part6
ギリギリ朝のHRに間に合うと、理由の分からない欠席のクラスメイトがいた。担任が何か聞いていないかとクラス全員に
しかしジュンセは、欠席した生徒について、少しだけ知っていた。
担任が名前を言うまで忘れていたが、いないのはチヒロと共にいた女子生徒、ハルカだったのだ。
なんとなく不穏な気配を感じると、事件は昼休みに起こった。
支給された風紀委員用のスマホにメッセージが入り、飼育小屋に向かうよう指示が来る。
ジュンセはそれに従い、飼育小屋へと向かった。
校舎から少し離れた場所に建てられているそれは、普通の学校にある飼育小屋のイメージとはスケールが違う。
小屋ではなく完全な一軒家。
「飼育、小屋?」
渋面を浮かべつつ、ジュンセは飼育小屋の前にある看板に目をやった。
ざっと一平方メートルくらいあり、主柱がコンクリートを穿って立てられている看板には、
この飼育小屋は、飼育委員、ミオ、ユン、ハルカ、チヒロにより占有済み。部外者の侵入を固く禁ずる。とある。
つまりどう言う事だ?とジュンセは首を傾げ、カノウに連絡を取って指示を仰ぐ。
「会長、飼育小屋に着きました」
「ああ。看板は読んだな?」
「ええ、まあ」
「今年から新たに飼育委員になった生徒たちの犯行だ。別の飼育委員によると、突然飼育小屋を占拠し、立ち入り禁止を言い渡されたそうだ。普段利用している生徒と共に抗議しても、力づくで追い返され、手が付けられなかったと話している」
「どうするんです?」
「飼育小屋は全校生徒が利用できる公共の場だ。即刻占有を撤回させ、ちゃんと授業にも出席させるようにしてくれ。方法は任せる」
「いや任せるって、誰かが暴走したとがじゃなかったんですか⁉」
「校内の風紀を正すのも、風紀委員の仕事だ。暴走を未然に防ぐという意味合いでもある。頼んだよ、ジュンセ」
「……了解です」
通話を終え、ジュンセはスマホを戻しながら、チヒロたちの事を考える。
朝からハルカが無断欠席していたのは、この騒動の為であり、それはチヒロや他の女子たちも同じだろう。
すでに他の飼育委員たちも困っているようだし、このままだと、他の生徒にも迷惑が掛かるかもしれない。
何故そんな事をしているのか?
少なくとも、チヒロがこの件に加担しているとは考えにくい。
確かめるべく話を聞きに行こうと、ジュンセは看板を無視し、正面の扉から入ろうと動く。
「正面から入るの?」
緊張感に呑まれていた所へ不意に質問が投げられ、ジュンセは肩を震わせながら振り返る。
「り、リア⁉」
真後ろに立っていたリアに驚くと、ジュンセは困惑する顔で問い詰める。
「お前、ついて来たのか⁉」
「そんな事より、大丈夫なの?正面から入って」
ジュンセの質問を一蹴し、有無を言わせぬ勢いでリアが聞き返す。
「……まあ、問題の奴らとは話した事があるから、取り敢えずな」
「そう……なら行こうよ」
「あ、ああ」
流されるまま、ジュンセはリアを連れて、飼育小屋の扉に手を掛ける。
意外にも施錠はされておらず、 すんなりと中へ入れた。
飼育小屋と言うだけあって、やはり獣独特の臭いがあった。
しかし気になる程ではなく、それ以上に芳しい香りが、ジュンセたちを迎えた。
「なんか、美味しそうな匂いが……」
「確かに」
リアの感想に同意しつつ、ジュンセは廊下を進み、匂いのする部屋を見つける。
慎重に近づき、半開きの扉を開くと、ジュンセは中の光景に唖然とした。
「ん?ああっ、お前!」
箸を並べていたユンが、最初にジュンセたちに気付く。
その声に反応して、洗い物をしていたミオと、お盆を片付けていたハルカが、ジュンセたちに目を向ける。
「確か、この前の……」
「ウサギを捕まえてくれたヤツだな。どうした?」
「どうしたって、お前らこそ何やってるんだよ?」
呑気に聞いて来るミオたちに、ジュンセは思わず突っ込む。
訪れた部屋は、周囲を動物用のゲージで囲まれたリビングになっており、中央のちゃぶ台には、色鮮やかなサラダに、出し巻卵と生卵、味噌汁に白飯と、数種類のフライが盛り付けられた皿が並んでいる。
「見て分かるだろ、昼飯だ」
あけすけな態度でミオが答える。
一応この飼育委員たちは、飼育小屋を占拠し、籠城しているとの事だった。
しかし、緊迫感を一切感じさせない長閑な食卓を前に、ジュンセは困惑して立ち尽くしてしまう。
そんなジュンセに、手を拭いながらミオが申し出る。
「丁度いい。せっかくだから食べていけよ。この前の礼と詫びって事で」
「え?」
「ええっ⁉そしたら僕の分のフライが減っちゃうじゃん!」
驚くジュンセを他所に、ユンが
そんなユンを、ミオが鋭い視線で射抜く。
「お前が手を出したのが悪いんだろうが!」
ミオの一喝を受けると、ユンはバツの悪そうな顔になって萎れてしまう。
そんなミオに、ハルカが寄り添う。
「まあまあ。私のを分けてあげますから」
「ホント⁉ハルカちゃん大好き!」
瞬時に目の色を変えて、ユンはテキパキとジュンセたちの分の食器を準備する。
「ほら、連れの奴も入れてやるから、座って待ってろ」
「取り敢えず、座るか?」
「ああ、うん」
ミオの言葉に従い、ジュンセとリアは空いている場所に座り込む。
待つこと数分、二人の前にも白飯や味噌汁などの料理が並べられた。
いただきます。と小学校の給食のようなテンションで食前の挨拶を行い、各々箸を取って料理を食する。
「うまっ!」
「おいしい……」
ジュンセとリアが率直な感想を漏らす。
ミオたち三人がすごいドヤ顔になった。
「ヤバいな、普通に美味い」
本来の目的を忘れないよう気を付けながらも、ジュンセは本能のままに箸を進める。
すると、口にしたフライの一つに馴染みの無い味を覚えた。
「これ、うずら……じゃないよな?」
衣に包まれた小さく丸いそれは、中から火の通った黄身を輝かせていた。
そのサイズ感からうずらの卵を想像するジュンセだが、それをミオが訂正する。
「それは亀の卵だ」
「亀⁉え、亀の卵って食えるのか?」
「普通の亀だと、雑菌とかがヤバいらしい。ただ、ここのは亀を含めて、管理している動物たちが特殊だからな、大丈夫だ」
丁寧なミオの説明を受けて、ジュンセは亀の卵フライを一気に食べると、遅れて疑問を口にした。
「動物たちが特殊?」
ジュンセが聞いたタイミングで、ミオはアジのフライを白飯と共に頬張ってしまう。
律儀に説明しようとミオは咀嚼を急ぐが、それを制するように、ハルカが代わった。
「ここの動物たちにも、私たち施された技術、その応用技術が使われています」
ハルカの言葉に反応し、リアが剣呑な表情になる。
だが、ハルカはリアの様子に気付かず、ジュンセへの説明を続けた。
「新世代医療技術を、動物に使用してデータを取りつつ、その技術によって制御した動物を、生徒のメンタルケアにも利用する。この飼育小屋は、その為の場所なんです」
「動物にも……」
リバイブの事が脳裏を過るが、隣にリアがいる為、ジュンセはその単語を呑み込む。
だが、その配慮は徒労に終わった。
「ああ、動物にリバイブを使ってるんだよ」
口の中の物を飲み下したミオが補足し、その発言にジュンセは愕然とした。
「ちょ、おまっ、それは……」
「ん?ああ、口止めされていたな、そう言えば。でもお前は知ってるんだろ?」
「いや、俺はよくても……」
言いながら、ジュンセはリアの顔を伺う。
ジュンセの反応と聞き慣れぬ単語に、リアは怪訝そうな顔をしていた。
もう誤魔化せそうにないと、ジュンセは諦念し、その様子に眉をひそめながら、ミオは続けた。
「まあ、今更オレたちが気にするのも変だろ、こうして飼育小屋を占拠してるんだからな」
「っ、問題を起こしてる自覚はあるのかよ……何でお前ら、こんな事してるんだ?」
核心を突く質問に、ミオたち三人は表情を固くした。
そしてやはりと言うか、ミオが代表して、行動に至った理由を語り出す。
「オレたちも、ここに居る動物たちと同じでな。一般の赤い制服の連中とは違う、リバイブの措置を受けている」
ジュンセとリアは、それぞれ違う意味合いの衝撃を受けて目を見開く。
「それ自体はオレが頼んだ事だ。歳の違うこいつらと、残りの時間を一緒に過ごす為に、無理を言って都合をつけてもらった。身体を弄る事を条件にな……晴れてオレたちは、同じ学年にまとめて入学させてもらった訳だ」
どこか自嘲気味にミオが語り、ジュンセは複雑な感想を抱いた。
一緒に居られるようになって良かったとは言えず、けれど今のミオたち三人や、昨日のチヒロの事を考えると、悪い事だと思えなかった。
「何か問題があったのか?その……身体を弄られて、何か……」
恐る恐るジュンセが聞くが、ミオはケロッとした顔になる。
「イヤ。まあデータを取るとかはメンド臭いが、ぶっちゃけ都合のいい事の方が多いぞ。なあ、お前ら」
「うん!楽しい事が出来るようになった」
「未知の体験というものは、中々に刺激的で良いものです」
ユンがウキウキした顔で頷き、ハルカが淑やかに首肯する。
深刻な事情なのだろうと気を引き締めていたジュンセは、三人の反応に妙な脱力感を覚える。
「だったら、何でこんな事してんだお前ら」
疲れたようにジュンセが尋ねると、ミオが神妙な面持ちになって答える。
「……欲が出たんだよ。せっかく四人また一緒になれたから、一秒でも長く一緒に居たいってな」
唐突に空気が変わり、ジュンセとリアは息を呑んだ。
箸を置き、おもむろに立ち上がったミオは、ちゃぶ台を回ってジュンセの元へ向かう。
その道中に、ユンの頭を優しく撫でた。
「オレたちの時間は残り少ない。そんな貴重な時間を、授業だ何だに割くのは勿体ないだろ?だからオレたちは、ここで最後の最後まで、一緒に暮らすと決めたんだ。悪いか?」
傍らに立って、ミオはジュンセを見下ろし、誇らしげに問う。
自身の信念と願いに一切の迷いを持たない、強い意思が込められた問い掛けだ。
その気迫に呑まれそうになるも、ジュンセは負けじと言い返す。
「悪いとは思わない。けど、この学校でのルールだってある」
「確かに、この学校のお陰で、本来終わるハズだったオレたちが今もこうしていられる。けどだからって、何もかも学校の言うままに従うのは、ホントに正しいのか?」
挑発するような物言いを受け、ジュンセは立ち上がってミオと対峙する。
曲がりなりにも風紀委員として来たのだ。ここで言い負かされる訳にはいかなかった。
「それも、絶対に正しいとかは言えない。けど、守らなきゃいけない線引きは絶対にあるんだ。誰かがそれを蔑ろにし続けたら、みんなが勝手をする事になる……」
この学校なら尚更、と言いそうになるが、ジュンセはそれを堪え、毅然とした態度で続ける。
「それで割を食う奴も出てくる。現に今、ここが使えなくて迷惑してる奴もいるんだろ?」
追い返した生徒たちの事を言及され、ミオは
「ふん。もっともらしい事も言うんだな」
「それだけじゃない」
食卓から状況を見守るユンとハルカを一瞥し、ジュンセはミオに指摘する。
「一緒に居たいって話だが、何でチヒロがいないんだ?」
「っ、何でお前がチヒロの事を聞く?」
「昨日、少し世話になった。だから気になってたんだ。何でアイツが、こんな騒ぎに加わってるのかって。友達のお前らに付き合ってるとも思ったが、なら何で、ここに居ないんだ?」
ミオの言い分である、一緒の時間を長く過ごしたいという願い。
それは、表の看板に名が連ねられていた全員が揃わなければ成立しない願いだ。
昼飯時の団らんにチヒロがいないのは、チヒロが今回の件に納得していない証拠だと睨み、ジュンセはそれを突き付ける。
「チヒロは反対してるんじゃないのか?こんな無茶苦茶な事を。なのにお前らは、一人欠けた状態で、一緒に居たいと言い通すのか?」
理屈の綻びを突いて問い詰めると、その言葉に反感を抱いたユンとハルカが立ち上がる。
今にも飛び掛かりそうな二人を、ミオが手を差し伸ばして制した。
「分かったような事を言って……けどまあ、チヒロの事を考えてくれてもいるのか」
「ホントに少ししか話してない。けど、アイツがすごく良い奴なんだってのは分かる」
「ふっ、それはそうだろう」
チヒロに対する評価を聞き、嬉しくなったミオは小さく笑った。
「……オレたちの我が
「もっと他にやりようはあるだろ?少なくとも、こんなやり方は、敵を作るだけだ」
「そうだな。それでこのままだと、お前も敵になるだろうし。なら……」
「他の連中と同様、力づくで追い払うしかないな」
不敵な笑みを浮かべると共に、ミオはポケットから安全ピンを取り出した。
手のひらいっぱいに収まるくらいのサイズをした、金具に『飼育』と文字が彫られている安全ピン、飼育委員ピンだ。
「それはっ」
掲げられたピンの存在にジュンセが吃驚し、それと同時に、ミオは金具から針を外した。
起動の合図を受け、何処からともなく『飼育』と記された腕章が飛んで来た。
「な、何これ⁉」
初めて腕章を見るリアが驚愕する。
腕章は表面に敵キャラのような厳つい顔を浮かべ、ミオと対峙するジュンセの周囲を
今にもぶつかりそうな距離感と勢いに怯み、ジュンセは後退する。
間合いが開くと、腕章はミオの元へ飛び込み、その左腕に噛み付いた。
痛みに顔をしかめつつ、腕章にピンの針を刺し、腕ごと貫く事で、ミオは腕章を装着する。
腕章から火の粉のような粒子が吹き出し、それが身体に溶け込むと、ミオは全身に力を感じ、首をコキコキと鳴らした。
「礼と詫びが半端に終わって悪いが、出ていってもらうぞ」
言って、ミオはジュンセに肉迫し、その首を掴んでリビングから引きずり出す。
「ユン!ハルカ!」
「合点!」
呼ばれてすぐに二人は動き、ユンは飼育小屋の玄関を開け、ハルカはリアに出て行くよう催促する。
「そういう訳なので、お引き取り下さい」
「え、ええっ⁉」
ハルカに腕を引かれ、リアが先に追い出される。
続いて、ミオがジュンセを力任せに引っ張り、玄関から外に出ると、そのまま突き飛ばした。
まるで
「ジュンセ!」
心配する声を上げて、リアはジュンセに駆け寄る。
「クソ。交渉決裂かよ」
悔しげな声を漏らして立ち上がり、ジュンセは懐から風紀委員ピンを取り出す。
だが、ピン持つ手が強張った。
相手が力を持つ故に、思わず対抗手段を取り出したが、それを使うべきか迷ったのだ。
話し合いで解決しない以上、実力行使に移るのは仕方がないが、普通の喧嘩と違うこの状況下で、どうするのが正しいのか、ジュンセには分からなかった。
しかし、そんな事をミオたちが気にするハズもなく、むしろ手にした風紀委員ピンに気付かれ、状況が悪化する。
「お前が風紀委員だったのか⁉」
「え、風紀委員て、僕たちの敵の?」
「ヒュウガ先輩によれば、そう言う事ですね」
思わぬ所でヒュウガの名前が上がり、ジュンセは目を見開く。
「ヒュウガって、何でアイツの名前が⁉」
ジュンセの問い掛けに対し、ミオは腕章を指差して、正直に答える。
「この力をくれたのが奴だ。これがあるからオレたちは事に踏み切った。そして、いずれ風紀員がそれを止めに来るから、それを全力で返り討ちにしろともな」
「なんだと⁉」
つまり今回の事件は、ヒュウガが発端でもあるという事だ。
どういうつもりなのだ、とジュンセは混乱するが、それを考える暇すら与えない程に、状況は加速していく。
「そう言う事だ。悪いが徹底的にやらせてもらうぞ。ユン!ハルカ!」
「よーしっ」
「承知しました」
ミオの号令に応えると、ユンとハルカは、それぞれミオの隣に並び立つ。
そして、各々手に持った飼育委員ピンを掲げ、二人は同時に金具から針を外した。
新たに二つの『飼育』と記された腕章が現れ、ユンとハルカの腕に噛みつく。
「痛っ……」
「んっ……」
痛みに声を漏らすも、二人は気丈な顔で、腕章と腕を針で刺し貫く。
そうしてミオと同様に、力を身に纏った。
「徹底的、でしたねミオ」
「ああ。ようやく本気を出せる」
「やったぁぁぁー」
力を得た高揚感と、それを行使する開放感に、三人の声が弾む。
すると、ユンの背中から、半透明の白い翼が生え、その両手に羽の意匠が施された拳銃が出現する。
ユンは二丁拳銃を格好良く構えてポーズを決めた。
「え?」
突飛な光景にジュンセは声を漏らして戸惑うが、間髪入れずに、ハルカの手に
その先端は、亀の甲羅のような造形をして、とても硬そうだった。
「は?」
思考の追いつかないジュンセへ見せつける様に、トリを務めるミオが空に向けて手を伸ばす。
そこから燈色の両刃と草色の装飾を施された
「はあぁぁぁ⁉」
瞬く間に武器を携えた三人を前に、ジュンセは理不尽を覚えて思わず叫んだ。
「な、何だよそれは⁉」
「知るか。使えるから使ってる、それだけだからな」
「へへーん、カッコいいだろー」
ミオが一蹴し、ユンが自慢げに銃を見せつける。
そんな二人の横で、ハルカはウズウズした顔になり、静かに錫杖を揺らしていた。
理屈は分からないが、一気に危機感が増し、ジュンセは風紀委員ピンを起動した。
『風紀』と記された腕章が現れ、腕に噛みつくと、ジュンセは針で刺し留める。
「くっ……」
痛みを耐えて力を身に宿し、ジュンセは鋭い視線でミオたちを見据える。
「準備が出来たか。で……」
剣を肩に担いでミオは視線を移し、リアに注目する。
「そっちの連れはどうするんだ?」
ミオに言われて、ジュンセは忘れていたリアの存在を思い出す。
「リア……」
「ジュンセ、それは……?」
完全に状況に置いて行かれているリアだが、混乱しながらも腕章の事を聞こうとしている。
その度胸に感心しつつ、戦力外であるとジュンセは判断する。
「悪い、今は離れててくれ。危ないから」
「……うん」
理解は追いつかなくても、緊迫した空気は読めたので、リアはジュンセに従い、その場から十分な距離を取って、設置されている自販機の陰に身を隠した。
それを見届けると、ジュンセは改めてミオたちと対峙する。
「そう言う事だ。アイツには手を出すなよ」
「もちろんだ。それじゃ遠慮なく……やらせてもらう!」
戦端が開かれ、ミオとユンが同時に飛び出し、ジュンセへと迫る。
そして、ミオより一歩早く間合いに入ったユンが、近距離でジュンセに銃口を向けた。
「いただき!」
躊躇いなく引き金を引き、弾丸が放たれる。鳥の卵のような
乾いた音と共に火花と衝撃が生まれ、痛みを感じる。だがその程度だった。
ジュンセはまず武器を奪おうとユンに手を伸ばすが、ユンは背中の翼を羽ばたかせ、それにより発生した推進力を駆使し、軽快にジュンセから離れた。
それを目で追うと、ジュンセは向かって来ていたミオがいない事に気付く。
直後、背後に注意を向けると、剣を振りかぶったミオが迫っていた。
「そらぁ!」
裂帛と共に剣が振り下ろされ、対処しようと身体を捻ったジュンセのボディに刃が通る。
その軌跡を辿って火花と衝撃が走り、同時に深く引っ搔かれるような痛みが、ジュンセを襲った。
「ぐうっ」
苦悶の声を上げて怯むジュンセに、ミオは連続で斬撃を見舞う。
何とか腕を盾に防ごうとするが、手数と勢いに負けてジュンセは吹っ飛ばされた。
ゴロゴロと地面を転がり、ジュンセは体勢を立て直そうと身を起こす。
すると、自身を覆う影を見て、背後にハルカが佇んでいる事に気付いた。
両手で錫杖を構え、ハルカは豪快なスイングを繰り出す。
「粉砕……」
数メートルほど飛び、ワンバウンドしてジュンセは倒れ伏す。
だがすぐに身体を起こし、斬り掛かってくるミオの剣を、両腕をクロスさせて受け止めた。
硬い手応えに手が痺れ、ミオは舌打ちする。
「風紀委員だけあって、やっぱりお堅いな。潰し甲斐があっていい!」
剣を押し付けながら軽口を叩くミオに、ジュンセは苛立ちを覚える。
「お前ら、調子に乗るなよ……」
その時、トウヤの事が脳裏に浮かび、ジュンセは拳を構えたまま硬直した。
「ミオちゃん!」
反撃を阻止すべく、ユンが飛び蹴りを見舞ってジュンセとミオを引き離し、ハルカが追撃の殴打を振るって援護する。
そうして距離が開くと、ミオは明らかに攻撃を躊躇ったジュンセを不思議に思い、その動きを注視する。
ユンとハルカの攻撃をどうにか捌き、何度か反撃の挙動を取るも、ジュンセは手を出そうとはしなかった。
「アイツ、何考えてるんだ……?」
そんな疑問をミオが抱くと、離れた場所、校舎の二階の窓からジュンセたちを見ていた女子生徒、スミネがその答えを呟く。
「……怖がってるんだね。また失敗するかもって」
トウヤを死なせてしまった事を引きずり、ジュンセは自身の攻撃が相手の死に結びつくのではないかと畏怖しているのだ。
暴走していなくとも、相手はリバイブによって蘇った生徒だ。何が起こるか分からない不安が、ジュンセを躊躇させる。
そんなジュンセの心情を、スミネはなんとなく見通して、悶々と
「はあ、どうしようかなー。このまま心が折れてくれても……でもそれは可哀想かな」
複雑な気持ちを顔に出して、スミネはジュンセの様子を眺める。
もう攻撃する気が無いのか、ジュンセは飼育委員たちの攻撃を防ぐ事に専念していた。
「もうー、これマドカ的には覚悟が足りないって感じなんだろうなぁ」
落胆した様子でジュンセを評価するが、その顔は徐々に緩みだし、喜びの色が滲み出る。
「お説教だね、これは」
まるで後の楽しみを見つけたような笑みを浮かべ、スミネは早く戦いが終わらないかと、現場を凝視した。
しかし、防戦一方のジュンセは逃げようとせず、好転しない状況の中で足掻き続けている。
「まだかなぁ~早く終わんないかな~」
無邪気な顔で、スミネはその時を待つ。
程なくして、それは訪れた。
防御に徹して、ミオたち三人のスタミナ切れを狙っていたジュンセだったが、突然、攻撃を受けていないのに、全身に弾けるような衝撃が発生した。
「ぐっ、何だ⁉ぐああっ」
バチバチと音を立てて、身体の各所に火花を散らせ苦しむジュンセに、ミオたちも困惑する。
「おいどうした⁉」
異常を肌で感じ、ミオが問い掛けるが、ジュンセは言葉を返す事が出来ず、意識を失ってその場に倒れた。
動かなくなったジュンセの腕から風紀委員ピンが外れ、解放された腕章が飛び去って行く。
「ジュンセ⁉」
遠くで見ていたリアが悲鳴じみた声を上げ、ジュンセの身を案じて駆け出す。
「あー限界が来た感じ……うわ、大丈夫かな?」
同じく遠くで眺めていたスミネも心配する顔になり、忙しなく制服の内ポケットから安全ピンを取り出した。
『保健』と金具に文字が彫られた保健委員ピンを起動し、スミネは窓から飛び降りた。
それとほぼ同時に、スミネの腕に『保健』と記された腕章が噛み付き、針で刺し留めて腕章を装着する。
リバイブによる力を得た事で、落下の衝撃を耐えきり、スミネはジュンセの元へと急行する。
「どうしたんでしょうね、彼は」
「もしかして死んだ振りかな?ちょっと撃ってみる」
「待てっ、ユン!」
倒れたジュンセを不審に思い、騙し討ちを疑ったユンは、ミオが止めるより早く発砲する。
弾丸が放たれ、それに戦慄したリアが足を止めた。
刹那、ユンの弾丸は、白いカーテンに阻まれた。
突如現れたカーテンにミオたちやリアが吃驚していると、カーテンは開かれるように消え、その中からスミネが現れた。
「はいストップストップ。ドクターストップね。戦いはここで終了」
パンパンと手を叩いて、スミネが場を仕切り始める。
「今回は飼育委員の勝ち、負けた風紀委員は私が保健室に連れてくから、この場はそれで決着。いいね?」
一方的に宣告するスミネに、ミオは微かな反感を抱いた。
「おい、急にしゃしゃり出てきて、何なんだお前は?」
「見ての通りの、保健委員です。因みにアナタ達よりいっこ上の先輩だからね」
腕章を見せつけながら、スミネは真面目な態度で答えた。
先輩が相手だからと物怖じするミオではないが、真っ向から職務に取り組もうとする姿には心が揺れ、ジュンセの状態も考えて、言う通りにするのが妥当だと判断する。
「ふん……ユン、ハルカ。戻るぞ」
腕から針を抜き取り、ミオはそそくさと飼育小屋に戻っていく。
「え、もういいの?」
「ミオが言うのですから、今日はもうお終いです」
ピンを外しながらハルカが言うと、ユンもそれに習って腕から針を抜き、共に飼育小屋へと戻る。
それを見送ると、スミネは振り返り、倒れているジュンセの容体を確認する。
「……うん、気絶してるだけだね」
身体に問題がないと解り、スミネは安堵の息を漏らして、落ちた風紀委員ピンを回収する。
「全く、世話が焼けるんだからーもう」
億劫そうな言葉遣いだが、声から喜びの感情だだ漏れであった。
ジュンセの世話を焼く事はスミネの義務であり、スミネにとって途方もなく幸福な事だからだ。
そして、宣告通りジュンセを保健室へ運ぶべく、その身体を抱き上げた。
「うわ、身体デカ……持ちにくっ」
腕章から得られるリバイブのお陰で、持ち上げること自体は容易だった。
しかし、スミネとジュンセでは体格差があり、ジュンセを担ぐには少々肩幅が足りていなかった。
それを見かねて、リアが声を掛ける。
「あの、手伝った方がいいですか?」
「ん?あー、ありがとう。でも大丈夫。運べなくはないし、それに何より……」
瞼の閉じたジュンセの顔を見て、スミネは感慨深い顔になる。
「久しぶりにね、抱っこしてあげたいんだ。だから、今回は私一人に任せて」
温かい言葉を受けると、リアは率直な疑問をスミネに投げる。
「あの……アナタは、誰ですか?」
リアの問い掛けに、スミネは答えるかどうか少し悩んだ。
だが、腕章まで見たリアに、今更隠す事もないだろうと、スミネは答える。
その返答にリアは驚愕し、話がしたいと、スミネに付いて行く事にした。
リアを連れて、ジュンセを担いだスミネが保健室へと向かう。
その様子を、飼育小屋の二階の窓からチヒロが見ていた。
申し訳なさそうな顔をして、瞳は今にも泣き出しそうなくらいに潤んでいる。
スミネたちが見えなくなり、チヒロはその場でへたり込んだ。
「ごめんなさい……」
誰にも届かないと分かりながら、チヒロは心からの謝罪を口にし、逃げるように
その様子を、部屋のあちこちに置いてあるゲージから、動物たちが眺めていた。
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