第11話 買い出し

今日も今日とて鍛冶場の炎は燃えている。

「おい!水換えてこい!」

「わかりました!」

箱にショートソードを入れていたルイが小走りする。

「お前は研げてねえのか!早くしろ!」

「わかってんよ!」

シユウはナイフを一回砥石に滑らしては、その手を止めて確認する。そしてまた滑らせる。

「水まだか!熱も上げろ!」

「ちょっとまってくださいよ!」

水の入ったバケツを置くと、ふいごを踏むルイ。

「いつまでやってんだ!」

ジローは腰を上げてシユウのほうに歩く。

「全然研げてないじゃねえか!貸せ!」

こんな感じで、なぜか今日も鍛冶場にいる。

城の客室でルイに起こされ、抵抗むなしくここに連れてこられた気がする。

俺はいつからここの見習いになったんだ。これだからこの世界は…。

早朝から昼時までに俺はナイフを十五本ほど研ぎ終わった。

ルイがその一つ一つを隅々まで見終えたあと、ルイと共に昼食の買い出しに行かされた。


昼間の西通りには多くの人が食べ物の出店に並んでいる。

逆に武器や本などの店の前に人は全くいない。

「ここの中に入っていくのかよ。」

「そうだけど、どうかしたの?」

この景色には見覚えがあった。いわゆる昼休みの売店だ。

あんなところに並ぶなんて発想を俺はいつも疑っている。

「シユウは来たばっかだったよね、見ていきます?」

ルイはすでにゆっくりと歩き出していた。

割とルイは性格が悪いと思う。


「コッペパン、食パン、サンドウィッチ、丸焼き肉、焼き魚…多いな。」

「最近の流行りはカツサンドだったかな、じいさんは好きじゃないっぽいけど。」

「カツサンド!?」

カツサンドなんてこの半年で見たことなかったぞ。すごいなヲーリア王都。

「カツサンドってどこに売ってるんだ?」

「お、もう少し歩くとあるよ。」

いや待て、名前が同じだけで中身が違うこともありえる。期待しないほうがいいか。

「ほらあった。結構並んでるね。」

「!?」

とんかつが食パンに挟まれている…。こんなこともあるんだな。

「あっちにはフィッシュサンドもあるよ!」

白身フライが食パンに挟まれている…。ありえるのか?

「そういえばじいさんは魚フライ食べたことないから、気に入るかも…。よし、

あそこの店にしよう。それでいいよね?」

「あ、ああ。」

じいさんのとんかつ嫌いの理由ってそういうことなのか?珍しい気がするな。

俺たちはその行列に並んで、カツサンドを二つとフィッシュサンドを一つ買った。

なぜあいつらがパンを買うのに必死になっていたのかが、少し分かった気がする。


早くすいた腹を満たしたいのに、ルイはそのほかに武器屋と道具屋をのぞいていくからたまったもんじゃない。

熱心な顔していろんな武器や道具をみていたが、おなかを鳴らしてまでもするのか。

「もういいかな。では仕事頑張ってくださいね。」

「はいよ、たまには買って行ってくれよ。」

出店の店主は、にこやかに手を振ってくれた。変わった店主だな。

俺が不思議に思っていると、ルイはにやりとしていた。

「なんだ笑って?」

「いや、何考えてるんだろうっておもってね。」

第一印象はよかったはずなんだけどな。ほんとうに。

「お前はなんで鍛冶師になりたいんだ?」

きょとんとするルイ。

「簡潔に言えば、じいさんのつくった剣に一目惚れしたからかな。」

「他の剣とは違うもんなのか?」

俺がそう言うとルイはくすっと笑った。

「さっきまで見てたでしょ?」

「俺がさっきまで見てたのはナイフだ。」

「そういえばそうだったね。」

シユウが顔をしかめたのをちらりと見たルイは、上を見上げた。

「僕はもともと商人を他の町でやってて、そのときにじいさんの作ったブロードソードを拝見したんだ。その輝きに見惚れたんだよ。」

何言ってるかよくわからないが、ルイの気持ちは何となく理解できた。

「その輝きを忘れられなくてこの都にきて、気づいたらじいさんに頭下げてた。何回も。

自分も作ってみたいっていつの間にかおもってたみたいだ。」

「そうなんだな。」

不思議なものだ。やっぱジジイってすごいのか。

「だから頭を一回も下げずに鍛冶仕事している君が少し憎いけどね。」

ルイの笑顔が俺を襲ってきた。てか、お前が帰らせてくれなかったんだからおまえが悪いし、今日だってそうだろ。

「逆に言えば、筋がいいってことなのかもね。」

ルイは再び空を見上げた。


広場まで着くと、時間はすでに一時六分だった。

俺が立ち止まると、ルイは頭を抱えた。

「やば、こりゃカンカンだよ!急ぐよ!」

「おい!ちょ」

ルイのいきなり猛ダッシュ。俺より全然速い。

「まてよ!」

街の外に出てもいないのに走ることになるなんて思わなかった。ん?

ルイがピタッと止まった。

「どうしたんだ?」

ルイの真顔をみると何かを目で追っているらしい。

目線の先には黒い服を着たおじさんが歩いていた。

「お、おう?」

俺の顔を二度見するとルイはあっちに指を刺した。

「そっちじゃない、あの子だよ!」

「え?」

その指の先には白い服の少女がキョロキョロしながら歩いていた。

そして俺と目が合うと、その少女はこっちに走ってきた。

「こっちにきたよ!」

この世界に来てから見た顔の中でこんなに新鮮な表情は初めてだ。そういえばルイは俺よりも一歳下だったな。若いな。

ルイは髪を触り、エプロンの汚れを手で払って発声練習をしだした。

「あ、あ、あー」

「何張り切ってんだ。」

「いいかい、僕が話すからシユウはあんまりしゃべんないでよ。」

ここまで正直になるものなんだな。さっきとは大違いだ。異世界にもこころがあるんだな。

少女はこっちにくると俺の顔を見た後に、ルイを見て、また俺の顔を見た。そして首を傾げた。

「お嬢さん、どうかしましたか?」

さっきよりも低い声の男が隣にいる。

「ええっと…」

城の二階の窓でもみて、俺は黙っていよう。なにせあいつがそれを望んだのだから。

「道が分からなくなったのでしたら、僕が教えますよ。」

「いえ、そういうわけでは…」

あの騎士がいるな。ほうきとちりとりもって入ってきた。

「では、人探しですか?」

「ある意味そうですね…」

あれ、白い服のおっさんも入ってきた。なんか話してるな。

「その方の特徴はなんでしょうか?」

「えっと、あなたと同じくらいの身長の男の人で…」

おっさんが頭抱えてるな。ざまあみろだ。

「他には?」

「腰に剣をつけていて…うるさい人ですかね。」

俺がその女の方をみると、目が合った。それで横を見たら、また目が合った。

なんでお前と目が合う。

「一応確認しますが、名前は?」

「シユウという名前です。」

ルイとミアは満面の笑みだった。俺はおそらく真顔。

「てか、こんなところでなにしてるんだよ。」

「逃げてきました。」

それはわかってる。でも俺をなぜ探す。

「はぁ…先行ってるよ…」

ルイは時計を見た後、下を向いたままゆっくり歩いていった。

「なぜ逃げたんだ?」

「暇すぎたからです。」

ため息をつく。

本当にこの女は厄介事を招いてくれる。こんなとこみられたら俺が連れ出したみたいじゃないか。

「はやく帰れ。」

「嫌です。」

どうして神様はこの子をロアマトの子に選んだんだ。馬鹿かよ。

空を見上げるシユウとずっと笑顔なミア。

「俺は仕事があるから、お前に付き合っちゃいられないんだ。じゃあな。」

それに腹減った。

シユウはにっこにこなミアに背を向けて歩き出した。

「誰かに引っ張られて城に出たと思ったら、仕事なんてしてたんですか。」

無視します。

「何の仕事してるんですか?」

無視します。てか、ついてくんな。

「そのエプロン、鍛冶師ですね。」

む、無視します。何で知ってんだよ。

シユウの腹の虫が鳴る。そして赤面した。

その顔を見て、ミアは軽く笑う。

「ついていっていいですかー?」

ため息をつくシユウ。

「お前の分はないぞ。」

「いいですよ、食べてきましたからー。」

ある意味、一番純粋な笑みのミア。

そんな顔をつづけたまま、前をにらんでゆっくりと大股で歩いて仕事場に戻るシユウの後ろを、ミアはついて行った。

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