第12話 三日目の朝

さっきからミアが耳を塞いで不満げにしている。

来るなとは言ったが、このザマをさせることができていい気分だ。

「まだですか?」

「もうすぐだ。」

俺は逃げているわけじゃない。

「早くしなよ!」

目線を下に落として少し、ルイが家の中から出ながら声をかけてきた。すでに鍛冶場は目の前にあった。

「って、その子連れてきたの?」

「なんだよ、連れてきてやったんだよ。」

「え?どういう意味?」

ルイはてっきり目を光らせるとおもったが、意外にもいつもと同じだった。

さっきはあんなだったのに。

「とにかく早く食べなよ。じいさんカンカンだったよ。」

そういえばそうだった。

俺たちは鬼が現れる前に急いで昼食を済まし、すぐに道具の確認や準備をする。

しかしミアが珍しそうに鍛冶場の中を見回しては、いろいろ触ろうとしたから、そのたびに俺は強く言う。

しばらくそれを続けてたら、ルイがミアに向かって道具とかを紹介しだした。

やっぱり興味あるのかよ。結果オーライだが。


ルイがミアにいろいろ説明している後ろで、俺はなんとか一通り準備を完了させることができた。

「これが、じいさんが作ったやつ。」

「じゃあこれがシユウの作ったナイフですか?全然違います」

「確かにそうだけど、始めたばかりでこの腕ならすごいよ。」

なにを見せてると思ったら、そこまでここには素人が関心を持つものがなかったのか?

「おい、準備終わったぞ。」

「わかったよ。」

俺はルイの持ってるナイフふたつを取り上げて、ルイを仕事場に押し込む。

「じゃあ僕も仕事あるからまたね、ミアちゃん。」

「うるせえわ。」

「ナイフ持ったまま人を押すなんて危ないことするね。」

ようやっとルイは炉の中に瀝青炭を入れ始めた。早くしないとジジイが来ちまうだろうが。

ミアはいまだに俺の作ったナイフを覗き込んで見てる。

「おい、俺もこれから仕事があるんだ。そろそろ帰れ。」

「えー」

壁時計が二時を指しているとおもったら、その針が揺れ出した。

それとともにズドンズドンと家の中から物音がする。

「いいからもう帰れ。」

「どうしたんですか、そんなそわそわして?」

「いいから。」

シユウはナイフを置き、急いでミアを通りに押し出そうとする。

しかし、その行為は扉の開く音とともに現れた白髪の鬼によって終える。

「なにしてんだ…」

「いや、これは…」

まったく、ほんとにこの女は…。俺は悪くないだろ。

青ざめるシユウの後ろには、目を丸くしておじいさんをみつめるミアがいた。

「あ、あの…」

「もう帰れ、いいな。」

「…わかった」

ミアはジジイに一礼すると通りを歩いて行った。

胸をなでおろして振り返ると、なぜかまだ鬼がいる。

「え?」

「おい、あの子を一人で歩かせるほどお前はヘタレてんのか?」

「え?」

「いいから行って来い!」

ジジイの殺傷能力がある怒鳴り声と共に俺はミアの後ろ姿を追った。

自分の住んでる街がそんなに危険かよ。こっちは早く続きがしたいのに。

「おい!」

ミアが俯いてゆっくり歩いていたから、すぐ追いついた。

「送ってく。」

一言も発さず、ミアは静かに俺の後ろをついてく。

それはそれで嫌だ。


広場まで来た。ここには騎士がいるから、とりあえず安心だ。

あとは騎士に言ってミアをロウエルのところに連れて行ってもらえばいい。

「ここまででいいよな…」

どっちにしてもジジイに嘘つけばいいか。

シユウは門の両端に立っている騎士を確認する。

「あの…迷惑でしたか?」

広場についてもミアは俯いたままであった。

そんな風に聞かれなかったら、はっきりそう言っただろうな。そういうところが本当に迷惑だけど。

「気にしなくていいから、もう戻れよ。」

それを聞いたからか?ミアはなぜかうれしそうにしている。

「わかりました。あきらめます」

後ろにいたミアは前に出て、門のほうに走っていく。

途中に振り返って手を振ったとき、なぜか少し恥ずかしくなった。

そういえば、しおりもらってたんだっけ。渡したほうがいいか。

「ちょっと待った!」

シユウは、すでにミアが騎士と話している門の方へ走る。

息を切らしながら足を止めたシユウ。そして手に握ったしおりをミアに渡そうとする。

「なんですか?しおり?」

「これ…ソフィから渡せって言われた…本読んどけって…」

ミアがそれを受け取ると、シユウは満足そうにした。

ふぅ…これで完了だな…。

「じゃあ鍛冶場に戻るから…」

「ええ。」

ん?本読むのが嫌いだったっけ?

「あの…」

ソフィが何か言いたげにしていると妙な視線を感じた。

恐る恐る後ろを振り向いてみると、ロウエルが笑顔で立っている。

「…」

「夜に話があります。」

ロウエルはその一言だけで目の前を遮り、ミアをつれて城に戻っていく。

俺は出てくる汗を拭いてから、門から離れて仕事場に歩いた。

鍛冶場についたあとは、すぐに仕事にとりかかって気がついたら夕暮れになっていた。

仕事が終わったら、ルイ達に飲みに行こうと誘われた。ロウエルの言葉を頭の片隅あったが、俺はそれを了承する。そのせいで四割増しのロウエルの静かな怒りを目の当たりにすることになった。

鍛冶場には鬼がいて、城には悪魔がいることがよく分かる一日だ。


早朝の北通りは静かで、この季節だというのに結構涼しい。

昨日の仕事終わりにジジイから早めに来いと言われたために、俺は頑張って起き上がり、通りを歩く。

老人が朝早く起きるのはどこの世界でも同じのようで、散歩しているのをよく見かける。

北通りは細長いから一往復するだけでもかなり疲れるはずだが、ハキハキと歩いているな。

ゆっくり清々しく俺は仕事場に向かう。

「朝からタバコ咥えてんじゃねえよ。」

「ほっとけ。」

ジローは鍛冶場の階段で座りながら煙を出すパイプを咥えている。

「早朝のたばこがいいんだよ。昔から。」

酒は飲まないのに、たばこは吸うのかよ。

俺は煙が来ない手すりに、もたれかかる。

「まったく、お前はいつもそうだ。これだから若いもんは…」

「鍛冶場に入るまでは鍛冶師じゃないだろ。」

「っけ…」

今思えば、ジジイとゆっくり話す機会なんてこれが初めてか。説教か?

ジローは煙を吐き出す。

「お前は鍛冶師になりたいのか?」

鍛冶師か。この二日いろいろやったが、俺は鍛冶師になりたいからやったわけじゃないとおもう。

でもじゃあなぜ夢中になれたんだろう…。

まぁ、仕事にありつければ生きていくことができる。それにあいつらと飲むのもいいな。

だったら俺は鍛冶師になりたいということか。

「なりたい」

ジローは少しの間ゆっくりとシユウをみつめ、またパイプを咥える。

そしてしばらくしてからまた煙を吐き出す。

「そうか…」

なんなんだ。気味悪い。

それからしばらくの間、遠くの鳥の鳴き声だけが聞こえた。

ジローはパイプを傾けて揺らし、焦げた煙草を適当に捨てる。

「ジジイ、道に落とすなよ。」

「ふん。」

捨てた草を踏みながら、ジローは微笑した。

「昔はそんなんじゃなかったんだがな」

やっぱり年をとると昔を思い出すもんなのか。年寄りと会話する機会なんてなかったからよくわかんないけど。

俺が疑問に思ってたら、ジジイはタバコを吸うパイプの掃除を始める。

早朝に呼びつけておいて一体何がしたいんだ。

「おいジジイ、本題って鍛冶師のことだったんだよな。それならこんな早朝じゃなくてもよかっただろ。」

その大きな声によってジローの手は止まった。

「ここの町の人はタバコを吸うとは言わず、パイプを吸うっていうんだ。」

何言ってんだこのジジイは。俺がこの都に来たのが最近だって知ってるだろ。

「そもそもにタバコなんて存在しないからな。」

「は?」

その真剣な目線を俺に向けるジジイ。

「やっぱりお前は―」

ジジイが怖い顔に困惑していると、ゆっくりした足音がいくつか後ろにある中、明らかに慌ただしい足音に気づく。

「はぁ…はぁ…」

早朝から元気なんだと驚きを通り越して感心した。

「なにしてんだ?」

声をかけると止まったのはミアだ。

息を切らしながら膝に手をつけている。なんでまた城の外に出てるんだ。しかも早朝に。

そういえば昨日どうやって城から抜け出したのか聞き忘れていたな。

「なんでいるんですか…」

「いや、こっちのセリフだ」

息を整えてまっすぐ俺を見るミア。

「急がないといけないんです!」

また走りだそうとしたミアを手をつかんで止めた。

様子がおかしい。何を急いでるんだ。

「放してください!」

「その前に理由を教えろよ!」

俺が怒鳴ってもミアの気持ちは変わらないようだ。眉一つ動かさず、にらみ返してきた。

「三日目です…」

「なにが?」

その腕は微かに震えている。

「ソフィがここを出てから三日ですよ!」

ミアが大声を上げると、シユウはびっくりして目を見開く。

「助けに行こうとなんてしてないよな?」

「行くに決まってるじゃないですか!」

俺は驚きのあまり掴んだ腕を放してしまった。

「王様が騎士をまた出すだろ。」

「そんなの待ってられないですよ!」

ミアは涙ぐんでいた。

なんでだよ。いくらソフィが心配だからってこんなになるか。

「あなたを巻き込むつもりはありません。止めたって私はソフィを助けに行きます!」

ミアは決意じみた様子で再び走っていく。

行ったってミアが死ぬのになんで…。

シユウはその場でしばらく立ち尽くした。

「シユウ行って来い。」

妙にやわらかい声に振り向くと、本当にジジイだった。

いつもの固まった感じじゃない。気持ち悪い。

「俺たちが行ったところでなんにもなんないだろ。山賊とかに襲われて終わりだ。」

俺はただの人間だ。壁の外に出られるような強い人間じゃないし、馬鹿でもない。

外に出るなんて死に行くようなもんだろ。

「これを持っていけ。」

ジジイはポケットから謎の筒を出すと、こっちへ歩いてきて俺の胸に押し付けてきた。

「なんだよこれ?」

「逃げてもダメな時にこれを使え。」

筒は模様が無く、全部の面が緑色のトイレットペーパーの芯くらい大きさだ。

いい顔されて芯渡されても困るわ。

「死んで来いって言うのかよ。」

ジローは必死に強くこわばるシユウ動じず、まっすぐその眼の奥を見る。

「死ぬのが怖いから行く意味があるんだ。後悔したくなければ行って来い。」

シユウはその筒を握り締めるとジローを二度見する。

「なんでだよ…くそ…」

小声でそう言い、ジローを背に俺は走り出した。

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