持ち悪い!」
ライオネルはその光を見るや否や、袖を引きちぎって肩を露出した。
「ほんと、ここまでやらされるなんてなぁ。ただ山賊から物を奪いに来ただけなのによ。」
埋まった槌を引き抜きながら文句を垂れる。
「この四角いの持ち帰るだけだったのになぁ。」
立方体の石のようなものを取り出し、手下に渡すライオネル。
あれを奪いに来たのか。なんだあれは。
「それ…なに?」
「ここからは手加減しないぞ…ん?」
ソフィが強張った声がライオネルを威圧する。
「その肩のやつはなにって言ってんだよ!」
明らかに顔色が変わった。さっきまでの冷静で落ち着いたソフィではない。頭に血が上っている。
「これか?これなぁ…アイツからもらったんだが、俺は嫌いだんだよなぁ。」
不機嫌に肩の青い光を見つめるライオネル。
「でもこれ使わないとお前に負けるからな、使ってみることにするわ。」
全身に青い光を纏い、槌を握り締めた。
あの光は何の効果があるんだろうか。さっきはなにかを飛ばしたようだが。
俺が考えていたとき、ソフィは鬼の形相でライオネルに斬りかかっていた。
「なんだ?」
その剣はあまりにも乱暴にみえた。
簡単にライオネルは槌の柄で防御する。
すぐに二度、三度の攻撃をするソフィであったが、そのどれもが簡単に防御されていた。
だが、さきほどよりもだんだん速くなっていっている気がする。
「シユウ!危険です。」
「え?」
ミアがいきなり大きな声で言ってきた。ものすごく焦っている。
「あんなに動いたらソフィの体がもたないです!」
「どうゆうことだ?」
さらに速くなっていくソフィ。ライオネルに反撃の隙を与えない。
しかしどれもライオネル自身には当たらない。
「ソフィの生命が!」
「…探知のことか!」
ミアのあまりの慌てよう。説明してもらう時間はなさそうだ。
おそらくソフィにはミアの生命力まで見えているのだろう。
こうやって話している間もソフィの速さは上がっていく。
「さっきよりも数倍速くなってやがる、驚かせてくれるな。」
激しい金属音が森に鳴り響く。
ライオネルも受ける一方であったためにそろそろ耐えきれなくなっていた。
だんだん体がよろけてきている。
そのはずなのに余裕の表情だ。
「っく!」
そんなのも関係なく、自分の生命力を削りながらさらに速く攻撃するソフィ。
「…単調だな。」
音の間隔はさらに短くなる。
そしてついにその剣は槌を弾いた。
「はぁああああ!」
ソフィが雄たけびを上げながら剣を大きく振り下ろそうとした。
「ふん、所詮はカイネか。」
これまでに比べてあまりにも大振りすぎる一撃は揚々とかわされた。
ライオネルの今までの動きよりかなり速く、その巨体がゆえの遅さの不利を克服していた。
おそらくこれが青い光の力だ。
ライオネルのカウンターの拳が一発。
それも速くて鋭い。
ソフィは、それを完全に喰らってしまった。
すごい速さで木に激突する。
「そのまま死ぬのがお似合いだ。」
ライオネルが大槌を拾い、たおれているソフィへ軽装に歩いていく。
ソフィはうつ伏せのまま動かない。
「ミア!」
ミアがソフィのもとに走っていってしまった。俺は驚きのあまり動けていなかった。
まさかソフィがやられるなんて…。
そうやって衝撃に駆られている間に、ライオネルの目の前をミアが通っていた。
「なんだ?回復か?」
ミアが回復しに行ってもまったく動揺しないライオネル。
「この怪我…早く治さないと!」
ソフィのもとにたどり着くとミアはすぐに回復をかけていった。
でも、なかなか治っている様子はない。
もしかしたら傷が深いと時間がかかるか、そもそもに治らないのか。
どっちにしてもまずい。このままじゃミアも危険だ。
「回復させても無駄だ、今のそいつなら簡単に殺せる。逃げたとしてもな。」
ソフィはまだ倒れたまま、ミアは回復中で動けない。
それなのにその巨漢はもうそこにいた。
「まぁいい、だったらもろとも潰しちまうか。ロアマトは事故死ということにすればいい。」
ライオネルは大槌を振り上げ始めた。
どうすればいい。
このままじゃミアもソフィも。なんのために俺はここに来たんだ。
頭に自然とよぎった。
…後悔しないため。
あまりの状況にジジイからもらった筒のことを忘れていた。
「今だろ!」
シユウは筒を手に持ち、二人のいるところへ急いで走っていく。
だがライオネルはもう大槌を振り下ろし始めていた。
くそ、間に合え!
後ろに槌で潰してくるライオネルがいるというのにミアはソフィの回復を続けている。
その頬には涙が。
「間に合え!」
あと少し!
その影がミアとソフィを覆っていく。
くそ!間に合わねえ!
これじゃあ何も変わらない。むしろ俺がミアを止めていればこんなことにはならなかった。
なにが後悔だよ。逆じゃないか。
…!
シユウは視界の端に入った手に持った筒に気づいた。
やるしかない。まだ終わってない。
「一か八かだ!」
俺は二人のいるところに筒を投げる。
その筒は大槌をかすりながらもミアとソフィのもとに届き、白い光を発した。
なんだこの光。いや今はそれどころじゃない。とにかく突っ込むしかない!
シユウは全速力で大槌と二人の間に入り込んだ。
「うおおおおお!」
背中には大槌の表面が接していた。
光と二人のなかに俺は入っていく。
めちゃくちゃ眩しい。
「…」
光が消えると森には静けさが戻る。
ライオネルは顔を固まらしながら槌を持ち上げ、その面を覗いただけであった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます