第21話 宴会
「ワンワン!」
ゴローが先ほどまで見えていた橙色の点が松明の炎だとわかったことを吠えて示す。
すっかり平原も真っ暗になってしまった。それでもまだ休めないという現実にくたびれている。さすがのハイトもずっと黙ったままだというのだから俺がそうなっていても何ら不思議ではないだろう。
「ワン!」
こんな様子だからゴローの元気な鳴き声はよく平原に響き渡っている。それによって目立っているはずなのに野生動物に襲われないのは幸運なのか。
あくびしているシユウを遠くから眺めるトラのような動物は涎をこぼすこともなく上を向いた。
「もうすこしだよ、シーウ。今日は疲れたね-..」
俺と同じくあくびをしたため、その語尾が薄っすらと消えていく。消えた棒の字は白い息になって平原に現れる。
確かにヘトヘトではあるがこの静けさはどこか懐かしく、遠くにある明かりを見ていると寂しさを感じる。
あれは俺の故郷では無いのに思い出が透き通ってくるのが皮肉らしい。
そこからだいぶ歩いて、ようやっと門に掛けられている松明のチリジリとする音とその熱が伝わってきた。
エレの集落は夜でも割と賑やからしい。みんな焚火を囲んで踊り、肉にかぶりついて酒をゴクゴクと飲んでいる。
「行こうかー。」
「ワン!」
ハイトはそこに向かって走りながら箱を召喚し始めた。その青い光に気づいた村人らが元気よくハイトに手を振り、声をかける。
「今日は鹿か?」
「いや、あれは熊じゃないか?」
「ってデカいな!」
召喚された檻の中には10個くらいの檻があり、その中に狩った獲物が捕まっていた。エレの集落では毎日こんな風に宴会が行われているのか。
ハイトの肩に髭の濃いじいさんの腕が掛っているのを見ていると、袖が引っ張られる。ゴローが俺を宴会に誘っているみたいだ。
「いいよ、俺は。」
「ワンワン!」
「いいよ、オレっは!」
「ワン!」
「いいって言ってるだろ!」
何度も袖を引っ張り返した。諦めたゴローは暗闇に消えたみたいだ。
「うわっ!」
股から入ってきたゴローが俺を背中に乗せる。全然諦めていなかった。
「ワン!」
涎を垂らしながらゴロー毛がふさふさだと顔でわかるぐらいのダッシュで焚火へ向かっていった。
宴会はさっきよりも盛り上がってきたみたいだ。オバサンらによって、ハイトの持ってきた獲物が次々と捌かれ、手際よく調理されていく。その様子にオジサンらが声を上げて歌う。
そしてグビグビと酒を飲み干し、空になったコップをムスメ突き出し、また酒を飲む。
一方ゴローは上にいる俺にもお構いなしに肉をガツガツと食っていた。
「ゴロー良く食うなー。ほれー。」
「わん!」
気分の良くなったオジサンがゴローに肉を咥えさせる。今の様子からしてもゴローの手柄は大きいということだろう。
「なにやってるんですか?」
俺がゴローを撫でていると後ろから聞き覚えのある声がした。振り向くと呆れた顔したミアが空になった酒の瓶を持って立っていた。
「なにしてるんだ?」
「私が聞いたんですよ。」
ゴローの邪魔にならないようにゆっくりと降り、ミアに摩訶不思議であった今日の出来事を説明しようと胸を張ると袖を引っ張られた。
「それよりも手伝ってください。」
「は?」
そのまま断る前に働かせられた。
酒、料理、骨、空瓶を運ぶ。
主に働かせられるのは若い少年と女性みたいだ。ハイトが座って飯を食っているから狩人なら年齢も関係ないのか。
俺がハイトを睨んでいたら目が合った。
「シーウ!こっちきなよー!」
手を振りながら大きな声をかけてくれる。それを待っていたんだ。
爽やかな笑顔をしてハイトのもとに前足を出そうとするが、なぜか一歩が踏めない。
「サボらせないですよ。」
肩をえぐって豪遊させないミア、今までで見たことないくらい憎悪を感じるが、本当にロアマトの子孫なのか。
いい加減、飯を喰らいたい。料理よりもその願望を強くハイトに送る。
視線が合うとハイトの振っている手が止まり、首を傾げた。
「後ろの子も来なよー!」
片足上げている俺の目の前をご馳走片手に駆け足していくミアがいる。おかしいと少し思ったが、まぁいいか。
同じようにハイトの席に行っているが、なんかハイトの周り女ばっかじゃね?
ミアが引いて席の前を突っ立ったままだ。
そんなの気にせず、敷かれている布の上に座る場所を探しているとハイトが女を退かせて座らせてくれた。
「シーウ、お疲れ様ー」
「お、おう」
ハイトの右隣にいる女が俺の目の前にあるコップに酒を注いでいる。だいぶ気分がよさそうだ。
「そういえば久々の酒だな。」
「そうなのかー?うちの酒は美味しいし、たくさん飲んでよー」
美味しそうな肉もたくさんある。これを待っていたんだよ。
「じゃあ遠慮なく…ぐばっ!」
コップに手をつけようとすると、いきなりだれかに吹っ飛ばされた。
「わ、わたしのこと忘れてません?」
俺の酒を綺麗な空のコップと取り換えて布の上に置いて座るミア。俺がいたところに座ったから俺が戻るとかなり狭い。
ミアに憎悪を少し飛ばす。ミアは呆れた様子で渋々そのコップに酒を注ぎ、俺に渡してきた。
さっきは飲ませてくれなかったのに結局飲んでいいのか、さっきのはなんだったのかと思いながら酒を飲む。
「その子はシーウの?」
「ぶrrrrrう!?」
驚きのあまりハイトの左隣にいる女に口の中の酒をぶちかます。
「そんなわけないだろ、こいつのせいで何度死にかけたことか!」
ミアが左隣の女に使っていないハンカチを渡すが女は無視してどっかに行ってしまった。
「山賊にさらわれ、変な魔法戦士に殺されかけ…」
「大変そうだねー」
爽やかな笑顔のままで同情するな。
「さらわれたのは私のせいにしてもいいですけど、魔法戦士はシユウがついてきた!」
言い訳をするミアを横目に俺は酒を飲む。
「攫われるなんて危険だったね、彼女かわいいからー。」
またしても酒を吹き出しそうになるが堪える。
右で怖い顔してる女にもお構いなしにハイトがミアに近づいて酒を注ぐ。
「君も飲みなよー」
「わ、わたしはいいです…」
ハイトに対して上体を反らしながら答えるミア。
「聞いたことない?エレは酒が美味しいってー?」
さらにミアに近づくハイト。
ミアは助けてほしそうに俺に視線を飛ばす。だが関係ない。あんだけ働いたんだから酒を飲む権利が俺にはある。
俺は満を持して皿の上にあるデカい肉にかぶりつきながら嫌そうなミアに笑顔を返す。
「やっぱり狩りの後のお肉は美味しいですねー」
ハイトのいたところに座りなおし、ミアを睨む綺麗な女性に話しかける。
「この肉は僕が獲ったんですよー?」
皿に乗っている一番デカい肉を掴かもうとしたら手が当たる。その手を辿どるとハイトと目が合った。
「シーウは見てただけでしょ?」
冷酷な視線とその一撃は俺を突き立てた。
「そいつ、ロアマトの子だぞ。」
顔を固めたハイトは手を引っ込め、俺は肉を持ってハイトと席を入れ替え、ミアの隣に座りなおした。座ったとたんにミアが俺の手に持った肉を横取って笑顔で頬張った。
「俺の肉…まぁいいか。」
肉以外の他の料理に手をつけ、青ざめているハイトを見ながら食べる。
聖騎士見たときにあれだけ驚いてたから効いているんだな。
隣の美女もどっかにいったから仕方なくハイトのコップに酒を注いでやる。
しばらくしてハイトは口をつけて、俺とテンション低めにして話した。
ハイトと飲んでいたら騒いでいたジジイらも寝たり帰ったりで周りはだいぶ静かになってきた。でもまだまだ飲み足りない。
「で、逃げていたら今度は上から降ってきたんだよな。」
「そうだね、あれには驚いたよー」
「ほんとですか?ありえないです。」
10本目くらいの肉を食べながら疑ってくるロアマトの子。
「それでもなんとか逃げて逃げたけど、結局追い込まれて死を覚悟したんだ。」
「どうやって助かったんですか?」
11本目に手をつける。
「聖騎士様が偶然助けてくれたんだよー。」
「違うだろ、俺が倒したんだろ。」
「寝言は寝てから言いなよー。」
「あー、じゃあもっと飲むしかねえ!」
馬鹿みたいに飲んだのはいつぶりか。今まで飲んだ酒の中で一番美味いのは確かだ。
「あ…」
「どうした?」
ハイトが突然興ざめする。
なぜかミアが俯いていた。
「気持ち悪いのかぁ?」
そう聞くと無視してどっかに行ってしまった。
「なにか悪いこと言ったか?」
「そういえば、ロアマトの子だったの忘れてた。」
頭を抱えるハイト。
「関係あるのか?」
「あー…」
ハイトの長い話を簡単に省略するとロアマトの子と聖騎士は仲が悪いらしい。厳密にはロアマト教そのものとか。
「そろそろお開きにしようかー。」
周りもほとんど帰ってしまい、片付けが終わりかけている。寒くなってきたのもあるからちょうど良いころ合いか。
「そうだな。」
フラフラしながら立つと笑いながらハイトがスッと立った。
「明日帰るのかい?」
「帰るって言うのもおかしいけどな。」
ジジイやルイのとこに一旦戻るって感じだから帰る場所って言うのかは微妙だ。
後ろから聞こえる笑い声に少しイラつきながらテントに戻る。
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