第6話 星

「やってられないわ!」

カウンターに空になったジョッキを叩きつける。

それぞれ座っているとんがり帽子をかぶった男、太ったおっさん、鎧を着た青年ふたりが

女の方を見る。

「いったいどうしたんだい?」

メガネをかけたおばさんがそのジョッキにビールを入れる。

「助けたやつがクソ野郎だったのよ」

冷えたビールを一気に飲む。

「いい飲みっぷりだねえ。」

「ほんとにそうですね。」

とんがり帽子をかぶった男が寄ってきた。

「となり座っていいですか」

「お断りするわ。」

男の顔も見ずに女は答える。

「ビール一杯。」

男は一席挟んで座ると女はより顔を怖がらせた。

「あなた騎士?」

そう言うとおばさんは座った男をみながら女の方へ皿に乗った焼き鳥を出す。

「旅人よ。」

串に手をつけ、それを一気に口の中に入れる。

「女性の旅人は珍しいですよね」

「そうねえ」

男の方をちらりと一瞬にらむ。手にはその方向に向いている串が一瞬あった。

「旅の目的はなんですか?」

こちらのほうに体を向ける男。

「ビールちょうだい。」

「あいよ。」

にやにやとしたままこちらを見つめ続ける男

「アーミングソード…珍しいですね。」

残り二本の焼き鳥をたいらげる。

「さっきからうっさいわよ。」

今度はにらみつづける。

「それはすいませんね。」

ジョッキに握り、一気に飲もうと口をつけるが女は目を開いてすぐ立ち上がった。

「水!?」

慣れた手つきでカウンターにたまった食器をシンクへ運ぶおばさんを少しの間じっと見る。

「ここは私がおごりますよ。」

またにやけている男はこちらをみていた。

「お言葉に甘えるわ。」

女はジョッキに入った水を一気に飲み、剣を握ると二階のほうへ行った。

「あれはたしかに騎士じゃないわね。」

おばさんはそのジョッキを手に持つ。

「いや、あれは騎士ですよ。生粋のね。」

男は紙幣いくつか手渡した。


「起きてください。」

「?」

シユウが目を開けると右にミアが立っていた。

「もう少しだけ…」

「だめです。そろそろ時間です。」

ミアはその布団をはがし上げる。

窓の外には月がうつっている。

「寒いんだが。」

身体を縮めたままミアのほうを凝視する。

「今度は枕を取りましょうか。」

「わかった、わかったよ!」

窓の外には月に照らされる明るい城が遠くにうつっていた。

「あの城に住めればずっと寝ていられるんだろうな。」

「なにを馬鹿げたこと言ってるの?」

ソフィが部屋の中に入ってきていた。

「顔赤いですよ。風邪ひきましたか?」

「酒だろ。」

女は手をにぎり城のほうをみるシユウのほうをにらむが、ため息をついて椅子に座る。

「疲れは取れたようね。それでこれからのことだけど、明日の朝に私はヲーリアに向かうわ。

それでミアについては、イリイに戻るよりもヲーリアで預かってもらった方が安全だとおもうの…」

「わ、わたしはここに残ります…」

「え?どうして?」

下を向くミア。

「残るって言ってるならそれでいいだろ。」

あっちを向いているシユウ。

「よくないわ、彼女がまた攫われる可能性だってあるわ。」

こっちを向き、ソフィを鋭い目でみるシユウ。

「それで攫われたのなら自業自得だろ。」

外にある風車が回転する。

「自業自得って、あなたはこの子がどうなってもいいっていうの?」

椅子から腰を上げるソフィ。

「こいつがそれでいいって言ってんだよ」

互いに視線をぶつける。

「私が聞いているのはあなたの意見よ!」

大きな声が部屋を響かせる。

「俺は巻き込まれた側だ、知ったこっちゃねえんだよ!」

視線を逸らすと一瞬目を見開いて部屋の外に出て行ったシユウ。

「あきれたわ。」

またため息をつき、椅子に座って足を組むソフィ。

「で、でもシユウの言うことも正しいです…私は彼を巻き込んでしまいました…」

下を向いたままのミア。その頬からは水滴が流れていた。

「謝ることないわ…」

ソフィは緩まった顔して椅子から立つとミアのほうに歩いて行った。

「でも私がしっかりしていれば、危険な目にあうことなんてなかったんです。」

ベッドにソフィを座らせてその隣に座るソフィ。

「あなたが悪いわけじゃないわ、悪いのは山賊どもよ。」

ポーチから出したハンカチでミアの涙をふく。

「ソフィはやさしいですね。」

「そんなことないわ。」

涙を止めた顔を上げ、作り笑いをみせる。

「やさしいのはあなたのほうよ。」

少しハンカチをもった手を止めた後、それをポーチにしまう。

「あ、あの…」

「なに?」

唇を噛んで下を向いたあとソフィの顔をみる。

「わ、わたしもヲーリアに着いて行ってもいい…ですか…」

ベッドから立ってにっこりした顔でミアの頭に手を置く。

「いいに決まっているでしょ。」

目を強く閉じて袖で目をこするとミアも立つ。

「私、シユウを探しに行ってきます。」

走って部屋の外に出ていこうとする。

「ちょっと、一人じゃ危ないわよ!」

その腕を握って止める。

「大丈夫ですよ、危なくなったらソフィが駆けつけてくれますから。」

その笑みをたしかめるとその腕を離した。

少し走った後、扉の前で止まるミア。

「どうして私を助けてくれるんですか?」

振り向かずに問いかける。

「そう決めたからよ。」

窓にうつる月をまっすぐと見つめる。

ドアが閉まった。


にぎやかな酒場を歯をかみしめながら上から眺めて歩いて通り過ぎる。

ベランダの扉を開けると夜風が頭を冷やした。そのまま歩きその手すりに肘を置く。

平原のあとに明かりが灯っている家々が目に入る。

「俺はやっぱりここにいるんだよな…」

手のひらを改めてみつめるとため息をつく。

後ろを見れば酒を楽しそうに飲む人たちの声がよく聞こえる。

「どうして金無くなってんだよ…」

風がまた吹いた。彼は遠い平原を見る。

「あのときかばって死んでいれば、俺は帰れたのか…」

風が吹く。しかしそれは後ろからだった。

「何してるんですか?」

振り返るとミアがこっちに向かって歩いてきた。そして左隣に着いてはベランダの手すりに手を置いた。

「綺麗な夜空ですね」

空を眺める。遮るものはなにもなく、光の点がたくさんあるだけ。

あれが光の点の集合にしか見えない。

ミアの顔をみるとその顔は思っていたのとは違い、思い込んでいた少女の顔ではない。むしろそれは違いのないものであった。

「さっきは悪かったよ…」

みたくもない顔をみせないように顔を上に向ける。

「いえ、悪いのは私ですよ。」

白い色ばかり出して、たまに青い光を放つ点があった。でも今の色は緑。

そのすぐ左に点はなく、その近くに赤い色の大きい点がある。

「俺はこの世界が嫌いだ。」

「なんでですか?やっぱり襲われたからですか?」

「それはそうだけど…」

たしかに襲われなければこんなに嫌になることはなかった。みることはなかった。

本当に思い通りにはならない。でもそれはミアも同じはずだ。

「逆にお前は嫌じゃないのか?こんなことになって」

隣にいる少女の顔を見ると目が合った。ずっと俺の顔を不満げにみつめていたようだ。

少女は目をそらすと街の方を向いた。

「たしかに嫌だと思うことはありますが、嫌いではないです」

「なんで?」

街の光はオレンジ色。近くにあるはずなのにそこまで目が痛くならない。

「私は使命のために旅をしていますけど、それでも山や海、いろんな町の景色、この星空だってこんな綺麗じゃないですか。それだけあれば嫌いにはならないんです。」

空を見上げるミアを見て、あらためて上を見上げる。

「ね、綺麗でしょ?」

ひとつの点が目に入る。それはさっきみた白くて青く、今も緑の点だ。しかしそれはさっきみていたものと少し違って、今はそこまでまぶしくは感じなかった。

「…そうかもな」

上ばかり向いて首が痛いから街の明かりがいつの間にか消えていたことに気づいた。

「そういえば、これからどうするんだ?」

ミアはこっちを向くとうれしそうな表情だった。

「ソフィとともにヲーリアに行きます。」

「そうかい。」

伸びをして静かになった廊下の方へ行く。

「あなたはどうするんですか?」

「俺は帰るよ、イリイに。」

それを聞くとミアも静かになった廊下のほうに戻っていった。

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