part2

 謳泉学園の生徒は、例外なく学生寮に入寮する。寮は大きく四つに別れ、青い生徒の男子寮と女子寮、赤い生徒の男子寮と女子寮だ。

 青い生徒と赤い生徒の寮は、学園へと続く一本の大通りに隔てられた場所に建てられており、朝の登校時間には、青と赤の交じり合った人の流れが名物のように見る事が出来る。

 特例として、風紀委員であるジュンセは赤い生徒の寮にある風紀委員専用の部屋に引っ越していた。

 寮の中で生徒が暴走した際は、迅速じんそくに対処できるように、との配慮からだ。

 特別な部屋ではあるが、内装は一般生徒の部屋と大差はない。ハッキリとした違いと言えば、二人部屋に一人で暮らしている事くらいだ。

 部屋の壁際、左右対称になるようにベッドと机が配置され、ジュンセは空いていた右側を使っている。

 左側は先任であるマドカの私物が残っていた。帰って来た時に、自分で片付けさせる為だと、スミネからの要望である。

 当初は寂しさを覚えていたジュンセだったが、そんな感情は転居してから程なくして霧散した。

 朝日が窓から差し込み、鳥のさえずりが優しく聞こえる時間帯。青いジャージを寝間着代わりにしてジュンセは眠っていた。

 その反対側、マドカが使っていたベッドで、布団がモゾモゾと動いた。

 次の瞬間、大きく布団は吹っ飛んで捲られ、中から風紀委員の腕章が出て来た。

 腕章はジュンセの枕元まで飛び、ガチガチと牙を鳴らし始める。

 騒がしい衝突音にジュンセも飛び起き、反射的にジャージを脱ぎ捨てて、制服を纏う。前日に準備を済ませていたカバンを引っさげ、部屋を飛び出した。

 勢いのまま寮を出ると、宙を飛ぶ腕章が、その身を振って学園の方角を示した。

 ジュンセはそれを頼りに、大通りを直進し、学園へと急行する。

 走って十分程で校門をくぐり、腕章に導かれるままに、ジュンセはグラウンドに到着した。

 そこでは朝練に励む運動部の生徒たちが、あちこちで躍動していた。その服装は、制服と同様に赤と青のジャージや体操服で分けられている。

 忙しなく視線を巡らせ、ジュンセは小さな人だかりを発見する。

「あそこだな」

 事件の現場だと断定し、ジュンセは懐から風紀委員ピンを取り出し、金具を外す事で起動した。

 それに反応し、腕章が急降下して、ジュンセの腕に噛みつく。

 顔をしかめながら、慣れた手つきで腕章に針を差し、腕ごと貫通させて、刺し留める。

 腕章からリバイブによる強化を受け、ジュンセは駆け出した。

 近づくと、サッカー部の面々だと分かり、赤い体操服の部員の一人が、頭を抱え呪詛じゅそを唱えるように、ブツブツと何かを言いながら蹲っていた。

「どうした?」

 ジュンセが他のサッカー部員に話を聞いた所、練習中に突然、沈み込んで動かなくなったようで、更に聞いてみると、少し前から、部活に励む事が無意味かもしれないと悩んでいたそうだ。

 すると、問題の部員からチリチリと灰のような粒子が漏れ出す。暴走の前兆だ。

「こいつは俺に任せてくれ」

 風紀委員の腕章を見せつけながら、ジュンセは部員に駆け寄り、肩を貸してその場から移動しようと促す。

 他のサッカー部部員に心配そうに見送られながら、ジュンセは暴走寸前の部員の声を聞く。

「どうせ大会にだって出ないんだ、こんな事してたって……こんな……」

 悔しそうに漏らす部員の想いに、ジュンセは同情する。

 謳泉学園には、普通の学校のように、様々な部活動が存在するのだが、それら部活は全て、公式戦やコンクールといった晴れ舞台に出る事は出来ない。

 新世代医療技術であるリバイブは、ある種ドーピングと同じ扱いであるという意見があった為に、公正な試合や審査が行えないと判断されたからだ。

 もっと具体的な理由としては、試合や審査の結果を受け、赤い制服の生徒が暴走する可能性があるからである。

 現状、暴走した生徒を死なさずに止められる風紀委員はジュンセしかいないので、遠征などに同行させる訳にもいかないのだ。

 赤い制服の生徒の中には、命を落とす前に全身全霊で夢や目標も打ち込んでいた生徒もいる。そういった生徒たちが、学園の都合でやりたい事が出来ず、不満を募らせ、理不尽に嘆き、暴走するのだ。

 今回もその例に漏れず、ジュンセは部員を運びながら、励まそうとする。

「でも、好きなんだろ?サッカー。デカい大会には出れないかもしれないけど、部活の奴らと一緒にやっていけば」

「あんな半端な連中と、何をどうしろってんだ」

 ハッキリと言い返され、ジュンセは言葉に窮する。

 ジュンセやチヒロのように、謳泉学園を志望した生徒たちは、死別した友人を優先した人間が大半であり、個人的な強い目標を持った者は少ない。だから部活も、ある意味、遊び半分で参加している生徒の方が多い傾向にある。

 本気の勝負がしたいのであろうこの部員としては、物足りない、という話だ。

「こんな、こんな場所でやっていっても、俺は、俺の人生って……」

 灰のような粒子、リバイブの漏れが激しくなる。本格的な暴走が始まったのだ。

 だが、ジュンセは取り乱さず、努めて冷静に、穏やかに対応する。

「それでも、今ここで何もかもを投げだす事は無いって。出来る事はまだあるんだ、もっとさ、頑張ってみろよ」

 言葉は届いたかどうか分からない。部員は意識を失い、呻き声を漏らしている。

 ジュンセはグラウンドを囲う高い鉄柵、その各所に設けられた扉を通ってグラウンドの外へ出る。そこは木々や草が適度に手入れされ、ベンチなども備えられた休憩スペースのような場所だ。

 グラウンドからはその場の様子がよく見えない。ここでなら気兼ねなく、風紀委員の活動を行えるのだ。

「辛いかもしれないけど、終わらせない。まだお前には、きっと出来る事があるんだ」

 エールを送るように言って、ジュンセは担いでいた部員を前方へと押し飛ばした。

 そうする事で、部員はジュンセを敵と認識し、理性の無い動きで襲いかかる。

 カバンを捨て、拳を握り、ジュンセは迫り来る部員に向かって突撃した。

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