part3

 生徒会室を後にしたジュンセは、亡霊のように校舎を彷徨っていた。

 トウヤの死。

 ミサトが暴走するかもしれない不安。

 暴走した生徒を救わなければならない重責。

 それらが一気に詰め込まれ、これからどうするべきか?と曖昧あいまいな問題が頭の中で巡る。

 だが、気持ちが沈み、思考が鈍り切ったジュンセでは、その答えは見つけられない。

 けれど、考え続ける事は無駄ではなかった。立ち止まる事がないからだ。

当てもなく校舎を散策していたジュンセは、屋上へと続く階段に辿り着いていた。

 そこでジュンセは、マドカの事を思い出す。

 そしてまた考える。マドカは何を思って、風紀委員という仕事を引き受けていたのか。

 明るい性格のようだから、人の為に働こうと考えたのか?

 だとしても、トウヤの為に自分の命を、大切な時間を投げ打とうとしたのは何故なのか?

 疑問が湧き上がり、ジュンセはマドカと話したいと思った。

 しかし、マドカは今、眠っている。

 カノウから聞いた話によると、マドカは残り僅かなリバイブを温存する為に、リバイブの技術の応用で、SFで言う冷凍睡眠のような状態にあるとの事だ。

 聞きたかった。

 どうしてこの謳泉学園を良い所と言ったのか。

 その答えは、卒業式まで聞く事は出来ない。

 寂しさと虚しさを噛みしめると、ジュンセは学生寮へ帰るべく、踵を返した。

 すると、その先に人がいた事に気付く。

 赤い制服を着る、明るいセミロングをツーサイドアップに纏めた端正な顔の女子生徒。

 ジュンセのクラスメイト、リアだ。

 両者の視線がぶつかり、妙な気まずさが生まれると、先にリアが反応した。

「あ……よっ」

「お、おう……」

 ぎこちない挨拶を交わすと、余計おかしな空気になる。

 堪らずにジュンセは、素朴な疑問を投げた。

「えっと、どうしたんだ?こんな所で」

「こんな所っていうか、その……ずっと付いて来てたの、気付いてた?」

「えっ、いつから⁉」

「HRが終わってから、ずっと」

「マジか……」

 思い詰めていたとはいえ、全く気付かなかった事にジュンセは嘆息する。

 そして、何故リアがそんな事をしていたのか、率直に尋ねる。

「俺に何か用か?」

「あ……うん、まあ……聞きたい事が」

「聞きたい事?」

「うん、その……今は、大丈夫?」

「え?」

「だって、すごい辛そうな顔してるから、話し掛け辛かったし……」

「ああ……」

 確かに今のジュンセは、嫌な事があったのだろう、と誰でも心配になる顔をしていた。

 なんとなく自覚しつつ、ジュンセはリアの質問に答える。

「内容による」

 了承を得ると、リアは恐る恐る問うた。

「……生徒会室に行ってたよね」

「行ったな」

「何をしに行ってたの?」

 強い意思を持った目で、リアが問い詰める。

 生徒会と関係していたからマドカを追っていたのだ。そのマドカと関わり、生徒会室に出入りしたジュンセに興味を持つのは当然だろう。

 理由が気になるジュンセだったが、今は追求しない事にした。

なんとなく複雑そうな事情だろうと想像し、それを聞く気力が無いからだ。

「悪い、話せないんだ」

 風紀委員や暴走については、口外しないよう念を押されたばかりなのだ。

 ましてや赤い制服を着るリアには、話し辛いなんてものではない。

 適当にあしらう事に負い目を感じつつ、ジュンセはリアとすれ違って、そのまま寮へ帰ろうとする。

 刹那せつな、ジュンセは横殴りの力に押され、廊下の壁に押し付けられた。

 すれ違い様に、リアが側面から体当たりし、そのまま抱きつく形でジュンセを止めたのだ。

「な、何だ?」

「お願い!」

 狼狽するジュンセに、リアは上目遣いで頼み込む。

 その瞳には、媚びるような甘い雰囲気は見えず、必死な想いを伝えようとする熱が込められていた。

「知りたいの!生徒会について、お願い、教えて!」

 確かな活気が感じられる視線に惹かれると、ジュンセはリアに、マドカと似た雰囲気を感じた。

 一度死んでいるという事を忘れさせる生き生きとした眩しさ。

それが、リアにはあった。

 猛烈にリアに対する興味が湧き上がり、ジュンセは話がしたくなった。

 しかし、要求に応えるのは難しい。

そして、自分の勝手だけを通すのは納得が出来ない。

 歯がゆさを覚えながら、ジュンセはこの場を収める提案を出した。

「分かったよ、でも今日は勘弁してくれ」

「え……?」

「何か話せるかを整理しとくから、話すのは、またにしてくれ……」

「話し……教えてくれるの?」

 まるでダメ元の追及だったと明かしているように、リアは面食らった顔で聞き返す。

「ああ。でも口止めされてる事もあるから、洗いざらいは、さすがに……」

「あ、ありがとう!」

 救われたような笑みを浮かべて、リアは感謝の言葉を告げる。

 どうにか納得してくれたようなので、ジュンセは気を抜き、ドッと疲れたように表情が冷めて、徐々に密着する柔らかい温もりを意識する。

「それと、こういうのは、止してくれないか?」

 豹変したジュンセの様子に気付き、リアは慌てて身体を離した。

「ご、ごめん」

「いや、まあ……取り敢えず、またな」

「う、うん。また!」

 待ち遠しい約束に心を躍らせて、リアは足早に去って行った。

 その足取りから、リアの高揚が見て取れ、ジュンセは少し気が楽になった。

 別に風紀委員としてではないが、赤い制服の生徒の役に立てたような気がしたからだ。

 だが、すぐに見落としに気付く。

 クラスメイトであるリアと教室で会えるのは、休日をまたいだ週明けだ。

 お互いに連絡先も知らないので、それまでに出会うには偶然に頼るしかない。

 昨日まで尋ね人に会えず焦らされたジュンセだ。会うまでのもどかしさを強いてしまったかもしれないと、申し訳なさに気を重くした。

追い掛けて予定を合わせる気力も湧かず、寮への道中で遭遇するのも気まずいと思い、ジュンセはもうしばらく、校舎を彷徨う事にした。

 そうして動いている内に、リアの期待に応えられるかどうかが不安になり、ジュンセは更に気を重くして、ゾンビみたいな動きになっていく。

 謳泉学園では、割と洒落にならない動きだった。


                    

 

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