part6

 太陽が高らかに輝く真っ昼間の晴天の下、ジュンセは地味な暑さにさいなまれながら、謳泉学園へと向かっていた。

 今はちょうど昼休み、何故ジュンセがそんな時間に学園の外にいるのかというと、    

 授業中に暴走の報せが達せられ、風紀委員として出動したのだが、暴走した生徒は学園の外へと逃走してしまった事が原因である。

 ジュンセは逃げた生徒を追跡し、何とか発見して、その場で暴走を鎮静化した。

 学園の敷地外ではあるが、謳泉学園の周囲は、学園を運営する機関により管理されている土地であり、民家などは存在しない。ある意味校内より人目を気にせず戦えたが、帰る事に苦労するとは気付かなかった。

 送迎を少し期待したが、ひどい事にそんなものは無かった為、ジュンセは渋々徒歩で移動しているのだ。

 ようやく学園に戻ったジュンセは、そのまま特別保健室へと向かった。

 理由はスミネにあった。暴走を止めたジュンセは、いつも通りスミネに連絡してから、生徒を運び込むつもりだったが、応答したスミネは、今は手が離せないからカノウを頼れと返したのだ。

 采配に従いカノウに連絡し、暴走した生徒はリバイブの研究スタッフによって連れて行かれた。十分な設備のある研究施設ならば、スミネと同様に適切な処置が出来るのだそうだ。

 だからジュンセは、スミネの事が気になり、様子を見に行こうと考えた。通話越しの調子から、深刻な問題が起こった感じではなさそうなので、一応の確認である。

 昼休みの時間も残り少ない為、あわよくば、食べ物を恵んでもらおう、という気持ちもあったりした。

 特別保健室の前に辿り着き、ジュンセはノックも無しに扉を開いた。保健委員の為に用意されたこの部屋は、半ばスミネの私室のような扱いであり、特に気を遣おうと思わないからだ

 それが過ちであった。

 図々しく中に入ると、ジュンセの視界には、タオルを持つスミネと、上半身だけ一糸纏わぬ姿になっていたリアが、向かい合って座っていた。

「え?」

「なっ⁉」

「……っ、ひゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」

 戸惑うジュンセと狼狽するスミネに続き、リアが甲高い悲鳴を上げた。

 思考が追い付かず、ジュンセはオロオロと慌てふためく。そんな息子に苛立ちを覚え、血相を変えたスミネは即座に保健委員ピンを起動した。

 ジュンセの背後から保健委員の腕章が飛び出し、そのままスミネの腕に噛みついて刺し留められる。

 腕章から発せられたリバイブが編み込まれ、カーテンとなってジュンセに迫り、その身体をグルグル巻きにして、自由と視界を奪った。

 訳も分からぬまま、ジュンセは逆さまに吊り上げられる。

「こんの変態!いくら色情魔と性奴隷の間に生まれたからって、堂々と覗きに来てるんじゃないわよ!」

 自虐的でいて一方的な罵声に対し、ジュンセはモゴモゴと抗議する。よく聞こえないので、スミネは口元の拘束だけ緩めた。

「ぷはっ、いや、何がどうしてそんな状況なんだ⁉俺は別に覗くつもりなんて……」

「言い訳無用。しばらく反省してなさい!」

 弁明を容赦なく一蹴し、スミネは縛り上げる力を強める。ジュンセは地味な苦しさに悶え、しばらくの間、つるし上げられたまま放置された。

「ごめんね、リアちゃん、うちの子が」

「あ、えっと、はい」

 ひどい羞恥を感じたリアだったが、直後に目の辺りにしたジュンセへの仕打ちに若干引いてしまい、冷静になっていた。スミネの狙い通りである。

 そうして、スミネはリアの身体を拭いてやり、着替えが終わった所で、ジュンセは解放された。

「そのぉ……すみませんでした」

 綺麗な正座の状態から、ジュンセは恭しく頭を下げて謝罪する。

 あまりちゃんと見えていないとはいえ、悪い事をした自覚は強く、その態度にはしっかりと反省の色が見えていた。

「ああ、うん。なんか、もういいよ」

 すっかり気持ちがリセットされたリアは、一々文句を言う気にもなれず、このまま事を収めて忘れようとした。

「そんな簡単に許さなくてもいいんだよ?どうする、もうちょっとやっとく?緊縛とかむちとかフィストとか」 

「そっちも大概たいがいじゃねぇか!」

 刺激的な発言をするスミネにジュンセが声を荒げて突っ込む。

「うるさい、これはガールズトークだから入って来ない。で、何しに来たの?」

 有無を言わさぬ勢いに圧倒されながらも、ジュンセは返答する。

「さっき連絡した時、手が離せないって忙しそうだったから、気になって」

「ヤダっ、私の事心配してくれて来たの?」

 さっきまでのお怒りムードは何処へやら。スミネはときめきに満ちた表情で胸に手を当てる。

「まあ、一応」

「あーんもう、こんなに親孝行な子に育って、母ちゃん幸せだわ~」

 甘ったるいトーンで喚きながら、スミネはジュンセに抱きつく。

「ちょっ、母ちゃん。人前で」

 恥ずかしがるジュンセだったが、スミネは真面目な口調になって耳打ちする。

「ちょっとね、今は私のノリに合わせて。その方が、気が晴れると思うから」

 急変した態度と話の内容にジュンセは息を呑むが、聞き返す間も無くスミネはジュンセから離れた。

「ジュンセ、風紀委員の仕事だったんだよね?お昼はもう食べた?」

「……いや、授業中に抜けたから、まだ」

「そう。ならここで食べていきなよ。リアちゃんも、お腹空いてるでしょ?」

「えっと、はい」

「なら決まりね。待ってて、手早く準備するから」

 言って、スミネは特別保健室の隅にあるコンロを点け、すでに置いてある鍋に火をかける。鍋に火が通るまでの間に折り畳み式のテーブルを準備し、白米をよそって、温められた鍋の中身をかける。

 スミネ特製、カレーライスの出来上がりである。

「はい、召し上がれ」

 愉快な調子でスミネが勧めると、ジュンセとリアは素直に受け入れ、食欲の赴くまま、ご馳走になる。

「美味しい」

「美味い」

 嘘偽りの無い感想である。しかし、以前二人で食べたミオの料理と比べると、なんとなく普通であった。普通においしい。それがカレーライスに対する二人の評価である。

「うん、まあ、所詮手料理レベルですよ。そんな料理とか、やった事なかったし」

「あ、いや、美味しいぞ、ホントに」

「いいのいいの、そんな事はどうでも。せっかく皆で食べてるんだから、何か話しましょうよ」

 微かに冷めたような声音で言いつつ、スミネは場を盛り上げようと提案し、一口食べた後に、ジュンセに話を振った。

「それじゃあ、さっきも大活躍だった風紀委員の話でもしよっか」

「俺の話?」

「うん、純粋に私がしたいんだけどね」

 愛嬌のある笑顔でスミネが告白すると、ジュンセは少しばかり呆れ、リアの様子を確認する。興味を抱いている視線が返されている上、リアに対しては今さら気にしても仕方がないだろうと観念した。

「なんとか、今の所は失敗せずにやれてるよ」

「すごいよね。結構相手も強くなって大変なのに」

「いや、その……なんて言うか。俺、一時期ちょっとな」

 気まずいとも気恥ずかしいとも取れる微妙な気分になって、ジュンセは言い淀み、スミネとリアが不思議そうな目を向ける。

「……俺、友達が死んだあと、かなり荒れてたんだ。そんな感じで、近場に居た、血の気の多い奴と色々と、な」

「ああ、ストリートファイトに明け暮れてたと」

「そこまでじゃないし、ちょっと古いぞ」

 小気味よくスミネがボケてくれたお陰で、あまり雲行きの悪い雰囲気に流れずに済んだ。

「でもまあ、そんな感じで、喧嘩の機会は増えたよ、確かに。だけどそれが、何だかんだ今、誰かを助けるのに役立ったなら、まあ良かったのかなって。幸いって言うか、俺も相手の連中も、大きな怪我とかはしなかったし」

「ふーん、中々に刺激的な時期があったんだ」

「今も大概だけどな」

 些かふざけて聞いているようなスミネに、ジュンセは鋭い突っ込みを入れる。

 そんな母子の仲睦まじい会話に、自然とリアも心が和み、思った言葉を零す。

「本当にすごいと思うよ、ジュンセ」

「え?」

「何て言うか、人の為に頑張ってるの、すごいと思う」

「そんな事……俺だって、誰かが死ぬのなんて、やっぱり嫌だと思うから」

「それでも、やっぱりすごいと思う。見習わないとって思うもん」

 どこか切なそうに言うリアを見て、ジュンセは妙な寂しさを覚えた。

 ジュンセが風紀委員として戦えているのは、マドカやミサトの事、チヒロやスミネに助けてもらった事、そして、何かに打ち込むようなリアの存在があったからだ。

 まだ何もかもが分からなかった時、強い活力を発していたリアの方が、ジュンセに取っては衝撃的で、見習うべき姿であったと改めて思う。

 フッと湧いた衝動に駆られ、ジュンセはリアに問うた。

「リアは、何かやりたい事とか、ないのか?」

 淀みの無い流水のような問い掛けに、リアは面食らい、少し考えるような顔をして、穏やかに返答する。

「あんまりハッキリしないけど、多分あると思う。けど、難しいよね」

 まずい事を聞いたかもしれないという焦燥も覚えるが、リアの様子から、前向きな考えがあるのではないかと読んで、ジュンセは威勢よく続ける。

「何かあるなら、俺は手伝う。何でもできる訳じゃないけど、出来る事があれば、力になる」

 熱気のある言葉だが、具体性に欠けている。それでも、リアは微笑みを返した。

「前にも、そんな風に言ってくれたよね。うん、その時は、お願いね」

 結局の所、リアの内にある何かは判明しなかった。けれど、ささやかな安心を与えられたのは確かだ。

 ジュンセはそれ以上踏み込もうとせず、気が付けば各々はカレーライスを食べ切っていた。

「ご馳走様でした、スミネ先輩」

「はい、おそまつ様。片付けはやっておくから、二人は教室に戻るといいよ」

「わかった。ありがとな、母ちゃん」

 厚意に甘えて、ジュンセとリアは、そのまま保健室を後にした。

 そこでようやく、ジュンセは失言に気付く。

「あっ、その、母ちゃんて言うのはだな……」

「知ってる。スミネ先輩は、ジュンセのお母さんなんでしょ。前に飼育委員にやられた時、付いて行って聞いた」

「そ、そうか。そうなんだ」

 スミネとの関係を隠せなどとは誰にも言われていないが、なんとなく気まずいとジュンセは思った。しかし、すでにリアは事情を知っており、杞憂きゆうであったとジュンセは後悔する。

 ふと、ジュンセはある疑問を抱いた。

 リアにだって家族はいるだろう。リア以外にも、赤い制服の生徒には、遺族となってしまう家族がいるハズだ。その人たちは、この学園の事をどう思っているのだろうか。

 そんな疑問がよぎったが、ジュンセはそれ以上は考えず、忘れるように疑問が霧散した。

「そう言えばジュンセ、さっきの授業、ノートとかは?」

「ああ、後半取れてないな、うわ、どうしよう」

「よかったら、私のノート貸そうか?」

「いいのか?」

「うん。だって大変でしょ?風紀委員をこなしながらだと」

「いやホントに助かる。悪いな、あんな大見得切って力になるって言ったのに」

 久々に自分が情けないと感じ、ジュンセはひどく落ち込んだ。そんなジュンセを、リアは優しく諭す。

「きっとお互い様だよ。だから気にしないで、頑張って」

「……ああ、ありがとな、リア」

 胸の内を温かくし、ジュンセはリアと共に、教室へと向かった。

 割と急いで。

 一方、特別保健室で食器を洗うスミネは、難しい顔になって悩んでいた。

 リアのやりたい事を、スミネはなんとなく察している。それをジュンセに言うかどうかだ。今後、風紀委員として活動するジュンセに、安易に答えを提示するのは成長につながらない事だろう。

 しかし、リアは恐らく、ヒュウガと関わりを持っている。ヒュウガに呼び出された  現場にリアが居たのだから、間違いないハズだ。

 リバイブの研究の為なら、倫理りんり観や人情を捨て去る時もある男だ。何をしでかしても不思議ではない。その対応の為に、リアについて知っていた方が良いのではとも考える。

 ふと、スミネはマドカの事を想う。

 風紀委員の仕事を待つのが保健委員の基本的な立ち回りであり、トウヤの件が起きた際は、マドカを信じ切っていたが故に、スミネは力になる事が出来なかった。

 ひょっとしたら、同じ後悔をするかも知れない。けれど、だからと言って、自分の都合で愛する息子の足を引っ張るのも本意では無い。

 ままならぬ状況に、スミネは不安を強くし、生きている実感に溜め息を吐いた。


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