第13話 悔しさ
露店の通りでは薄い青白の空気の中、品の整理などをしている商人をちらこらみかける。
その商人の何人かは通りの方を振り向いて手を止め、走る少年を不思議そうにみている。そしてまた手を動かす。
「いた!」
剣を腰にぶら下げた騎士が門の前で一人の少女と話している。
騎士のほうはあきれた様子で外に出ようとする少女を引き留めているようだ。
「お嬢さん一人で平原に出すわけにはいかないのですよ。」
「いいから通してください!」
間に合ったみたいだ。
騎士と言い合いをしているミアのもとにつくと、俺はその足を止めた。
「はぁ…はぁ…」
「ん?」
突然現れた少年に騎士が目を落とす。
しかしその一瞬の隙に、少女はその横を通り過ぎて門をくぐっていった。
「ちょっと!」
気づいたときにはすでに追いかけることのできないくらいの向こうにいたのだった。
「あれ?」
通りの方に顔を戻すと、今度は少年が消えている。
もしかしてと思って外の方を振り返ると…
「ええ?」
予想と同じく、またしてもその距離を通過していった。
「まぁいいか、あっちの連中が止めてくれるさ。」
外門の騎士らが動いているのを確認して、なにもなかったように騎士は仕事を続けた。
ミアって足がこんなに速かったのか。追いつかねえ。
「おい!待てって!」
鍛冶場から全速力で走ってきたため、声を絞り出すしかない。
「待て…って…」
さすがにもう一回大声を出せるほどのスタミナは残っておらず、息を切らして止まった。
その必死さに気づいたのかミアも立ち止まり、こっちを振り向いた。
「え…なんだその顔…」
未だかつてないほどの嫌な顔してんな…。
バテバテになりながらも歩いていく。
「来なくてもいいって言ったじゃないですか。」
「…」
ジジイのせいで走ってきたが、俺はまだあきらめてない。
「…?」
ミアを止める。それが俺にできる最大限のことだ。
「本当にあいつのことを心配してるのはわかった…だが…お前を…ミアを…」
「…」
あいつがしおりを渡してきた理由を知っている。だから平原に出すのは駄目だ。
たとえあいつが死んでいたとしても。
「しつこいです。」
ミアはそう呟き、歩こうとするが、その腕を強く握ったシユウのせいで進めなかった。
だが決して後ろに顔を戻そうとはしない。
「…四日前、五人のヲーリアの騎士が平原に出ていくのをみました。」
外門の騎士の一人があくびをしている。
「でもその中に回復術を使える人はいなかったんです。」
回復ができるのはロアマト教の中でも少ないというのを聞いたことがある。ここは大聖堂とは別の大陸だから余計に貴重だろう。
「私がいればあの人たちを救えたかもしれないのに…」
馬車が一つ横を通った。その運転手は顔を緩め始めている。
「でもそのことに気づいたのが今なんですよ…ソフィがいなくなってからですよ…」
言葉が途切れるたびにその肩が揺れた。
「だから…行かせてください。じゃないと…んっ!」
ミアが引っ張って無理やり行こうとするが、手を放すことなんてできない。馬鹿みたいだ。
「放してください!」
「…」
死にたくないわけじゃない、死なせたくないだけ。他人のために自分の命を賭けるなんて間違ってる。
だから俺は足が動かさなかった。それでいいはずだよな。
なのにこの手を放せない。何も変わってない。
「くそ!本当に嫌な世界だ。」
「え?」
勝手に地獄に放り込んでおいて、こんな思いさせやがって。
「ええ?」
シユウは手を放さず足を動かした。
それによってミアは平原の方へ逆に引っ張られる。
「お前が行くっていったんだからな!」
びっくりしたミア。
「え、行くんですか?来なくていいって言ったじゃないですか。」
「うるさい。」
「…」
お前が鍛冶場の前を通らなければ、ジジイが俺を呼ばなければこんなにはなってなかっただよ。こんなに嫌な思いもしなくてよかったんだ。
「来なくていいのに…」
明らかなシユウにミアはため息をついた。
外門を通る際に声をかけられることもなく、日が昇り始めた平原に二人は出て行った。
早朝の平原は寒い。この前ほど遠くのほうまで見えないのは霧のせいか。
「鼻垂れてるぞ」
「えっ?」
寒さのせいでさっきまでの勢いも少し冷めてくる。
シユウが思わず足を後ろに引こうとするとミアが目に入り、再び前を見直した。
「たしか南西の洞窟でしたね…」
「そうだな…」
遠くに山があるのが微かにみえる。あとはなにかの建造物、たぶん風車か。かなり歩くことになりそうだ。
「どうしたんですか~怖くなっちゃいました?」
元気そうにしてるけど、震えてるぞ。
「早くいかないと霧が晴れてしまいますよ~」
にやにやしているミア。
「…鼻垂れてるぞ。」
「!」
にやにやしながらシユウはハンカチで鼻を擦るミアをみていた。
そして道なき平原へ足を踏み出した。
霧を利用して、うまく敵と遭遇しないように進んでいく。
たまに影を見かけたらビクビクしながらもそれが通り過ぎていくまでしゃがみ、できるだけ木や風車などの物陰の近くを通って歩いてきた。
「…」
「…いったようですね」
小さい恐竜の群れがあっちへ行ってくれた。まだ寒いのに元気なもんだな。
「あそこ見てください!」
肩を叩かれ指さしてる方をみると少し遠くにボロボロの家々?がある。灰色でブロックみたいな崩れた建物。
ここまでの道に風車以外の建造物はなかったからミアは興奮しているのか。
「行きましょう。」
「え?」
あんなの絶対危険なところだろ。山賊の基地って感じしかしないぞ。なんでわざわざそんなとこにいかなきゃいけないんだ。
ミアは俺の顔を覗いてムッとした表情をみせてきた。
「疲れました~どこかで安心して休みたいですね~」
どこか見覚えのある感じがする。あー。
俺は一瞬、霧で見えないはずの北東にいる何かに向けて苦笑いをした。
「安心できる場所ってあそこは絶対違うだろ。」
「えー、そうですか?」
廃村にそこまでして行きたいのか。
「ここからじゃ大きな生命はまったく感じませんよ?」
「ん?どうゆうことだ?」
「言ってなかったでしたっけ、私は生命の探知ができます。」
どうやらミアのような回復術を扱うものは怪我を直したりするだけでなく、生命力の探知が可能なのだという。
探知できる範囲はそれぞれ違っていて普通の術師ではあそこまで探知できないが、ミアは広いほうだと自慢げに説明してくれた。
「嘘か?」
「嘘なわけないじゃないですか。」
なんか怪しい。そう思えるのはなんでだろうな。何か引っかかる。
「だから行ってみましょう!」
「うーん…」
俺が悩んで動かない間にミアはさっさと廃村の方へ歩いて行ってしまった。
なにも気にせずにさっさと行くもんだから、仕方なくその後ろを追っていった。
近くまで来たが、人がいる感じはしない。
山賊とかの基地にしても見張りがいてもおかしくないのに。
「ほら、いないでしょ?」
「そうだな。」
「これで私のこと信じてもらえますね。」
「…?」
とりあえず廃村に入ってみることにした。
恐る恐る廃村の入り口まで来たが、物音ひとつしないな。それが逆に怖い。
村の入り口と出口は土の道で繋がっており、その道の左右に崩れた石レンガの家々等が並んでいる。
入り口のアーチにはなんか文字が書いてあるがボロボロすぎて読めるものではない。
「キャ…ビラ...?読めないです。」
「何の村だなんてどうでもいいだろ。」
「そんなことないですよ、面白い歴史があるかもしれないじゃないですか。」
「興味ないな。」
歴史の面白さなんてわからん。それどころか世界史も日本史もめんどくさいだけだったから余計につまらない。
「あ!あれは!」
「おい!」
休むと言ってここに来たというのに…。
ミアはいろんなところを見て回っている。そのせいでこっちはくたくただ。
建造物の装飾が少ないから結構昔の建物だとか、井戸がどうだとか。
それがそんなにすごいことかよ。
「見てください、これ!」
「ん?」
大きい建物がある。他とは違って灰色の柱がたくさんあるな。
「いろんな歴史の本を読みましたが、こんな建造物みたことないです!」
「これどっかでみたことあるような…」
「中も見てみましょう!」
「…」
中に入ってみると広い空間にデカい像がひとつ台座の上に置かれている。青年が変な格好してる像。これもところどころ欠けていて元の形はわからない。
「たぶん、この人を信仰していたのかな」
「そうかもな」
「いったいこの人はなんでしょうか…それにこの人の下にあるなにか…」
「おい。」
いい加減にさせないとこのままずっとこの村にいそうだ。
ミアがなにもわかってないような感じで俺をみているが、ほんとに忘れてるんじゃないだろうな。
「こんなゆっくりしてる場合じゃないだろ。」
「そうでしたね…」
「じゃあそろそろ行こう。」
「わかりました。」
なんでそんなに落ち着いてるんだよ。いくらここが安全だからってどうしてそんなにゆっくりできるんだよ。
「変だと思いませんか?」
シユウとミアは神殿から出て道なりを南西に歩いていく。廃村を回っている間に霧は消えていた。
「ミアがか?」
「え?この村ですよ。」
この村ってただの廃村だよな。なんか変なことあるのか。
「南西の洞窟までの道の途中にこの廃村があるんですよ。」
「たしかにそうだな。」
南西に進んでいってこの廃村が見えて入ったんだからそりゃそうだな。それの何が変なんだ。むしろ休憩出来ていい場所だろ。ん?
「洞窟は山賊の拠点でその途中の場所で安全なのに、山賊も騎士もいないんですよ。」
「…変だな。」
ミアがこの村を回っていたのはそういう意味だったのか。いやそれだけじゃない気がする。
「実はお城で資料を読んだんです。」
「よく見せてくれたな…」
「え、ええ」
絶対に勝手に読んだな。城から出てこれたんだから資料を盗み見ることだってできてもおかしくない。
「この村の先に洞窟があるってことも書いてありました。」
「それにしては人がいた形跡もないか。」
いつのまにか村の出口まで着いていた。このアーチもボロボロだ。
シユウとミアは立ち止まりその奥の森をみつめる。
「この先にはいろんな人が…います。」
「…」
改めて先をみると真っ暗だ。道の先はまったく見えない。
太陽は平原を照らしているが、シユウの足は震えている。直感で暗闇の中に何かがあるのを察したのだろう。
「怖いですか?」
「そんなことない…」
そこから全く動かないシユウに対してミアは前に出て、その腕を引っ張った。
「ちょ…!」
その足はアーチの外へ出て、くやしいがミアの作り笑いのおかげで震え止まった。
「鼻垂れてますよ。」
「垂れてねえよ」
シユウはその腕を振り払い、二人は暗い森の中へ進んでいく。
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