part9

 すっかりと日が落ちて、夕の景色に包まれる謳泉学園。その体育館から、飄々とした表情をしたカノウと、汗だくになって呼吸を乱すジュンセが出て来た。

「何とか今日中に仕上げる事が出来た。よく頑張ったな、ジュンセ」

「はあ、はぁ……いえ、ありがとう、ございました」

 稽古けいこをつけてもらった身として、ジュンセは礼を述べるが、カノウは朗らかな笑みで返す。

「この学園の為に、必要であると決断したから行った。君も風紀委員としての覚悟があるのなら、それをよく理解してくれ」

「覚悟、ですか……」

 呼吸を整えて、ジュンセは聞き返す。

「風紀委員が、責任を持たなきゃいけない仕事なのは分かります。でも、今日のは。リバイブは、何であんな事が出来るんですか?」

 疑問を投げると、更に疑問が湧き、ジュンセは続けて問うた。

「会長、リバイブって、何なんですか?」

「リバイブが何か、か……」

 噛み締めるように繰り返し、カノウは穏やかに答える。

「リバイブは、人の新しい未来だと考えている」

「新しい、未来?」

 なんとなく壮大な話しに聞こえ、ジュンセは困惑する。そんなジュンセを更に困らせるような質問を、カノウはぶつけた。

「ジュンセ。もしも死という概念が無くなったら、どんな世界になると思う?」

「死が、無くなったら……」

 難しい問題だと思いながら、ジュンセは疲れた頭で考える。

「悪くは、ないような気がします」

「何故だい?」

「人が死ななくなれば、何度だって、チャンスがあるような気がして」

 漠然ばくぜんとした答えと思いつつ、ジュンセは自身の意見を伝える。カノウはそれを真剣に受け止めた。

「なるほど。確かに生きていれば、人はやり直す事が、挑戦する事が出来る。死ななくなれば、それは無限に繰り返す事が出来るかもしれない」

 そこまで考えていないと思いつつ、おおむね自分の答えが伝わったと、ジュンセはくすぐったそうに笑った。

「けれどジュンセ、もし人が死を克服し、やり直しや挑戦の際限が無くなれば、それらの価値はどうなるだろうか?」

「価値、ですか?」

「ああ。何度でもやり直せる、ならば、今失敗しても問題はない。いつでも挑戦できる、ならば、今は何もしなくてもいい。そう考える人間が現れても、不思議ではない」

「それは……確かに」

 興味深い顔で納得するジュンセに、カノウは更に続ける。

「個人で何もしない分にはいいだろう。だが、そういった余裕、慢心まんしんから、他人を妨げる者も現れるかもしれない。失うモノが無い、というより、取り戻す事が出来ると分かり切っていれば、人は本当に、良い意味でも悪い意味でも、何でも出来る存在になる」

 教示するようにカノウが語り、ジュンセはその意図をなんとなく理解した。

「会長の考える死の無い世界は、無法地帯って事ですか?」

いささか極端に聞こえるが、何でも出来る世界は、何をしていい世界かもしれない。そして私は、それを良い世界だとは思えない」

 カノウの意見に、ジュンセも首肯し、その真意を確かめる。

「会長に取っては、死ぬ事が、生きる事に価値を持たせてるって事なんですか?」

 問い掛けを受けると、カノウは共感を得た喜びを覚えた。

「そうであり、私は死を規律とも考えている」

「規律、ルールって事ですか?」

「ああ。守るべき規律、それは守る存在、大切な存在がある証明だ」

 ここに来て、カノウも曖昧に感じる言葉を選ぶ。それは、ジュンセの心に深く突き刺さる言葉だった。

「何かを大切に思える人間は、きっと他人の大切な何かを知る事が出来る。そういう、何かを慈しみ、尊ぶ。そんな人の営みが、私は好きなんだ。生きているからこそ得られる感情であり、だからこそ、死も必要な概念だと思っている」 

 厳かでいて活き活きと語ると、カノウは切なそうな表情になった。

「だが、人は死んでしまう。簡単にね。リバイブは、そんな人類が見つけ出した新たな希望、言葉通りのチャンスだと考える」

「チャンス……」

「命は一度失えばそれまでだ。だが、せめてもう一度だけ、人にチャンスをもたらせるなら。たった一度だけのチャンスであれば、死が蔑ろにされる事も無く、生の意義も損なわれる事も無いだろう。そんな風に誰もが思う世界を、私は作りたい」

 満足げな顔で、カノウは理想を語り終えた。

 最後まで聞いて、やはり壮大な話しだったと、ジュンセは感銘かんめいと困惑のさかいに立たされる。

「何て言うか、多分まだ理解しきれないですけど、俺は会長の考える世界、良いと思います」

「そう言ってくれると、私も嬉しいよ。だが、現実は厳しい。もう一度与えられるチャンスと言っても、現状では数年間程度だ、それをチャンスと思えない者は大勢いる」

 残念そうに言うカノウに対し、ジュンセはカッとなって反論する。

「それでも、短い期間でもチャンスはチャンスですよ。リバイブで生き返った奴らには、まだ出来る事があるハズです」

 カノウに合わせるつもりは無かったのだが、思わずジュンセも自身の信念を語る。

「俺は、まだ出来る事があるのに、諦める奴らを見捨てたくない。そいつらを大事に想ってる奴だっているし、誰も近くで人が死ぬのを望んでなんかない!」

 言い終えると、ジュンセはムキになり過ぎたと気持ちを落ち着かせる。

「俺、戦いますよ。もう絶対に、赤い制服の奴らを、暴走なんかで死なせたりしない。トウヤの時みたいには、絶対に」

 強い決意を表明するジュンセに、カノウは微笑み返す。

「頼りにしているよ。ジュンセ」

 穏やかに告げて、カノウはその場を後にした。

 体力が回復してきたジュンセも、寮に戻るべく歩き出す。

 すると、懐にある風紀委員用のスマホが振動した。

 画面を見ると、そこにはヒュウガの名と、メッセージが記されていた。

 明日の午前10時、仮校舎の校庭に来い。との事だ。

 何の用件だろうといぶかしみつつ、ロクな用件ではないのだろうと断定し、ジュンセはカノウの背中を見る。

「まさか、これを予想してたってのか?会長」

 険しい顔で呟き、ジュンセは風紀委員用のスマホを操作して、学園の地図を開き、仮校舎の場所を確認する。

 飼育小屋を越えた先に建てられた仮校舎。その校庭は、恐らく人目に付き難く、動き回るのにも十分なスペースがあるようだ。

 また荒事になるのだろうと予感するが、ジュンセは呼び出しに応じると決めた。

 直接連絡を寄越した以上、行かなくても向こうから仕掛けてくる可能性もある。それならば、自分から出向いた方が手っ取り早いからだ。

 それに、なんだかんだジュンセが風紀委員として過ごすようになった一因は、ヒュウガによる所も確かにある。ケジメをつける意味でも、頃合いなのかもしれない。

 一応、了解の旨を返信で伝え、今度こそ、ジュンセは寮に向けて歩き出した。

 疲労感の残る身体を早く休ませようと、足早に校門を抜ける。すると、その先で見知った後ろ姿を見かけた。

「リア」

 声を掛けながら駆け出し、ジュンセはリアに追い付く。

「ジュンセ、また風紀委員の仕事?」

 歩きながらリアが素朴な疑問を投げる。

「ああ、まあ、そんな感じだ。リアこそ、何で休みの日に学校に?」

「最近知り合った先輩とちょっとね、用事があって」

「そうか」

 気に掛けていたつもりだったが、いつの間にか交友を広げていた事に驚き、ジュンセは明るい気持ちになった。

「リア、明日は何かあるか?」

「明日?午前中に、今言った先輩の用事があるだけかな」

「そっか、そっちもか」

 何となく自分と似通った状況だと思いつつ、こっちの先輩よりは健全な用事なのだろうなとジュンセは羨んだ。

「なあ、俺も明日、午前は用事があるんだけど、午後はたぶん空くと思う、リアはどうだ?」

「えっと、私も多分、何も無いと思うけど」

「だったら、午後は何かして遊ばないか?」

 唐突な提案に、リアは目を丸くする。

「遊ぶって、何して?」

「まあそれは、その時の気分と言うか、状況でって感じで……」

 当然ながら、謳泉学園の生徒は、繁華街などに遊びに行く事は禁止されている。生徒たちの娯楽と言えば、校内にある図書室での読書か、校庭や中庭、グラウンドや体育館でのスポーツ、視聴覚室での制限つきのネットサーフィンなどだ。

 だがジュンセは、マドカを探す過程や、風紀委員の仕事の都合で、校内の遊べそうな場所をそれなりに知っており、その気になれば丸一日遊び回って過ごす事も難しい事ではないのだ。チヒロたちが働く飼育小屋がいい例だろう。動物と戯れるのも選択肢の一つだ。

 なんとなく、楽しい事を誰かと、今はリアと共有してみたいと思い立って、誘いを掛けた。ただ友達と休日を遊んで過ごす。ただそれだけの為に。

 断られれば、それはリアにとって、ジュンセの提案以上に優先する何かがあるという事であり、ジュンセはそれを手伝おうと思った。そして、もし受け入れられたなら、ジュンセはリアと、もう少し仲良くなれたらと思った。

 期待を胸に返答を待つと、リアは関心を持った顔で答える。

「うん、分かった。明日は一緒に遊ぼっか」

 了承を得て、ジュンセは分かりやすく喜び、歩調が大きくなる。

「それじゃあ明日な、昼頃に校門で」

 快活な声で約束を伝え、ジュンセは颯爽と駆けて寮に向かって行く。明日の為に早く寝て体力を回復する為だ。

 そんなジュンセを、リアは羨ましそうに見送った。

 けれど不思議と、胸の内は温かい感覚が広がり、自然と表情も緩んでいく。

 明日。その言葉の響きが、また輝いているように思え、リアは確かに幸福を感じていた。

 軽くなった足取りで、夜闇が伸び始める帰り道を、ジュンセとリアは歩いて行った。


                  

 

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