第三章 到達

part1

 リアという少女は、きっと平凡な人間であった。

 一介の会社員の父と、専業主婦の母を持ち、ローンを組んで建てられた一軒家に暮らしていた。

 秀でた才能はなく、けれど何をするにも平均より少し高い水準の結果を出す。交友関係も、仲のいい友達や、気に食わない者が何人かいるくらい。

 楽しい時は笑い、悲しい時は泣き、辛い時は頑張る。

 そんな普通の人間として、リアの個性を上げるのであれば、人一倍に死を忌避きひしている事だろう。

 死は哀しい事であり、死ぬのは何よりも恐ろしい事である。

 リアが死を意識し始めたのは、祖父母が立て続けに亡くなった事に起因する。

 父方の祖父はリアが生まれる前に亡くなっており、リアが中学2年の頃に祖母が亡くなった。

 葬儀は厳粛げんしゅくに行われ、その雰囲気にリアは息苦しさを感じた。だがそれ以上に、棺に入る祖母を見るのが、リアに取って過酷な時間だった。

 思い出が多かった訳ではないが、優しくしてくれた気がする。そんな祖母は、まるで物になってしまったように冷たく質素だった。これが死ぬ事なのだろうと、リアは直感した。

 だがその時はまだ、死は老衰により訪れるという考え方が強かった。自分にはまだ遠い先の事だと、逃避するように決めつけていた。

 そんなリアの価値観を揺るがしたのは、母方の祖父母の死だ。

 交通事故である。運転をしていた祖父が過失により事故を起こし、母方の祖父母は同時に命を落とした。

 父方の祖母の死から3ヶ月後の事であり、両親の心労は壮絶なものだった。

 だからきっと、両親はリアの絶望に気付く事は無かった。

 人は死ぬ。

 場合によっては簡単に、人生は終わりを迎える。

 天国や地獄の存在を、リアは信じなかった。生まれ変わるという事なんてありえない。

 不安と焦燥、恐怖がリアの中に住みつく。

 いつかは必ず自分も死ぬのだと言う事実が、心臓を握り潰そうとしていた。

 なぜ自分は生きているのか?そんなありきたりで大切な自問自答をしばらく続け、答えが見つからない事に慄く。

 だからリアは縋ろうとした。他の人は死ぬのが怖くないのかと、意図が絶対に伝わらないよう遠回しな質問をした。

 リアに更なる絶望が襲う。

 友人や隣人たちは、大なり小なり目標や夢といった、やりたい事があったのだ。

 本気度に違いはあれど、打ち込む何かが在るうちは、生き死になど考える暇は無いという事だと、リアは理解し、焦った。

 自分がやりたい事とは何だろう?

 またも純朴な謎が見つかり、リアは思い悩んだ。

 受験シーズンを迎えても、この答えは出なかった。だが、代案は見つかった。

 悩んでいる内は、少なからず死を意識する事がなくなった。初めて希望を見い出すと、リアは喜びと共に寂しさを覚えた。

 自分が空虚な存在に思え、このまま悩み続ける人生でいいのかと考える。

 しかし、現実は非常であり、高校受験は着実に近づいていた。

 周囲の空気にも当てられ、リアは勉学に集中し、無難に選んだ志望校に合格した。

 そこでリアは、新しい環境が間近に迫っていると気付いた。

 自身の知らない何かが、これからの人生にはある。そんな輝かしい未来が期待を生み、リアの心に安らぎを与えた。

 これからだ。自分はきっと、これから何かを見つけられる。

 楽観かも知れない、ならば本気で頑張ろう。頑張って、自分の願いを見つけよう。

 確固たる決意が胸に宿り、新たな学び舎の制服の準備も整った。

 そうして、見えない束縛から解放されたリアは、その反動を受けたかのように体調を崩した。

 診察の結果としては、重篤じゅうとくな状態ではなく、しっかりと療養すればすぐに快復するという話だった。

 安堵し、家に帰ったリアは思った。

 今はゆっくり休もう。体調が戻ったら、すぐに入学式だ。

 おぼろげな思考で明日を望み、ベッドに向かおうとする。

 住み慣れた部屋で足を縺れさせる事など、考えた事は無かった。転んだ先に家具があるなどと、危惧する事も無い。最悪な場所に当たる確率など、宝くじといい勝負だろう。

 意識が途切れ、次に目覚めた時、リアは初めて見る天井を目にした。

 知らない女性からの説明が来る。

 半年ほど前に、自分が死亡し、蘇生した自分は、半年後に謳泉学園の生徒として入学する。

 両親は程なくして心中していたそうだ。最愛のひとり娘を亡くしたからだろう。リアの葬儀を行う事なく、後を追うように。

 友人たちの中で、新たに通う高校から、謳泉に転校しようとする者はいなかった。仲の深い後輩もいなかったので、同学年にリアの知人は存在しない。

 周りから何もかもが消え、自身の未来にも、すぐそこに越える事の出来ない壁が立ち塞がる。

 探し求めていた願いを、リアは見つける事が出来た。

                    

 

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