第7話 平原

目を大きく開いて起き上がる。

紅茶を飲みながら平気な顔で私を見ているソフィが目にうつった。

「寝坊ね、結構寝るのね。」

布団を投げ上げる。窓からは放牧する人たちが見える。

「シユウは?」

「どうしたの?もう帰ったわ。」

少し怒ってる。

「ほんとに?」

「なに?帰ってほしくなかったの?」

ソフィは驚いた顔してカップを机に置いた。

「べ、べつにそういうわけじゃないです。」

「ふーん?」

帰ってくれたなら安心。これ以上シユウを巻き込むわけにはいかない。ほんとうに。

ゆっくりと椅子から腰を上げて部屋の扉のドアノブに手をかけるソフィ。

「朝ごはん持ってくるからゆっくりしていて。」

「は、はい」

部屋の外に出て行ったとおもったら顔だけ出して扉を開けてこっちをじっくり見てくる。

「どうしたんですか?」

まだじっくり見てくる。なんだろう。忘れ物?

…改めてソフィをみると大人っぽい。私もあんな風になれるのかな。顔もすごく綺麗だよね…あれ?なんでにやにやしてるんだろう。

「…?」

「寝ぐせ、ひどいわよ」

わざと扉を強く締め、その音は宿中に響き渡った。


青い空の下、前にある城が昨日より近くて大きく見える。

西から東に流れる風が遠くにある風車の羽までも回す。

「忘れ物はない?」

「もともと物なんてもってないです。」

「そういえばそうだっけ。」

ほとんどの物はイリイに置いたまんまで、今持っているのはソフィからもらったタガーとおばあさまからいただいたロアマトの宝珠だけ。

集落の門の前、石レンガの道の上を馬車が二人の横を通り過ぎて行った。

「じゃあ、いこっか。」

「はい」

大きな集落なのに木の門と柵だけで囲まれているだけで大丈夫なのかな。

そう思いながら木でできた集落の門の下をくぐって平原に出る。

ソフィは城のほうを向いて歩き始め、その後ろを集落の門をじっと見つめたあとにミアが歩いていった。


石の道の上を騎士、戦士、狩人などのいろんな人や馬車が通っていた。すごくまばらではあるけど思ったよりも多い。

そのせいかもしれないけど、昨日よりもすごく安全に思える。そんなに怖くない。

それに歩けば歩くほどいろんな景色が見れるのはやっぱりたのしい。

「休憩する?結構歩いたけど。」

「大丈夫です。歩くのも慣れてきましたから。」

「そう?」

ソフィはとてもやさしい、私のせいで負担が増えているはずなのに微笑んでくれる。だから少し足がつらいけどまだがんばる。

「やっぱきついんじゃない?」

「そ、そんなことないですよ」

「我慢することないわ。そこに木があるからその下で休みましょう。」

「大丈夫ですから!」

歩いてソフィを通り越す。

「はやくしないと、おいてっちゃいますよ!」

「まったく。」

腰に下げてある剣の剣首に手をのせたまま走って追いかけるソフィ。

すぐに追いつかれた。

「旅をしたら足も速くなるのでしょうか?」

「…少しだけかな、あんまり走ることないし。」

足が速くて戦うことができるソフィがうらやましい。

私もそんなんだったら自由に外の世界を歩けるのかな。そんなわけないよね。

「でもレイログを出たときはたくさん走ったわね。」

「レイログってレイロンド大陸の帝都ですよね!雪が降っててすっごく寒いんですよね!」

「そこまで寒くはないわよ、それにそんな興奮するほどの場所じゃないわ。」

実際に歩いて目で確かめるのと本で読むのとは全然違うのかな。

「あんなところ、雪がたくさんあるだけだわ。それに比べたらヲーリア王都のほうが断然いいわ。」

「ヲーリアに行ったことあったんですか!ヲーリアってどんなところなんですか?」

「結構前に行ったから今とは違うかもだけど、にぎやかで楽しいそうなところよ。」

それはラピッドの放浪記にも書いてあった。もっと詳しく教えてほしいのに。

「もっと教えてくださいよ!」

興奮するミアを静かな顔で見守るソフィ。

「今から行くのだから自分の目で見て確かめたほうがいいわ。」

ちょっといじわる。私は情報を頭に入れてから街に入りたいのに。

少し冷えると思って右をみると大きな川が流れていて、城も近くに見えてきた。

街のことも気になるけど、今は周りの景色を楽しもう。


川沿いに歩いていくと羊の群れが水飲んでたり、遠くでは牛をティグが狩ってたりしてる。

風車も増えて見えてきた。

あっちには廃村みたいのもある。

「なんですかあれ?」

「え?」

指さした方向をソフィがじっくり見る。

「あれは村のようね、今は誰もいなさそうだけど。」

「なんで廃れたのでしょうか?」

「山賊か野生動物、あるいは病気とかかしら。気になるの?」

「いえ、べつに…」

綺麗な景色だけじゃない、大きな国もあれば廃れてしまった町だってある。

動物が別の動物を襲うように人が別の人を襲うことだってある。

シユウはそんな風に見えてたのかな…え?

下を向いて歩いていたらソフィにぶつかった。しかもソフィは剣に手をかけていた。

「私のそばを離れないで。」

「え?」

前をみると死体があった。

首から腰にかけて深く斬られたものと頭から割られたうえに全身を切り刻まれた男二人の死体、近くに弓と剣が二つ落ちていた。

「…」

川の堀のほうから斧を持った男が出てきた。

その男は不敵な笑みを浮かべる。

あの人が…。

「正面から来るなんて立派ね。」

腰を落とすソフィ。

「女二人に対して不意打ちなんて真似はできないさ。」

慣れた手つきで斧を指で回す。

鋭い目で男をにらんでいるソフィ。

「っふ、剣は抜かないのか?」

「私が剣を抜くときはあなたが死んでいるときよ。」

「そりゃあ面白い冗談だ。」

男は両手のひらを上に向けると真顔になった。

こわい…。

「大丈夫よ。」

すごい速さで男はこっちに向かって走ってきた。そして斧をこっちめがけて投げた。

ソフィは剣を抜きそれをはじく。

すると男は消えた。

「え?」

周りを見回す。

また動けない。

男は私の右目の前にいた。すでに斧を振り上げていた。

今もなにも思わない。

目をつぶった。

「ぐ…。」

「大丈夫?」

目を開けるとその男が倒れていた。首がちぎれそうになっている。

「は、はい」

剣を振ると姿勢を上げるソフィ。

「斧を二つ持っていたとはね、変わった奴。」

ソフィの顔をみる。わからない。

ソフィは向こうを向いていた。

木の陰から出て向こうに走っていく男がいる。

「なんだあの女!」

その男も斧を持っていた。

「やっぱもう一人いたのね。」

ソフィは死んだ男が持っていた斧を持つとそれを走ってる男めがけて投げつけた。

そしてそれは命中し、斧はその頭に突き刺さった。

一瞬にやけてた。

「怪我は無いようね。」

「え、ええ」

「じゃあ行きましょうか。」

ソフィはすごく強い、たぶん並みの剣士よりも格上なんじゃないかとおもう。でも私はそれが嫌い。

膝を地面につけ手をにぎり目をつぶるミア。

「…」

「なにしているの?」

「祈っているのです。」

「健気ね。」

私には…祈ることしかできない…。

ポーチの中に手を入れるソフィ、その手には水のようなものが入った瓶があった。

その液体を野盗に殺された死体に振りかけた。

「それはなんですか?」

「防腐液よ、獣に荒らされにくくするの。」

「そうなんですか。」

ソフィが防腐液の入った瓶をしまおうとするとミアはその手をつかんだ。

「貸してください。」

その顔をみるとため息をついてソフィはそれを渡した。

ミアはそれを近くにある野盗の死体にも振りかけ、あっちを向いた。

「やめときなさい。」

そこにはそれを食べるティグがいた。

ソフィに防腐液の入った瓶を渡そうとすると少し怒ってるような顔をしていた。

「それはあなたが持っていたほうがいいわ。」

そう言うとソフィは歩き出した。

わたしはたまにソフィが怖い、ロウエルに似てるところがあるから。

でもロウエルのような感じとはまた違う。なにかが違う。


それからヲーリアに向かう道の間襲われることはなかった。

途中ヲーリアの騎士と出会いさきほどのことを話した、すると騎士は歩いてそこに向かっていった。

そして町に着くまでソフィと話すことはなかった。

なぜならソフィは私と違って後ろを振り向かなかったから。


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