第15話 救出

ゆっくりと道の無い森の中を歩いている二人。

シユウは真っ青にしている一方、ソフィは顔色一つ変えずに真っすぐ前を見ていた。

「…」

「さっきから気分でも悪いの?」

この森をどう進んだらいいかわからなかったから、こうやって確信をもって歩いていけるのはいいことだろうけど…。

「!?」

「どうしたの?」

さらに真っ青になったシユウに、ソフィは少し声の張りを緩めて声をかける。

彼の視線の先には死体が転がっていた。

「強く殴りすぎちゃった?」

「ある意味そうです…」

たしかにまだ頬が痛むけど、こんな光景があったら気にもならない…。

うわ…。まさに地獄だ。

「とにかくまずは、道のあるとこに出るわよ。」

「ああ…うん…」

血の道を辿っていく。


数えきれないほどになった頃には、さすがに慣れてきた。状況も冷静にわかるくらい。

ソフィと再会した後すぐに説教されて一発殴られた。

ミアとはぐれたことを伝えたらもう一発もらった。

とにかくミアを探すことになり、今は道に出るように歩いている。

「止まって。」

「なんだよ?」

前を覗くと、さっき襲ってきた奴と同じような格好をした奴らが立っていた。

「あいつらって…」

「山賊ではないわ。」

ここまで見た死体のほとんどは山賊と騎士だったが、少しだけあんな奴らがいたな。

全部首から下しかなかったけど…。

「気を付けて、いわゆる魔法戦士の類だから。」

「魔法戦士?」

魔法を使う戦士か。そういえばあんまり見たことなかった気がする。

木の陰に隠れて様子を伺う二人。

「なんで隠れるんだ?」

「…黙ってて。」

文句でも言おうかと思ったけど怖すぎる。これが騎士なのか。

「なぁ、マックス山賊団だけだって聞いてたのに騎士までいたのは変だよな。」

「まぁ俺達でも楽に倒せるくらいだから大した騎士じゃなかったし、気にすることないだろ。」

「そうだな。」

魔法戦士って山賊だけじゃなく騎士も殺すのか。なんなんだ?山賊と同じようなもんか?

男二人が向こうへ歩いて行ったのを確認するとソフィは木の陰から出た。

「そういえばあなたが襲われたのってどんな魔法つかったの?」

「足が速かったな。風よりも。」

森じゃなきゃ絶対に逃げ切れなかった。魔法って強力なんだな。

再び歩く。

「厄介な魔法を使うのね。気をつけないと。」

「そうだな。」

少しは驚くとおもったのだが、全然だ。ソフィは奴よりも強いのか。

シユウが考え込んで下を少し向くと、すぐに考えるのをやめて前を見直すことになった。

その背中は決して大きくない。


しばらく進んだら道に出た。

ようやっと解放されると安心する…暇もなく元の気分に戻った。

前か後ろしか方向はないのに逆方向に歩き出したソフィを止めて俺たちは洞窟に向かっていく。

ソフィに大きい生命のことについてさっき話した時、おそらく洞窟にそれはあると言ってたからだ。

「そういえば、どうやって最初の同じ道を回り続ける術を破ったんだ?」

「え?そんなのなかったわよ。道があるのなんてあなたが言うまで知らなかったし。」

迷いの森の術をも上回る方向音痴。

というかどうやったら道を外れることができるんだ。廃村から一直線だっただろ。

困惑しながらも念のため太陽の動きを確認しながらシユウはソフィの後ろを歩いた。


足がさすがに重くなってきた。

道に出てから敵こそいないが、とにかく長い。

どうしてこんな森の奥に基地なんて作ろうと思ったんだ。

「4人…いや6人いるわ。」

「え?」

急に止まって茂みにしゃがんでいるソフィ。

道の先をよく見ると前には開けた場所があり、そこの周辺に何人かの魔法戦士がいる。

また、奥には洞窟があった。

「あれが基地か」

「…」

なぜかこっちに不快な目をするソフィ。俺の頭をつかんで茂みに押し付ける。

「みてあそこ。」

「…?」

指さしたのは洞窟。そこから一人の魔法戦士が現れた。まだ洞窟の手前にいるため暗くてよく見えない。

特に違いの無いただの魔法戦士っぽいが。

「よく見て。」

「…」

まっすぐな声を発した方にもう一度、目を凝らす。

さっきの魔法戦士が後ろを振り向いて口を開けて動かした。後ろにいる誰かに話しかけているのか。

再び前を向いてようやく外に出てきた。男の魔法戦士だ。

そしてやはり、だれかがその後ろにいるようだ。

ゆっくりと日の光が少女を映す。

それはロープで縛られたミアだった。

「怪我はなさそうだな…」

「そうね。」

ほっとするシユウの隣には一切変化のないソフィが周りに目を回していた。

「右に3人、左に2人ね。」

「ん?」

ここから見て左に洞窟があって、そのそばにさっきの奴が、他に前のほうに1人。

でも、右のほうには1人しかいないぞ。あれ?

木々の陰から歩いている2人が視界に入ってきた。ここからじゃ見えなかったよな。あいつは超能力者か?

疑心に思ってソフィを見ていると、ゆっくりこっちに顔を向けてきた。

そしてしばらくまっすぐな目線を送ってくる。

「なんだよ?」

「…これしかないのね。」

今度はため息をついた。一体何考えてるんだ。

さっきまでまったく表情を変えていなかったソフィであったが、頭を抱えてふさぎ込んでいる。

「…やるしかないのね。」

ソフィは再びまっすぐこっちに顔を向けた。

さっきからなんなんだよ。

「右の3人を斬ってからすぐに左の1人を斬る。そのあとアレの気を引くからあなたが後ろから斬りかかって。」

「は?」

あまりにもはっきり言うものだから耳を疑った。

3人斬って、もう1人?後ろから斬りかかる?

前を向いて立ち上がろうとするソフィ。

「まてよ」

「…」

まったく不安げのない。ソフィは。

しかも腰にある剣の柄に手をすでにつけている。

「ミアを捕まえている奴だって…殺せるんだろ?」

ここまで来る途中に見てきた死体からもソフィの強さは実感している。

だから俺なんて必要ないだろ。

「無理。ミアが近くにいるから。」

「え?…」

ソフィは立ち上がった。

「洞窟の近くで隠れて移動して。それで私が合図を出したら、斬りかかって。」

そう言うとあっちへ歩いていこうとした。

「まてって」

声をかけたが、ソフィはこっちを一瞬見ただけですぐに木々の陰に消えていった。

どうしてこうなる。なんでそんなに俺のことを信じられる。

本当に俺にそんなことができるわけないだろ…。

剣なんてまともに握ったことがないのに。逃げることしかできないのに。


とにかくソフィの言った通り移動している。

この森は静かだから音をたてないようにゆっくり。隠れながら。

あっちにいる奴らは焚火しながら呑気に話している。

なんでそんなに余裕なんだよ。近くにいる敵がいるかもしれないのに。というかいるのに。

こっち側にいる一人は座ってぼーっとしている。

そして、あそこにいる奴がミアを捕まえているんだよな。洞窟の前で突っ立っている。ときどき周りを見回しながら。

「とりあえずここでいいよな」

洞窟のすぐわきの茂みに隠れ込んだ。それは成功した。うまくいった。でもここからが本番なんだよな。

「…」

それにしてもソフィはなんで俺を頼る。俺が弱い奴だってことはわかってるくせに。本当はあいつ一人でもミアを助けられるんじゃないのか。俺のせいで失敗したらどうするんだよ。

どうして俺が奴を殺せるって思ってるんだよ…。

「…!」

下を向いていたシユウが顔を上げる。

その魔法戦士に捕まっているミアが目の前にいるほど近くに隠れていた。

「俺がやらなきゃ…」

ソフィが妥協するような性格じゃないことは理解している。特にこういう場では。

俺の手を借りなきゃ無理なのか。

そうじゃなきゃミアを助けられないのか。

シユウは音をたてないようにゆっくり剣を引き抜いた。

両手で剣を強く握りまっすぐ前を向く。


洞窟の前の平地の右側。もうすぐ夕暮れ。焚火をしながら三人の男が座っていた。

「なぁ…ライオネルさんはなんで子供なんて捕まえたんだ?」

「それはあのガキがロアマトの子孫だからじゃないか」

「だからといって捕まえる理由になりますかね。」

焚火の近くにいる一人は汗をかいている。

「こんなに暑いのになんで焚火なんだ?」

「文句言ってないでちゃんと火を見ていてくださいよ。」

焚火の近くにいる一人は不満げに空を見上げた。

「ったく…なんでこんなに苦労しなきゃいけないんだよ。」

少しの風が吹いた。

「…おい、聞いてんのか?」

男が焚火から目を離して後ろに顔を向けた。

三人の仕事は終わった。


周辺には三人の話す声だけがあった。

しかしミアの方を見ていた一瞬、気づいたらその声はなく、あっちにいた奴らがすでにたおれていた。

そのことに気づいたのは俺だけではなく、こっち側にいた二人もあっちに目を向けた。

その隙にソフィはまっすぐ走り、さっきまでぼーっとしていた魔法戦士がソフィに気づいて立ち上がる前にその腹を刺した。

ミアの見張りをしていた魔法戦士が三人が死んでいるのを見て前を向いたとき、すでにソフィはその腹からゆっくりと剣を抜いていた。

ソフィの機動力にも驚いたが、誰一人首を飛ばさなかったほうが驚愕だった。

「な、もしかしてお前が!」

「…」

黙ったまま一歩一歩、魔法戦士に近付いていくソフィ。さっきまでものすごい速さだったからか、かなり遅く見えるな。

きょろきょろして状況に戸惑っているミア。

「…ソフィ!」

二度見してソフィに気づくと、ようやっとその表情に色が戻ってきた。

シユウは剣をやさしく握っていた。

「お、お前が例の女騎士だな!」

「…」

魔法戦士は剣を抜き、その剣先をソフィに向けた。それは震えている。

関係無くソフィは変わらずゆっくりと近づいている。

そして左の方へ目線を送った。

しかしシユウは全く気づいておらず、ミアの顔をじっと見つめていた。

「く、くるな!」

「…」

魔法戦士はミアのことに気づき、今度は剣をミアの首に向けた。

シユウは剣を強く握った。

「これ以上近付いたら、このガキを殺すぞ!知り合いだろ!」

「…」

ソフィは足を止めた。

こっちに目線を送っている。今だ!

腰を上げ、前傾姿勢になるシユウ。

「おあああああああああああ!」

「!?」

魔法戦士がその叫び声に気づいて顔を向ける前に、シユウは斬りつけた。

それによって魔法戦士は握っていた剣を落とし、それを確認したソフィはミアの手を引いて分断する。

ソフィが一瞬ミアの顔に目が入った。

「どあああああああああ!」

ミアの不安げな目があった。ソフィはその目線の先へ振り返る。

斧が木に刺さるかのように、シユウの剣が魔法戦士の首を切り込んでいた。

「っ!」

少しの間驚いていたソフィだったが、すぐに魔法戦士の首を斬りとどめをさした。


シユウは剣を握ったまま呆然としている。

なんなんだこの感じ。なんでうれしくないんだ。

ソフィはミアに一声かけて、あたりに倒れている魔法戦士が死んでいるか確認をした。

そしてシユウに近付いた。

「よくやったわ。」

やさしくそう言い、握っている剣を取って鞘に入れたソフィ。

「…ゆっくりしている時間はないわ。帰るわよ。」

立ち尽くすシユウをミアはなんとも言えない様子でみていた。

「はい…」

「…」

ミアを無事に救い出したのに、どうしてこんな気分が悪い。

うまく整理がつかない…。

歩き出すソフィであったが、ミアもシユウも動かない。

だからかシユウの目の前に早歩きしていく。

そしてビンタをした。

「帰るって言ってんの。」

「ちょっと、ソフィ!」

ミアがもう一度ビンタしようとするソフィの手を止める。

なんかジンジンする。…。

「痛てえ!」

後から痛みが来た。なんなんだ。てか殴るか普通。

なんかムカついてきた。こっちも一発ぐらいやり返してもいいよな。

「まったく。早くしなさ…」

シユウが左手をあげようとしているとき、ソフィはシユウに抱き着いた。

「いきなりな!?」

気づいたときにはソフィといっしょに宙に浮いていた。

何が起こったんだ。

木に叩きつけられ、たおれる二人。

「とにかくけがを治します!」

ミアがこっちに走ってきている。なんでそんな遠くにいるんだ。

「ほー、やっぱり治癒の能力があるのか。さすがロアマトの子孫だな。」

半開きの目で見えたのは、巨大な何か。なんだあれ。

「これを欲しがるなんて変わってるよな。あいつさんは。」

緑の光に囲まれてようやっと、よく見えるようになってきた。いや、なんだあれ。

そこにいたのは身長3mはある大槌を持った巨漢だった。

そしてその後ろから何人かの魔法戦士が出てきた。

「なるほどね。あなたが長ってわけ…。」

剣を構えるソフィ。

漢はにやりとした。

「そうか、お前が例の騎士か。これはおもしろい。」

笑いながら漢は大槌を構えた。

「名はライオネル。いざ戦おうぞ。」

ライオネルと名乗るその巨漢はこっちに走ってくる。

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