part9
ずっと一緒だと思っていた人たちが死んだ。
訳が分からなくなり、何もかもが怖くて受け入れられなくなった。
そんな日々を過ごしている内に、火災から助けたウサギたちが
例え人間よりも短い生であっても、それを見捨てたくない。放って置かれたチヒロたち四人が共通して抱いていた考えだ。
だからチヒロは、絶対にウサギを助けた事を後悔しないと誓った。自分たちの行いが間違いではないと信じて、孤独を受け入れた。
そして月日が経ち、進路を問われる時期が訪れる。チヒロはミオたちが生き返った事を知り、謳泉学園を知った。
ミオたちと居られるのならば、他に考える事は無かった。
謳泉学園への入学を決意し、チヒロはミオたちと再会した。驚く事に全員が同じ学年になり、チヒロはこの上ない喜びを感じた。
だが、悲壮な現実も突き付けられた。ミオたちリバイブによって蘇生した生徒は、卒業した後、間もなくしてまた死亡するのだと。
また大切な人たちを失ってしまう。その事実に嘆いたが、チヒロは負けなかった。
僅か三年間だけだとしても、一緒に居る事が出来る。ならばせめて、次の最後の時まで、皆の為に出来る事がしたい。そうしてチヒロは、ミオたちが所属を義務付けられた飼育委員に入った。以前のように、共に居られるようにと願って。
けれど、それが
部屋は動物用のゲージが設置されていて、中にいる犬や猫、ウサギがチヒロの事を心配するように見ている。
「私は、どうすれば……」
誰かに答えを求めている訳でもない呟きを漏らす。すると、
静に扉が開き、侵入者が現れる。
「見つけた。大丈夫か?チヒロ」
覚えのある声に驚きながら、チヒロは振り返る。
そこには、静かに佇むジュンセの姿があった。
「ジュンセさん⁉どうして、ここに」
「お前ら飼育委員を止める為にな、裏の窓から。意外とすんなり来れた」
ここに来るまで、ミオたちに見つからないよう、ジュンセは、神経を研ぎ澄ませて侵入した。目的の人物であるチヒロを見つけた事で緊張が解け、反動から来た疲労感でひどく引きつった顔をして、やつれた様な雰囲気を出していた。
それを心配し、同時にミオたちの行いを悔やんで、チヒロは泣きそうな顔でジュンセに詰め寄った。
「ごめんなさい。私たちの所為で、こんな迷惑を」
「やっぱり、お前は納得してないんだな」
思った通りだったと
「なあ、お前から、アイツらを止められないか?」
「それは……」
言う通りにしたいと思うチヒロだったが、
「私は……私には、ミオたちを拒む事なんて絶対に出来ないんです」
どこか投げやりな返答だったが、チヒロを責める気は起きない。
「でも、このままじゃマズイって事は、分かってるんだよな」
痛い所を突かれた顔をして、チヒロは
どうしていいか本当に分からない。そんな、少し前の自分を見ているような気分が、ジュンセを熱くさせた。
「チヒロは、アイツ等とどうしたいんだ?」
「どうって……?」
不安そうな顔を見て、ジュンセはまどろっこしい聞き方だと思い、核心を突いた言葉をぶつける。
「アイツ等と、一緒に居たいんだよな?こんなバカ騒ぎの中とかじゃなくて、普通に、昔みたいに」
「っ……はい!」
理解を得たような気持ちが、心を揺さぶる。目の端に涙を浮かべて、チヒロは強く肯定した。
「それを、アイツらにちゃんと伝えたのか?」
「あっ……」
気付かされる事で、チヒロの顔に活力が滲みだす。しかし、すぐに
それを見て、ジュンセは最後の決意を固めた。
「それなら、分かった……」
言葉の途中で部屋の扉が開き、ミオが入って来た。
「チヒロ、どうかした……っ、お前はっ」
ジュンセの存在に吃驚し、ミオは即座に飼育委員ピンを取り出した。
「ここで何をしている?」
「確かめに来た、どうすればいいかを。俺は、お前たちを止める」
淀みの無い宣戦布告と同時に、ジュンセは風紀委員ピンを取り出し、起動した。
反射的にミオも飼育委員ピンを起動し、風紀委員と飼育委員の腕章が、喧嘩する鳥のように、衝突しながら部屋に入って来た。
腕章は各々の主人の腕に噛みつき、対峙するジュンセとミオはピンで腕章を刺し留める。
次の瞬間、二人は相手に向かって突撃し、体当たりの後に組み合いになった。
腕章から来るリバイブの力で、膂力は拮抗している。
ふと、二人は周囲の動物たちが気掛かりになり、組み合う状態のまま、チヒロを避けて部屋の窓まで向かった。
勢いのまま窓や壁を派手に突き破って、ジュンセとミオは飼育小屋から外に出る。
「ミオ!ジュンセさん!」
二人を案じて、チヒロは穿たれた壁から外を見る。飼育小屋の前で、ミオが燈色の剣を振るい、ジュンセがそれを躱していた。
「チヒロ、どうしたの⁉」
物音に反応してユンとハルカが駆けつける。
「何これ⁉爆発⁉」
「あの人は……」
壁が粉砕されている事に驚き、外でミオとジュンセの戦闘を確認する。そんなユンとハルカに気付いたミオが、声を張り上げる。
「ユン、ハルカ、来い!」
号令を受け、ユンとハルカは飼育委員ピンを起動し、戦闘に参加する。昼と同様に1対3の状況になった。
「またお前かっ!お前の所為でまたミオちゃんに怒られたんぞ!」
蹴りや近距離からの射撃と共に、ユンが不満を爆発させる。ジュンセは機嫌を良くしたような顔をする。
「それは、悪かったな」
言いながらユンの蹴りを受け流すと、その背中に強く振り抜いた腕をぶつける。
火花と共に衝撃音が鳴り、ミオとハルカも戦慄する。先程とは打って変わる、ジュンセの明確な反撃に驚き、本気である事を感じたのだ。
舌打ちし、ミオは得物を強く握って駆け出す。ハルカもそれに続き、二人掛かりでジュンセに迫った。
大振りで繰り出される攻撃は難なく回避し、返す殴打を二人の腕や足に見舞う。態勢を直したユンが再び襲いかかるが、これも避けると共に一撃を当てる。
乱戦の中、ジュンセは三人の攻撃を捌きながら、確実に反撃する。記憶にあるマドカの動きを見様見真似で実行し、飼育委員に挑む。
「何だよ、さっきは弱っちかったクセにっ」
ジリ貧な戦いに、ユンが感情に任せて喚く。一方、ミオは戦況に対しての驚きは無かった。元々数的不利の状況でも、ジュンセはミオたちと渡り合っていたからだ。
疑問なのは、ジュンセの躊躇いが無くなった事。ミオは受け止められる前提の斬撃を振るうと同時に問い詰める。
「訳の分からない奴だ、急にやる気を出して。どうあってもオレ達の邪魔をしたいようだな」
組み合う形の中、険悪な様子で投げられた問い掛けに対し、ジュンセもまた眉間にしわを寄せる。
「ふざけるな。そんなのあって堪るか」
覇気のある返答に、ミオは訝しげな顔を作り、ユンとハルカも面食らう。
「お前らが一緒に居られなくなんてダメだし、このまま勝手をさせる訳にもいかない」
言葉に虚を突かれたミオだったが、やはり言っている事は自分たちを否定していると読んだ。
「ふざけてるのはどっちだ。結局オレ達の時間を奪う事じゃないか」
冷淡に言い返すと、ミオは腕を振りかぶり、鉄拳を放つ。しかし、それは敵に届く事なく、掴み止められた。
密接した状態で視線がぶつかり合う。
「本当に良いのか?チヒロが納得していない今の時間で」
「分かったような事を。お前に何が分かる」
問い掛けに対し、ジュンセは胸の奥底からの想いを爆発させた。
「俺だってこの学園の生徒だからな。一緒に居たい奴が……一緒に居たかった奴がいたんだ!」
悔しさが垣間見える声を受け、ミオは息を呑む。
「ちょっ、うえっ⁉」
突飛な光景に驚き、硬直したユンに、投擲されたミオが激突する。
「ミオ!ユン!」
二人を気遣うハルカの背後に回り、その腕を掴んだジュンセが跳躍する。
ざっと4、5メートル。普通ならあり得ない高さに一瞬で至り、予想外に飛んだと焦りながら、ジュンセ身体を捻る。倒れたミオとユンに目がけて、背負い投げの要領でハルカを放った。
現実味のない荒業にハルカは唖然とし、ミオとユンも半ば放心状態になる。
衝突の威力に成す術も無いまま、三人は絡み合うようにして倒れ伏した。
着地に失敗し、ジュンセも地に倒れる。
その後、立ち上がったのはジュンセだけだ。ミオたちは、身体の節々を襲う鈍痛に苛まれ、膝立ちするのがやっとな状態になっていた。
「どうする。まだ続けるか?」
余裕そうな声音で、ジュンセは自身が優位であると強調する。
対して、ユンは解りやすく悔しそうな顔。ハルカは注意深そうな顔。そしてミオは、機嫌の悪そうな顔をしていた。
「このくらいで引き下がれるほど、ヤワな気持ちじゃないからな」
剣を杖にして、ミオは立ち上がる。
未だ戦意を失わないミオを相手にジュンセは
「もう止めて!」
甲高い叫び声に身震いし、対峙していたジュンセとミオは、声の主に目を向ける。
そこには、涙で顔をグシャグシャにしたチヒロが立っていた。
「もう止めて、ミオ……もうこんな滅茶苦茶な事は」
縋るようなチヒロの言葉。それを受けたミオは、冷やかながらも真剣な面持ちになって問い返す。
「オレたちは、お前と一緒に居たいんだ、チヒロ……」
「私だって同じです!でもこんな勝手な事をして、また離れる事に何てなりたくない。お願いだから、またいなくならないで……まだ私は、みんなに何もしてあげられてない!」
胸の内に秘めた意思を、今度は激情に任せて伝えた。知り合ったばかりのジュンセからも、本気の想いなのだと分かる熱量があった。
その温もりに、ミオの表情が溶かされる。
「そうか」
言って、ミオは剣を捨てると、足を引きずりながら、飼育小屋の前に立てられた看板に向かう。そして、その主柱を掴み、
「そう言う事だ。ユン、ハルカ、遊びは終わりだ」
気の抜けたようなミオの号令に、ユンとハルカはヨロヨロと立ち上がりながら答える。
「はい」
「ちぇ~、負けたまんまじゃん」
粛々と
怯える小動物のようなチヒロの元へ、看板を放り捨てたミオが歩み寄っていく。
「心配だったんだ。お前が、これから一人でいるのかと思うと」
「ミオ……」
そっとチヒロの頭を撫でながら、ミオは穏やかに続ける。
「俺たちを本気で諌められるようなら、きっと、もう大丈夫なんだな。ホントはもっと早く止めてくれる事も期待したが、助けてくれる奴も、自分で見つけられた」
最後は苦笑まじりに言って、ミオはジュンセを一瞥する。そんなミオに、感極まるチヒロが抱きついた。
「……でも、やっぱりまだ不安なんです。だから、もう少しだけ。ううん、最後まで、みんな一緒に居て!」
涙を隠すようにミオの胸に顔を埋めながらも、チヒロの声には頑張ろうとする強さがあった。
ミオは安堵した顔で、チヒロに温かい抱擁を返す。
「ああ。けどその前に……」
ミオはチヒロを胸から離し、今度はしっかりと、ジュンセの方に向き合う。
「ちゃんとケジメをつける事がある。ユン、ハルカ。チヒロを慰めてやれ」
「合点」
「承知しました」
入れ替わる形でユンとハルカがチヒロの元へ駆けつけ、ミオはジュンセの元へ行く。
心配そうに見送るチヒロだったが、恐怖を感じる事はなかった。
「さて、今回の首謀者はオレだ。だから……」
「そんな訳あるか!」
責任を取ろうと申し出るミオを一蹴し、ジュンセは気丈な態度で続ける。
「今回の事はあの胡散臭い先輩の企みだ。お前らが悪者にさせられるなんて絶対にさせるか」
「……ふっ、世話になりっぱなしだな。しかしまあ、オレたちが納得せずに抵抗を続けたら、どうするつもりだったんだ?」
「納得するまで倒す。腕章の力があるから、お前らはこんな無茶を始めたんだろ?」
「そうだが、こっちもお前が諦めるまで抵抗したら……」
「それは無い」
キッパリと言い切るジュンセに、ミオは興味深そうな顔で聞き返す。
「どうしてだ?」
「お前らは、四人で一緒に居たいんだろ?なら、俺なんかに構ってる暇は無い。勝てない上に、チヒロの気持ちが伝われば、納得してくれるって思った」
ジュンセの出した答えを知り、ミオは感服して思わず笑ってしまった。
「はははっ。完敗だな、大した奴だよ、お前は」
「そうでもないだろ。実際は、そっちにも色々と考えがあったみたいだしな」
悔しそうに言いつつ、ジュンセは安堵し、感情のままに話を続けた。
「さっきも言った通り、俺もチヒロに世話になったんだ。それに、多分これが風紀委員の仕事だから、気にするな。だから……」
語る途中で、ジュンセの声がしゃがれていく。
「だから……お前らはずっと、仲良くいてくれよ」
「……お前」
顔を背けるジュンセに、ミオは憐憫の目を向けた。
「せっかくまた会えたんだ。まだお前たちには、一緒に出来る事があるんだ。だから……」
打ち震えるジュンセの肩に、ミオはそっと手を添えた。
「よかった……本当に……」
「ああ、ありがとうな。今度また飼育小屋に来てくれよ。今度こそちゃんと、礼をさせろ」
すする音が微かに響き、ジュンセは制服の袖を顔にこすりつける。
「俺、会長に報告してくるから。お前ら、色々ちゃんと、後片付けして置けよ」
顔を隠したまま、ジュンセは慌ただしく告げて、その場を去って行く。
その様子を静かに見送ると、ミオも鼻をすすり、目元をぬぐって、チヒロたちの元へ戻る。
「よし、お前ら。片付けるぞ」
ミオの号令により、四人は足を揃えて飼育小屋へと向かう。
和気藹々と笑顔を咲かせるその光景は、制服の色など全く意に介していない、ごく自然な人の営みだった。
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