第14話 迷いの森
森に入ってからどれくらいの時間が経っただろうか。
歩いても歩いて無くても洞窟らしきものすら見当たらない。
最初はシユウの踏み出す足も慎重なものだったが、今ではガツガツと進んでいる。
一方ミアはあたりをキョロキョロ見ながらそのすぐ後ろをついて行っていた。
「…」
おかしい。たどり着くのにこんな時間がかかる基地なんてあるわけがない。
「…」
「あ、あの…」
そもそもここが資料と同じ森なのか。廃村だって別の廃村だったら人気が無かった理由も説明できるし。
「…」
「えーと…」
もしかして資料そのものが偽物だったとか。ミアのことだから間違えていてもおかしくない。
シユウは立ち止まるとミアの顔をジロジロと覗き込んだ。
「うーん…」
嘘をついてる様子はない。いつも通り…か。というか嘘をつく理由がないか。
今度はあたりを見回すシユウ。
「…あのー」
しばらく道なりを歩いているのに騎士はおろか、山賊にすら会ってない。すでに制圧されたのか?
「聞いてください!」
「!?」
森の木々を揺らすほどの大きな声を出したミアの頬は膨らんでいた。
「な、なんだよ?」
「なんだよじゃないですよ、さっきから何度も話しかけてます。」
「そうだったのか」
でもそんな大声出さなくても…。
「で、なんだよ?」
膨らませた頬にある空気がため息によって無くなる。そして育ちの良い風には見えない顔をみせてきた。
「…さっきから同じ道を通ってます。」
「は?」
「だから…」
「いや、わかった!」
ミアが大きく空気を吸いこもうとしたから急いで止めた。敵がいる可能性だってあるだろ。
…ん?同じ道?
「どういうことだ?道なりに進んでいるだけだぞ」
「私にもわかりません。でも大きな生命との位置関係が変わってないんです。」
敵がいてもミアがいればわかるんだった。だったら別に俺が先頭を歩く必要なかったよな。あんまり。
「大きな生命ってなんだ?」
「そのままの意味です。大きい命です。」
何言ってんだ。命の大きさって何?感覚的なものなのか?
上を見上げると太陽がある。もうじき正午か。時間がないな。
「その大きい生命を目指すことにするぞ。」
位置関係がわかるものがこの大きい生命だけなら、そこに進むしかない。
「でも危険です。大きい動物だったりするんですよ。」
「嘘だろ…」
大きい動物のところに行っても仕方ないぞ。しかしそれしか場所が分からないんだよな。
「…それでも向かうぞ。」
「…」
しばらくの沈黙があった。なんの音もない。
その間、俺はミアの目をまっすぐ見ていた。
「…わかりました。じゃあ私が先導しますね。」
ミアの小さいはずの背中を頼りに、この森の中を歩いていくことにする。
少し退屈だったが、着実に先へ進んでいる気がした。
いつの間にか暗かったはずの森が明るくなっている気がする。暗く見えたのもなんらかの仕掛けのせいだったのか。騎士たちはこれを突破できたのか?
「止まってください。」
そっぽを向いてゆっくり歩いていたらなにかにぶつかり、なんかを下敷きにして転んでた。
「ど、どうした?」
「まずは退いてください…」
立ち上がり、ミアは砂を手で払う。そしてこっちを一瞬ムッとにらんだ。
「で、何かあったのか?」
「あれを見てください。」
ミアが指さした方には騎士と山賊の死体がいくつか転がっていた。その周辺は血まみれだ。
山賊の武器のほとんどは斧らしく、剣で斬られた跡がよくわかるくらいだ。一方騎士の方は兜がほとんど剥がされており、中年のもあったが二十歳くらいのが多い。
よくみると、中には若い少年のもあった。
「近くに敵はいるか?」
「…」
ミアは震えていた。当たり前だよな…ふつうは。
「休むか?」
ミアの前に回り込むと泣いていた。それをみて悲しくなった。その涙が思っていたのとは違っていたから。
「いえ、進みます。」
涙をふいて、はっきりした顔を俺にみせるミア。
最初からお前が無理する必要なんてないのに。ソフィを見つけたら一発殴ってやる。
「じゃあ行くぞ。」
「…はい」
俺が先導していく。残酷な光景をミアより後に知るのが嫌だった。それに…。
その先にもたくさんの死体があった。それをみるたびに何とも言えない感覚になる。
山賊のも多かったし、人気は全くなかった。
ここまで歩いてきて敵と遭遇せずに済んでいるのは幸運だ。それもこの騎士たちのおかげだったのだと思う。
「大丈夫か?」
「え、ええ」
びっくりしたあと、疑う感じで俺の目の奥を覗き込むミア。
「な、なんだよ。」
言いたいことがあるなら構わずに言ってくれ。
「!?」
ミアがいきなり右をまっすぐ向いて目を見開いた。
「どうした?」
見たところ木々しか見えない。もしかして…。
「速いです!」
「な、なにが!」
さっきまでとは違って明らかにミアは焦っている。やっぱり敵か。
「逃げるぞ!」
俺がミアの手を引っ張ろうとすると風が足を揺らした。そして目の前には山賊のようには見えない青年がナイフを持って立っている。
「なんか反応があるから見てこいって言われたけど、騎士じゃないようだね。」
落ち着いた声で話す青年。それでこいつは山賊じゃないと直感で理解した。でも殺意はある。
なんなんだ。一体何が起こったんだ。
「でもここにいるってことは殺すしかない。恨むなよ。」
やつは右手のナイフを握りなおし、前傾姿勢を取った。
「!」
俺はミアを抱えて、左の茂みに飛び込んだ。
斬るような風が横切った。
後ろをみると、奴は直立してこっちを振り向こうとしていた。
「逃げるぞ!」
ミアの顔が固まってる…。
「…」
ミアの手を握り引っ張って森の中をがむしゃらに走る。
走りながら考えた。奴の速さは直線のもので、曲がって逃げれば追いつかれにくいんじゃないか。
「!?」
何かに引っ張られたのか手がほどけた。
ミアが転んでいた。
「大丈夫か?」
「は…はい…」
シユウに右手を途中まで差し出そうとしてやめるミア。
「!」
風圧が来た。近くにいるのか。
「走るぞ」
森の中を逃げて行く。
「はぁ…はぁ…」
だいぶ走ったな。風の音も気配もないような気がするし、さすがにもう追ってきてないだろ。
ミアの探知で確認してもらうか。
「ミア、周りに敵…あれ?」
…そこにミアはいなかった。はぐれたようだ。
「…」
最悪な状況だ。ミアがいないと位置が分からない。だから合流するのも難しい。
いや、そもそもミアは逃げ切ったのか?
頭を抱えて下を向くシユウ。
「どうしたもんかな…」
あらためて周りを見回す。
どの方向も同じような景色。草に囲まれ、果ては木の肌で見えない。
こういう時は動かないほうがいいって聞いたことがある。いやでも川を探したほうがいいんだっけか。
「…」
川なんて絶対見つからないな。というかここまでで見かけることすらなかった。なくてもおかしくない。
シユウはそこらへんの木の茂みにゆっくりと座り込んだ。
「ミアが探してくれるのを待つか。」
ミアなら俺の位置が分かるかもしれない。それに賭けてみるしかない。
シユウが上を見上げると、太陽は真上にあった。
しばらく座って初めてわかったのは、この森の異常なまでの静かさだ。
風ひとつ吹かず、動物もいないだろう。
だから人がいればすぐわかるだろうけど、運がいいのか悪いのかそんな様子は全くない。
「…」
ここに座ってからだいぶ経ったはずなのに全然来ないぞ。本当にミアは俺の位置が分かるのか。いや、そもそもミアが俺を探してないかもしれない…。
「まさかな…」
ふと空を見上げる。すこし曇っている気がする。
もし見つかんなかったらこのまま死ぬのか…。それならせめて山賊に殺されて死にたかったな。
むしろここに山賊が現れてくれれば…。
シユウはポケットからジローにもらった筒を取り出し、ぼんやりと眺めた。
垂直な日光が筒に反射されている。
「…」
それでも…。
風が吹いた。
後ろからだ。もしかして奴が…?
でも弱い風だ。
「ぐわああああああああ!」
若い男の叫び声がぶつかってきた。やっぱり後ろからだ。
シユウは飛び上がった。
「どうする…」
シユウは手に持った筒をじっと見る。
「…くるなあああああああああ!」
間違いない。だれかが殺されている。しかもさっきより声が近い気がする。
騎士、山賊、だれの声だ?
「なんでだよ!どうしてだよおおおおおおお!」
さっきよりも大きい断末魔が向こうからぶつかってくる。
「…!」
だれかがこっちに走ってきている。やばい。
シユウはその音の方と強く握っている筒をきょろきょろと交互に見た。
「っく…」
確実にこっちに来ている。まっすぐに。迷いなく。
足音は乱雑にこっちへ向かっている。
「はぁ…はぁ…」
近い…。どうする。使うか。逃げるか。
さっきよりも慌ただしくキョロキョロとしている。
「はぁ…はぁ…嘘だろ?」
不規則的な音だけでなく、かなり速い音がある。
もう一人いる!?
「…っ」
もうすぐそこまでいる。迷っている場合じゃない。
「やめろ…」
シユウは筒をポケットにしまい、顔を前に向ける。
逃げる。とにかく逃げてからだ。
「はぁ…は!?」
走り出そうとしたその時であった。
「…!?」
視界の左から入ってきた男の頭が宙を浮いていた。血はわずかにも出ていない。
シユウの足は止まった。
…。
口を開けたまま時が止まったかのようにシユウは硬直していた。
その頭が地面に着く。それだけをみていた。
後ろにゆっくりとした足音がある。
何かがいることを理解していてもシユウは動けなかった。振り返ることもできない。
その間もだれかが近づいてきていた。
…。
止まった。
「…」
風が横切られた。
…?
金属が微かにぶつかったみたいだ。
なんだ?
ゆっくりと後ろを振り向いていく。
??
視界の端に入ったときにすばやく体ごと振り向いた。
「…は?」
木に刺さった剣を抜き終えたソフィがいた。
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