第5話 方向

腰に古い剣をぶら下げて森の中を歩く旅人が一人。

立ち止まると右を向いては左を向き、左に進むが右に戻る。手は頬に置かれ、目は下を向いている。

どうやら迷子のようだ。

「あれ?ヲーリアって北だったよね、北って右…だったはず…!?」

何かひらめいた様子でポーチの中をまさぐると微笑みながら平らで丸い形をした金属でできたものを取り出す。

「え!なんで!」

その針はぐるぐる反時計回りに回っている。

「まったくどうすればいいのよ…」

頬に手は置かれた。

「悩んでいても仕方ないわ、動くしかないじゃない」

足を左に向け、歩き出した。

朝日の光が方向音痴の目を閉じさせる。

「まぶしっ、もう朝になってしまったの…あ!?」

左足のかかとだけが地面についていた。

「あぶなかった、崖だったのね!?」

左足を下げて顔を見上げる途中、山賊に襲われている少女が目に入った。

足を前に出し、崖から飛び降りると、振り下ろされた曲剣と少女の隙間に入るように剣を抜いた。


どや顔をするソフィに苦笑いするシユウとミア。

「コンパスが回転するって…」

「そんなことあるんですか」

眉を寄せて二人をにらむソフィ。

「私だってそんなこと予想もしなかったわよ。」

ポーチの中から鉄の円盤を取り出すとその針は止まっていたが、瞬時に時計回りに回りだした。

「なんでよ…」

肩を落とす一人の女性。

頭を横に振ると真顔に戻して前を見る。

「とにかく森を出るわよ。」

「そうですね。」

「ああ。」

「でもどうやって出ようかしら…」

少年と少女は馬車の進んでいったほうを見る。

「わ、わかっていたわよ!」

顔を赤らめているソフィは早歩きで二人の前を通り過ぎて行った。

「これは重症だ。」

「そうですね。」

クスッと笑うシユウとミア。

「はやくしないと置いてくわよ!」

こっちを向かず歩くソフィ。小走りするシユウとミア。


茶色が目立つ緩やかな道を歩いていく。

「この道って何なのでしょうか。というかここはどこなのでしょう?」

「昔はヲーリアに行くのにこの道を使っていたのだと思うわ。ミルの兵士が言っていたし。」

「今はどうやってヲーリアに行くんだ?」

「トンネルを通っていくそうよ。」

首をかしげる二人。

ステイト大陸の南東にクリスの港町、中央南にミル、南東にイリィ、北に王都ヲーリアがある。ヲーリアの南側は山に囲まれており、ミルの近くにあるトンネルを通ってヲーリアに行くことができる。

「なんであの人たちはこんなところに馬車をもってきていたのでしょうか。」

「そっちか、たしかに変だな」

「あなたたちも知っているでしょ?ナルティコっていう薬、馬車から落ちた箱の中にたくさん入っていたわ。」

「マークス教都でも禁止されている薬です。」

「ってことは…」

「おそらく密輸しようとしていたのよ、少なくともそのような理由で使われるような道だとおもうわ。」

「でもなんで私たちがそんなところに?」

「ミアを攫おうとしたってことだろ、密輸したいのはナルティコだけじゃないってことだ。」

「ロアマトの子を攫うねぇ…。」

足を止めるソフィ。

「あ、そういえばこれを渡すのを忘れていたわ。」

ソフィは右手に持っているロングソードをシユウに投げ、どこからか取り出したタガーをミアに手渡しした。

「ここらへんにも山賊や狼とかがいるかもしれないからね。」

歩き出すソフィ。武器をじっくりと見てそれを握り締める。

そしてまたソフィの後ろ姿を追う。

「まてよ!渡されたってどうやって使うかわかんないぞ!」

「刃を出して構えていればいいわ、それで十分よ。」

ソフィは振り返らない。

「そんなこと言われたって…」

立ち止まるシユウの前をミアが通っていく。その腰にはタガーが装着されていた。

シユウもロングソードを腰につけ、急いで歩く。


森をしばらく下っていくとソフィは足を止めた。そこには分かれ道があった。

「下り坂と上り坂か」

「どっちに行きましょうか」

右には上り坂、左には下り坂。太陽は前の方向。

「えーと、あなたたちはイリィに戻りたいのよね?」

ソフィはコンパスを少し見ると右に足を動かした。

「そっちじゃないですよ?」

ソフィは足を止めた。

「わ、わかっていたわよ。」

「そのコンパス捨てたらどうだ?」

顔を赤らめながらも大事そうにポーチにそれを戻す。

ミアは少し道を下って遠くを見渡すと目を見開いてこっちに振り向き、元気にこっちへ手を招いた。

「こっちにきてくださーい!」

けして動かない二人。

「はーやーくー!」

しかたなく駆け足しをする二人。

下り坂の先には一面のあふれる緑、そこにきらきらと光り輝く線、その先にぽつんとある灰色のホール、中には青い面と少しはみ出る白くて太い棒がたくさんあるのが目に映る。

「あれがヲーリアのようね。」

「小さいな…」

「すごい…」

武器をもち、汗をかきながら森を歩いたさきにあった景色。

「たしかトンネルからヲーリアへの道の間に町があるって聞いたわ、そこに行かない?そこを上っていくよりも安全だと思うわ。」

「そうだな、はやく休みたい。」

「私もそれがいいと思います。」

ときどき遠くにある都をみながら一直線の坂を下る。


日が真上に向くころ、ゆったりとした横風が目の前を通り過ぎて行った。

「疲れた。」

「そうですね。」

「まぁ慣れてないから仕方ないわ。」

目の前に広がる平原はさっきまで見ていたものとは違い、まさしく平行であった。

その風もまっすぐにゆっくりと流れていく。とても静かだ。

だからこそ、その低い音はよく聞こえる。

「そういえばもう昼よね。」

「まだ何も食べてないな…」

「そそそ、そうですね!」

右の方を向くと、遠くに羽がゆっくり回っている塔がある。その下には集落があるようだ。

「あ、あれがさっき言っていた町ですか?」

「そのようね。」

「ようやく休めそうだ。」

「もう少しの辛抱よ。」

微笑んでいるソフィ、赤面しているミアと仏頂面をするシユウ。


広い場所と感情は時空を歪める。

それを知る旅人はつねに平常心であり、知らぬ子の心はもどかしい。

「まだかよ…」

「まだ平原歩いて少しよ。」

「全然あの風車に近付いているように見えないんだが…」

「周りに何もないからそう見えるのよ。」

「こうもなにもないところだとな…」

シユウがため息をまたつくと、ソフィは足を止めてその右手は剣の柄を握っていた。

「どうかしたのですか?」

「下ばかり向いていないで前をみなさい。」

前方中距離より少し後ろのほうで三人の周りをまわるようにゆっくり歩きながら刺すような目つきで睨んでいるトラのような野生動物がいた。

「あれはなんだよ!」

「ティグーよ…あまり大きな声を出さないで。」

ソフィはティグーに背中を見せないよう体の向きを変える。シユウとミアはソフィの後ろに隠れるようにして移動する。

「いいかげんどっかいけよ…」

シユウが手を扇いだ瞬間、ティグーは止まるとすぐにこちらへ全速力で走ってきた。

「…やるしかないわね。」

ソフィは剣を抜くとすでにティグーはすぐそこまで来ていた。

ティグーはソフィめがけてとびかかるが、ソフィは全く動じず二人を手で突き飛ばしたあとに横に避け、一撃。

ティグーが着地するころにはその首は飛んでいた。それが地につく前に剣は鞘に納められていた。

「怪我無い?」

シユウとミアはソフィを見上げるとすぐに立ち上がる。

「すいません、また守ってもらって…その、あなたこそ怪我は無いのですか?」

「大丈夫よ。二人とも怪我は無さそうね、じゃあいきましょう」

あきらかに不服な表情をするシユウを全く気にせずソフィは歩いていく。

ついて行くミア、一番後ろを歩くシユウ。


まったく変わらない前を見るよりも青い空に浮かぶ雲を眺めて歩くシユウ。

いつのまにか三人は集落についていた。





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