part4

 飼育委員、チヒロの朝は早い。

 起床して顔を洗ったら直ぐに制服に着替え、そのまま寮を出る。

 時を同じくして寮を出たミオ、ユン、ハルカと合流し、足並みを揃えて飼育小屋へと赴く。

 到着すると、飼育小屋にいる動物たちの餌を準備しながら、台所にて、四人で朝食を作る。

 立て籠もりをしていた頃と何が違うのかと、疑問を感じなくもないが、周りに迷惑を掛けず、ミオたちと一緒の時間を過ごせて、チヒロは幸福を感じていた。

 例えそれが、残り僅かな期間での幸せだとしても、チヒロはそんな今を大切にしようと、前向きに考える。

 ミオたちを心配させない為に。最期まで、笑って一緒に過ごしていられるように。チヒロは飼育委員として、職務に励んでいた。

 各動物たちのゲージの手入れを終え、廊下に出たチヒロは、玄関扉からノックの音を聞いた。

「チヒロ~出迎えてやれ~」

 台所からミオの声が届く。

事前に連絡を受けていたので、玄関の方を気にしていたのだろう。そんな風に思いながら、チヒロは無邪気な足取りで、玄関へ向かい、丁寧に扉を開いた。

 そこには、自分たちの恩人であるジュンセが立っており、チヒロは晴れやかな微笑みを浮かべて迎えた。

「おはようございます、ジュンセさん」

「おはよう、チヒロ。悪いな、朝から」

「いえそんな……どうぞ、入って下さい」

 チヒロに促されて、ジュンセは飼育小屋に入り、そのまま食卓へと案内される。

「おう、来たかジュンセ。風紀委員、お疲れ様だ」

 制服の上にエプロンを着るミオが気前のいい声で労い、それに続いてユンとハルカも朝食の支度を進めながら迎える。

「へへ~ん、また来たのか~。まあミオちゃんのご飯は美味しいからね」

「失礼ですよ、ユン。どうぞ、座って待っていて下さい」

 言われるまま、ジュンセはちゃぶ台の前に腰を下ろした。

 籠城事件が解決した後、ジュンセはミオの誘いを受けて、その手料理をご馳走になった。

 事件の最中でも振る舞われて知っていたが、ミオの料理は絶品の一言であり、ジュンセは時々、飼育委員の団らんに混ぜてもらい、料理を恵んでもらうようになっていた。

 風紀委員の活動は時間を選べないので、学食や購買で英気をやしなえる食事が確保できない事も理由である。ジュンセは食生活の良し悪しがモチベーションに影響するタイプの人間なのだ。

 そうしていつも通り、ジュンセは静かに待機している。

 最初はミオたちを手伝おうとしていたが、飼育委員の四人は絶対的な絆と完成された連携で動いている為、ジュンセが入ると反って邪魔になり、大人しくしている事が賢明であると発覚した。

 しかし、やっぱり待っているだけでは申し訳ないかなと、ジュンセはソワソワしながら話し掛ける。

「悪いな、度々ご馳走になって」

 かしこまったジュンセの言葉に、ミオは尊大な顔をして鼻を鳴らす。

「何を言ってる。オレたちがこうして居られるのは、全部お前のおかげだぞ。それに今日だって、学園の平和の為に仕事をしてきたんだろ?朝飯だろうが昼飯だろうが幾らでも喰らわせてやる」

 上機嫌な声で言いながら、ミオは玉子焼きを作る。

フライパンのサイズの都合上、5人前を一度に作る事は出来ないので、二回に分けて卵を焼く手順だ。一つ目を作り終え、ミオは二つ目の準備をする。

ふと、そこで卵がない事に気付いた。

「ハルカ、卵は?」

 冷蔵庫の所にいるハルカに声を掛けると、顔を出したハルカが首を横に振った。

「ちょうど今ので品切れだったようです」

「なんだそうか、しまったな~」

 困った顔をして、ミオは腕を組む。

「あ、別にいいぞ、一品減るくらい」

 遠巻きに様子を見ていたジュンセが申し出るが、内心ではバッチリ残念に思っていた。

「そう言うな。ユン!」

 呼ばれて、サラダの盛り付けられている皿を並べていたユンが振り向く。

「今すぐ出せるか?」

 ミオに聞かれると、ユンは何かを感じ取ろうとするような顔で、へそ下あたりを摩った。

「んん~、うん、イケる」

「よし。それじゃあ頼むぞ」

「合点!」

「ハルカも手伝ってやれ」

「承知しました」

 溌剌としたやり取りを見て、ジュンセは何をするのかと興味を抱く。

 そんなジュンセとは対照的に、チヒロはすごく恥ずかしそうにして、顔を赤くした。

 二人の視線が集まる中、ユンはボウルを持って、部屋の隅にある動物用の室内フェンスの中に入った。それに続く形で、ハルカがフェンスの上に毛布を被せる。まるで、フェンスの中のユンの身体を隠そうとしている形だ。

 顔だけしか見えない状態で、ユンはモゾモゾと動きながら深呼吸し、直後に顔が強張った。息む、といった方が正しい表現だろう。

「え?」

 まるで用を足す時のような表情にジュンセは顔を引きつらせるが、すぐに卵を準備するという事を思い出し、まさか、と息を呑んだ。

 そうしてマジマジとユンを見るジュンセを、チヒロは難しい顔で眺め、見ないでと言うかどうか悶々としていた。

「ほらユン。ひいひい、ふう」

 ハルカの応援を受け、もうひと踏ん張りするユン。

 そして、解放されたような爽やかな顔になり、ユンは下からボウルを取り出す。

「出たよ!」

 咲き誇る笑顔と共に、ボウルに入った卵を見せつけた。

「いやいやいや、おいおいおい!」

 ちょっと意味が分からないぞと、そんな心境を簡単な声で吐き出し、ジュンセは指摘する。

「アレだよな、実は下に鶏がいるとか」

 サッとハルカが毛布を取り外す。そこに鶏の姿が無く、ユンの足元にショーツが落ちていた。何食わぬ顔で、ユンは落ちていたショーツを履く。ちゃんとスカートを履いていたので、大事な部分は隠れていたが、それでも少し、はしたないだろう。

 絶句し、ジュンセはチヒロと目を合わせる。

 困り顔の微笑みを返され、手品やジョークでない事が伝わった。

「マジか……」

「マジ、ですね」

「えっと……何で?」

「その……ミオたちは、私の入学する時期に合わせる為に、特別な処置を受けていて」

「ああ、それは聞いたぞ。本人たちは特に気にしてないみたいだったけど」

「はい。動物用に調整したリバイブを人体に応用できないかどうか、という研究らしいんですけど、その副産物だと。詳しい事は、私たちもよく分かりませんが、みんな大丈夫そうなので」

 少し心配する顔になるチヒロに、ジュンセも同感だと思い、三人の方を見る。仲睦まじく、産みたての卵を調理していた。

 程なくして、食卓に朝食の品が並べられる。

 白米、大根と豆腐とワカメの味噌汁、ジャコと青菜の佃煮つくだにとサバの塩焼き、そして、ユンの産み落とした卵で作った玉子焼きだ。献立こんだてだけ見れば、サバと玉子焼きが揃う事で、そこそこのボリュームに思えるが、サバと玉子焼きは5人で分ける為、一人前がやや少なめの量になり、朝食には丁度いいくらいになっていた。

 いただきます。と行儀よく挨拶をして、各々が箸を動かす。

 だが、今日のジュンセは、普段より箸の動きが鈍かった。その事に気付いたミオが、悪戯っぽい笑みを浮かべる。

「どうした?美味く出来てるぞ、玉子焼き」

「知ってるよ」

 口を尖らせて言い返し、ジュンセは玉子焼きを箸で取る。

 何度か食べさせてもらっているので、味が良いのは分かり切っている。先程の産卵を見たからといって、嫌悪感も大きくはない。ジュンセの中で強く湧いているのは、一種の罪悪感、ここれ、ホントに俺は食べていいのだろうか?という気まずさが、ジュンセを躊躇させる。

 ふと、ジュンセは余計な疑問を抱いてしまった。

 この卵、どっち側から出したんだ?と。

 そんなジュンセの思考を読んだ訳ではないのだが、ユンが不満そうな顔で口を出す。

「別に汚くないぞ。ウンチじゃない方から出したんだから」

 無邪気な発言に、ジュンセとチヒロが吹き出す。その様子を見てミオがゲラゲラと笑った。

「ユン、ご飯の時に、そんな汚い言葉を、言っては、いけません」

 窘める言葉を送るハルカだが、笑いを堪えている為か、かなりぎこちない口調になっていた。

「いや~、風紀委員と言っても、やっぱりアレか、男子だな」

「思春期と言え」

 嘲るミオに言い返しながら、ジュンセは豪快に玉子焼きに食らい付いた。

 やっぱりすごい美味い。

「どうだ、ボクの卵、美味しいでしょ」

「いや、美味いけど!何て言うか、色々大丈夫なのか?こう、倫理的に」

「この学校で倫理を語るか。まあ気にするな、普通に無精卵だから、食わない方がもったいない」

 切れ味の鋭い突っ込みと共にミオが補足すると、ジュンセは少しだけホッとし、箸の動きが軽やかになった。

 だがまた、ある事に気付いた。

「この前の、亀の卵って……」

 呟きながら、ジュンセはハルカに視線を向ける。

 モジモジと動きながら、恥じらうような顔で味噌汁を飲んでいた。そのワザとらしさから当たりなのだと察し、次いでミオの事を見る。

 視線を受けたミオは、呆れて半眼で答える。

「いや、ウサギは卵産まないだろ、何考えてるんだ」

「ああ、お前ウサギだったのか……」

 飼育委員が腕章の力で顕現させていた武器の特徴から、ユンとハルカがそれぞれ鳥と亀なのだとジュンセは推察していたが、ミオだけは答えが分からなかった。

 燈色の剣を思い出し、あれはニンジンだったのかと納得する。

「ミオは耳が良くなったんです」

「それだけだと地味に聞こえるな……まあそれだけなんだが」

 チヒロの評価に対し、ミオは複雑な気持ちを顔に出す。

 ジュンセは仕返しとばかりに、その隙を突いた。

「確かに、俺の侵入に気付いてなかったみたいだったしな」

「集中すれば余裕だったからな!四六時中警戒していられるか!と言うか、こっそり忍び込む所も、変質者っぽいんじゃないか?」

「頼むからそっち方向の評価だけは止めろ!」

 血筋的に洒落にならないと内心で思いながら、ジュンセはヒステリックに否定した。

 だが、ムキになった事でミオは余計ニヤニヤと悪そうな笑みを浮かべ、チヒロも反応に困り苦笑いを作る。

「ねぇ、そっちの方向ってどっちの方向?」

 この場で唯一、ジュンセがからかわれていると気付いていないユンが、純朴な瞳で尋ねる。

 ものすごく気まずくなり、ジュンセはミオやハルカに向けて視線を送る。

 見事に知らんぷりを決めて、二人は食事を進めていた。

「ねぇねぇ、ジュンセ、方向っ何?」

追い込まれながら、頼みの綱であるチヒロに目を向ける。

 羞恥と困惑の混ざる顔で固まっていた。なんとなく、この手の話題は苦手なんだなと察し、ジュンセは問い詰めてくる無垢な少女に、紳士的な対応を試みる。

「方向ってのはつまり、男の方向だ」

「男の?ジュンセって、実は男じゃないの?」

 首を傾げるユンに対し、箸を置いたジュンセは、渋い顔を作って答える。

「ほら、世の中色んな人がいるだろ?そういう意味での男の方向って事で、そのぉ……、そうほら!この前ここにこっそり入って来ただろ?それが泥棒みたいでカッコ悪いから、そういう風に言うなって話だ」

 雰囲気で誤魔化そうと考えていたジュンセだが、途中から体裁の良い言い訳を思いつき、無理やりねじ込んでみた。

 すると、ユンはムスッと頬を膨らませて抗議する。

「でも実際うちに侵入してきたじゃんか。それに戦いの時だって、一回僕たちの手の内を見たから対策して来たんだろ、やっぱりずるいヤツじゃん」

「うぐっ、それは……」

 バツの悪そうな顔で、ジュンセは言葉に窮する。

 ジュンセからすると、ミオやユン、ハルカは、威勢が良いだけの女子であり、喧嘩の腕っ節は下手くその一言、三人合わせて男子高校生一人分程度だ。本気を出せば初戦で圧倒する事も可能だった。

 だが、それをバカ正直に言えば、ユンが機嫌を損ねるだけだ。暴走する事は無いだろうが、さらに面倒な難癖を付けられるかもしれない。

 どうしたものかと、ジュンセが顔をしかめると、ようやくハルカが助け舟を出した。

「ユン、ジュンセさんもズルは良くないと思ってるから、ミオに言い返したんですよ」

「良くないと思ってるのにズルしたの?」

「仕方がないでしょう。そうでもしないと、ミオや私、そして強くてカッコいいユンを相手にするのは難しいじゃないですか」

 心から称えるような口調でハルカが言うと、ユンは簡単に真に受けた。

「そ、それなら仕方ないね。まあ、チヒロの為に頑張ってたみたいだし。うん、だって僕たちが揃えば最強だもんね」

 清々しい程に舞い上がり、ユンは勢いよくご飯を搔き込んだ。

 どうにか納得してくれたと、ジュンセは息を吐き、密かに感謝の視線を遥かに送った。

 そうして、朝食は活気に満ちた空気で進み、並べられていた料理は綺麗に平らげられた。

 その後、ジュンセは片付けを終えたチヒロたちと、そのまま一緒に登校する。

 校舎に入り、廊下でクラスごとに別れ、クラスメイトでもあるハルカと共に、教室へと向かった。

「たくっ、最後の最後まで人をおちょくりやがって」

 校舎に来るまでの道中、ミオは産卵を意識していたジュンセに皮肉や冗談をチマチマ繰り出していた。

 その事を愚痴るように漏らして、ハルカが代わって謝罪する。

「すみません。ミオが調子に乗ってしまって。気を悪くしましたか?」

 不安を抱くようなハルカの横顔に、強く言い過ぎたとジュンセは反省し、取り繕う。

「いや、気にしてる事だけど、そこまで気分を悪くした訳じゃないから」

「そうですか。ですが本当にすみません。ミオも悪気がある訳では無くて、親しくなり始めた頃は、ああやって、弱みを小突いて様子を見ようとしてくるので」

 生真面目な弁明と、その内容に、ジュンセはくすぐったい気分を感じる。

 仲良くしようとしてくれるのは、素直に嬉しいと思ったのだ。

「堂々としてる割に、小賢しいって事か」

「はい。よく人の事を考えてくれて」

 半分皮肉のつもりでジュンセは言ったのだが、ハルカは好意的な捉え方をした。

「ホントに、仲が良いっていうか、ミオの事を慕ってるんだな。あんな無茶にまで付き合って」

「当然です。ですが、立て籠もりの際は、さすがに不安も大きかったのが本音です」

 憂い顔で言葉を零すが、直後にあどけない表情をジュンセに向けた。

「ですから、本当に感謝しています。チヒロの為に身体を張ってくれて」

 唐突に送られる謝辞に、ジュンセは気恥ずかしさを覚える。

「だから気にするなって、俺もさっき、ユンを誤魔化すのに助けてもらったし」

「それこそ気にしないでください。あと、ユンは適当に煽ててあげれば、あんな感じになりますので」

「そ、そうか……」

 ユンのあしらい方を教えてもらうが、ジュンセは反応に困った。他人より幼さを残す理由が、それだけ早く、ユンが命を落とした事の証明であるからだ。

 謳泉学園は、若くして亡くなった人間の集まる学校であり、精神年齢の平均は実年齢の平均より低くなる。何とか運営出来ているのは、赤青それぞれに実施されたオリエンテーションによる効果だと、ジュンセはカノウからチラリと聞いていた。今更ながら、そこで順応できるかどうかを選別されたのだろうと思う。風紀委員として活動する中で赤い制服の生徒と関わる事が増えたが、極端に幼さを残している者には今の所で会えていない。ユンが断トツだ。

 ミオの要望があったからこそ、ユンは謳泉学園に入学できたと言えるかもしれない。そして、傍から見た様子では、ユンは自身の置かれている状態を理解しきれていない。ジュンセはそれが心配になり、表情を曇らせた。

「大丈夫ですよ」

 穏やかな声音に、ジュンセはハッとする。

「あの子は強い子ですから。それに、私たちだっています。だからきっと、大丈夫です」

「ハルカ……」

 楽観のようにも聞こえるが、優しげな顔には気丈な強さを感じさせる雰囲気があった。

「それにもし、何かあったとしても、その時は、ジュンセが助けてくれるんでしょう?」

 ズシリとした重い感覚を胸に抱くが、全く悪い気がしなかった。緊張はある。だがそれ以上に、託されたような感覚が、ジュンセを熱くさせた。

「……ああ。俺、風紀委員だから」

「はい。これからも、頑張ってください」

 ささやかなエールを送られ、ジュンセの中の不安は吹き飛んだ。

 晴れ渡る気持ちになり、程なくして、教室に到着する。

 自身の席に着くと、ジュンセの元に、クラスメイトである青い制服の男子がやって来た。

「なあ、風紀員だったよな⁉」

「え?ああ、そうだけど」

 脈絡の無い問い掛けに、ジュンセは少し吃驚しながらも肯定する。

「今朝、サッカー部で暴れた奴がいるって聞いて……」

 クラスメイトは、暴走したサッカー部部員の友人であるとの事だ。風紀委員が対応したと聞いて痛そうで、その対応を尋ねて来たのだ。

 リバイブに関する詳細は省きつつ、ジュンセは暴走した生徒を落ち着かせ、保健室に送った事を伝える。

「そっか、じゃあアイツは……」

「ああ、午後からの授業には出られると思う」

 少ない経験からの予想を告げると、クラスメイトは胸を撫で下ろした。

「ありがとな。俺、アイツが暴れ出したって聞いてすげぇ焦って」

「まあ、その……色々あるからな。心配してるなら、声を掛けてやってくれよ。その方が良いと思う」

「分かった。ありがとな」

 気持ちのいい感謝を最後に、クラスメイトは去って行った。

 それを見送りながら、ジュンセは違和感を覚えた。

 暴走した生徒は、他の生徒からしたら、激昂して単純に暴れ回ったという認識のようだ。

 ジュンセの口からも、そういった風に誤魔化してはいるのだが、安易に受け入れ過ぎているような気がする。

 都合が良い事に違いないが、どうしてだろうか?そんな疑問が脳裏を過ったが、それはすぐに、煙が晴れるようにして、ジュンセの頭から消え失せた。

 なんとなく気を取り直し、ジュンセはカバンから教材を取り出して机に仕舞い始める。

 その途中で、ジュンセはふと、リアの席に目を向けた。

 特に何をする事も無く、物静かに席に着いているリアの背中。

 実は飼育委員の事件から、軽い会話はあれど、込み入った話をまだしていないのだ。リバイブについて問い質される事を危惧していたジュンセだが、そんな事も無く、大人しいものである。

 生徒会について聞き回っていた頃の執念じみた行動力も鳴りを潜めているので、ジュンセはリアの事を気に掛けていた。

 しかし、焦る程でもなかった。風紀委員の活動をしていく中で、ジュンセは風紀委員の腕章が、リバイブの暴走を察知してくれる事を知ったからだ。

 腕章が反応しない内は、リアに危険が起きる事は無い。そしてそれは、ジュンセが風紀委員を始めた理由である、ミサトにも言える事だ。

 だから今はまだ大丈夫。時間を掛けて、リアの事もミサトの事も、上手くやってみせる。

 強い決意を胸に、ジュンセは視線をリアから外した。

 誰も見ていない相貌に、緊張の色が滲みだした。


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