part2

 トウヤが二度目の死を迎えた次の日。

 心の整理がついていないジュンセだったが、重要な用件があるとして、放課後に生徒会室へ連行された。

 ホワイトボードや書類棚に囲まれて、会議に適した配置で長机が置かれている。

そのテーブルの上にヒュウガが腰掛けていた。

 そして生徒会室の最奥、重鎮じゅうちんが座るに相応しい上質なデスクで、堂々と着席しているカノウが、ジュンセを迎えた。

 生徒会室は、ジュンセとカノウ、ヒュウガの三人だけの空間となる。

「ジュンセ。今の君の気持ちは察するが、マドカから腕章をたくされた以上、話しておかなければならない事がある」

 気遣う様子もあるが、それ以上に威圧感を放つ、カノウの真剣な声。

 塞ぎ込んでいたジュンセだったが、その雰囲気に息を呑み、危機感を覚えて気を引き締めた。

「まずは昨日、君の友人、トウヤに起きた現象についてだ」

 言って、カノウは視線をヒュウガに向け、連れられてジュンセもヒュウガの事を見る。

 どこか得意げな態度が腹立たしく、ジュンセは無意識に拳を握った。

「この謳泉学園にいる赤い制服の生徒。そいつらに施されているのが、新世代医療技術、死者蘇生をも成せる力、リバイブだ」

 昨日も一度だけ聞いた単語に、ジュンセは怪訝そうな顔になる。

「そのリバイブって、そんな名前は説明会で聞かされてなかった」

「ああ。隠してるからな」

「えっ⁉」

 思わぬ返答にジュンセは声を漏らすが、ヒュウガは構わず続ける。

「死亡した人間の体内に投与する事で、リバイブは脳や内臓器官に働きかけ、その機能を回復させ、死ぬ前の状態を再現する。そうする事で、死者蘇生を成り立たせているんだ。つまり、リバイブとは……」

「ヒュウガ。トウヤに起きた事について、先に説明しろ」

 余計な解説を始めようとするヒュウガを、カノウが窘める。

「へいへい。じゃあ、ザックリと説明するぞ?リバイブは、感情の起伏きふくによって暴走、循環が激しくなり、そうなると消耗が早くなる。単純な話、お友達は気持ちを抑えられなかった事で、リバイブを一気に無駄遣いした。そして体内のリバイブが底を尽き、死んだ訳だ」

 簡潔な説明の中で、改めてトウヤの死を突き付けられ、ジュンセは悲痛な思いを噛みしめる。

 諦め切れない想いが、単純な思い付きを口にさせた。

「そのリバイブを、またトウヤに使えないのか?」

「無理!一度蘇生までさせると、身体とリバイブが互いに最適化して、新たに投与するリバイブを受け付けなくなる。最初に投与する量も限度があるから、赤い制服の生徒は、基本卒業とその少し先までしか生きられないんだよ」

 抱いた幻想を容赦なく否定され、ジュンセは悔しげにヒュウガを睨む。

「どうすれば、トウヤは死なずに済んだんだ?」

 未練がましい問い掛けに対し、ヒュウガは不敵な笑みを浮かべて答える。

「いい質問だ。暴走した生徒は、何もドバドバとリバイブを消費し続けている訳じゃあない。瞬間的に大量のリバイブが吹っ飛んでいく。それを抑える為の効率的な手段であり力が、お前がマドカから引き継いだピンと腕章だ」

 言われて、ジュンセは制服の内ポケットにある風紀委員ピンを意識する。

「ピンにより腕章を呼び出し、針で腕章を腕に刺し留め装着する。これにより装着者は、制御に特化したリバイブを腕章から得られ、それを暴走した生徒にぶつける事で、その生徒のリバイブを鎮静化し、暴走を止める事が出来る」

「じゃあ何で、俺はトウヤを助けられなかったんだ⁉」

 行き場の分からない悲しみで顔が歪み、ジュンセは感情的な声で問い詰める。

それを哀れむような目で眺めながら、ヒュウガは話しを続けた。

「腕章から供給される、制御に特化したリバイブだが、それ自体を制御するのも難しいんだ。出力が強くてな。ただ半端な出力だと暴走も抑えられない。だから、そういう仕様になってる」

 一拍置いて、ヒュウガは気を取り直すように、また得意げな顔になる。

 それはどこか、痩せ我慢をするような風にも見えるが、ジュンセには気付けなかった。

「それで、だ……リバイブは抑え込もうとする力が強くなるほど、反発して暴走が激しくなる。腕章からのリバイブが強過ぎたり、あと、物理的に拘束したりしようとしてもな。制御の上手くできないお前や、カノウが相手をしても、昨日のアイツは助かる可能性は低かった。暴走を抑えつつ、反発も起こらない際どいラインを維持した攻撃で徐々に鎮静化し、最後に決め技で暴走の核となるリバイブを発散させて、ようやく暴走は止められる。そして、あの場にそれが出来る人間はいなかった。マドカが動けなくなった所で、救いようが無かったんだよ」

 丁寧な口調での説明が終わり、ジュンセは昨日の状況をおおむね理解した。

 しかし、悔やみきれない気持ちは変わる事なく、暗く重苦しいもやに包まれたような感覚が、ジュンセを苛める。

 そんなジュンセに、カノウから無情な言葉が掛けられる。

「いつまでも、悲しみに暮れられては困るよ、ジュンセ」

「……え?」 

「マドカが動けなくなった今、これから発生するリバイブの暴走は、マドカから風紀委員の任を継いだ、君に対処してもらう事になる」

「でも、俺がやったら、暴走した相手は……」

「最悪、最初の内の何人かは、諦めるしかないだろう」

 言葉から悲しみや悔しさといった感情が垣間見える。

 それでも、そんな簡単に片付けて良い事ではないと、ジュンセは確信した。

「他にいないんですか?マドカ先輩意外に、風紀委員が出来る人は⁉」

「では聞こう。暴走した生徒をまた死なせてしまうかもしれない、マドカのように、暴走した生徒にやられて自らが死んでしまうかもしれない。この役目を、君は誰に任せようと思う?」

 カノウの問い掛けに、ジュンセは絶句する。

 風紀委員がどれほど危険な役目なのか気付いたからだ。

 今になってようやく、マドカの問うた覚悟の意味が、ジュンセに重くし掛かった。

「もちろん、これは君に対してもだ。あの場でマドカが腕章を託したから、その覚悟を信じて、私は君に風紀委員を任せようと思っている。しかし、君が拒否をすると言うのなら、無理強いはしない」

 気遣う口調で、カノウは選択肢を与える。

 だがジュンセは、決断から逃げるように、質問を返した。

「……もし俺が断ったら、風紀委員は?」

「新たに風紀委員を選出するまで、私が兼任する事になる」

「でも、生徒会長は……」

「ああ。特殊な事情があって、私では、暴走した生徒を救うのは難しい。マドカの正式な後任が見つかるまで、これも諦めるしかない」

 スッパリと割り切るカノウだが、ジュンセは納得できなかった。

「何で……何でそんな簡単に、諦められるんですか⁉」

 感情に任せた問い掛けに対し、カノウは強い眼光を持って応える。

「この学校において、優先的に守られるのは青い制服の生徒だ。彼らを危険に晒してしまっては、リバイブの存在意義に関わる」

「存在意義?」

 困惑した顔でジュンセが繰り返すと、見かねたヒュウガが再び解説する。

「謳泉学園は、新世代医療技術、リバイブを試験する為の学校だ。リバイブの効果を研究する事はもちろん、生きている者と蘇った者による人間関係、倫理観、そういった生の反応を探る場でもある」

 ヒュウガから引き継ぐ形で、カノウが続ける。

「だからもし、赤い制服の生徒が青い制服の生徒に害を及ぼせば……リバイブが人間にとって危険であると決まれば、死者蘇生という革新的な技術が封印される事になる。人類が見出した大いなる可能性の一つが、潰えるという事だ」

 覇気のある言葉と、想像以上の話の大きさに、ジュンセは圧倒された。

 特異な学校であるとは分かっていたが、どうにもその実感がなかったのだ。

 だが、理屈を理解しても、まだ納得は出来ない。

「何で暴走なんて大事な事、俺たちに知らされてなかったんですか?」

「不安や焦り、恐怖が暴走のトリガーになる以上、その要因となりえる事実は隠すべきだからだ。知らない方がストレスは少なく、リスクも減る。そういったデータもある」

「リバイブの為に、赤い制服の生徒を見捨てるんですか?」

「リバイブが無ければ、そもそも彼らは蘇る事はなかった。他の蘇った生徒たちの為でもある」

「けど!」

 ポッと湧いた問い掛けをひたすら投げ、カノウが諭すように答える。

 駄々をこねた子どもと行う、稚拙な問答に終わった。

 そんなジュンセに、カノウは決断を迫る。

「どうする、ジュンセ。マドカから風紀委員を引き継ぐか、それとも辞退するか」

「それは……」

「速やかに決めて欲しい。いつ生徒が暴走してもおかしくない状況だからね」

「そんな!」

 催促さいそくの言葉に、ジュンセはますます苦悩し、顔をしかめる。

「嫌なら帰ればいいだろ?俺らも忙しんだから早く……」

「黙れヒュウガ」

「なっ、お前が答えを急がせてるから……」

「誰の所為で急ぐ必要があると思ってる」

 カノウが苦言を呈すと、ジュンセはそれに食付いた。

「誰の所為って、いったいどういう……」

「あ?ああー、まあ何ていうか……去年俺がやった実験の所為で、リバイブの暴走が誘発されやすくなったって話し」

 後ろめたい事を告白するような気まずさを見せるヒュウガに、ジュンセはハッキリとした憤りを覚える。

「まさか、アンタの所為でトウヤは」

「おっと、責任転嫁せきにんてんかはナシだぜ。アイツの心が乱れたのは、周囲の影響がまずあるんだ。暴走の切っ掛けは、友達であるお前にもあるんじゃないのか?」

 図星を突かれて、ジュンセは言い返せなくなる。

「……まあ確かに、俺にも責任はある。だからこの場で説明もしたし、お前が風紀委員を引き継ぐに当たって、サポートする為の提案も用意してある」

 唐突に助けとなる発言をするヒュウガに、ジュンセは面食らい、見落としていた疑問に気付いた。

「そもそも、アンタは何者なんだ?」

 生徒会長であるカノウが特別であり、様々な事情を知っているのは分かる。

だが、昨日現場に突然現れたヒュウガの事を、ジュンセは全く知らなかった。

 少なくとも、ジュンセがマドカを訪ねて生徒会室に訪れた時、ヒュウガの姿は無かった。

「俺か?お前のいっこ先輩で、リバイブに人生を賭けて生きてる男だ」

 誇らしげに答えるヒュウガだが、ジュンセにはピンと来ない。なのでカノウが補足する。

「ヒュウガの父親は、リバイブに関する研究の権威けんいであり、ヒュウガは物心ついた頃から、リバイブについての知識を叩き込まれた。私と同等にリバイブを理解している、唯一の人間だ」

「同等……くっ」

 カノウの紹介に、ヒュウガは不満そうな顔をする。

「話が逸れたな。ヒュウガの言う通り、風紀委員として働くのなら、適切なサポートを約束する。君の命も、暴走した生徒の命も守れるよう私も尽力するし、ヒュウガにも助力させる」

「命令に従うつもりは無い、都合が合うから手伝うだけだ」

「どうする、ジュンセ?」

 これが最後の問い掛けだろうと直感し、ジュンセは息を呑む。

 命を賭けて、蘇った生徒たちの為に働くか否か。

 強いられた決断と向き合い、ジュンセはふと、もう一人の友の事を考える。

「あの……ミサトは、どうしたんです?」

「彼女は昨日、マドカを保健室まで運んでもらった後で、私からトウヤの事を伝えた。ひどく落ち込んでいたよ」

 カノウの言葉以上に、ミサトはショックを受けている。

 ジュンセにはそれがよく分かり、胸が痛くなった。

「ミサトも、いつか暴走を?」

「可能性は十分にある。私の経験上だが近いうち、友人の死を引きずって自分を追い込み、暴走する」

 嫌な予感はしていたが、いざ言葉に出して突き付けられると、ジュンセは凍えるような恐怖に襲われる。

 ミサトもいつか、トウヤのように暴走する。

そしてこのままでは、誰もミサトを救う事は出来ない。

 誰かが風紀委員を引き受けなければ。

それは誰だ?

 そこまで考えが行きつくと、ジュンセの中で答えが決まった。

「……やります、風紀委員」

 意地を張って絞り出した言葉。

 ジュンセ自身を含め、その場にいた全員が思った。

 ミサトを言い訳にした決断であると。

 危機的状況のミサトを助けたい気持ちは本物だ。

 だが、考えているのはミサトの事だけで、赤い制服の生徒全員の為に風紀委員を務める覚悟など、ジュンセは持っていなかった。

「そうか、分かった……」

 ジュンセの答えを受け取ると、カノウは席を立ち、デスクの引き出しを開いて、スマホを取り出した。

「君の示した意思を、信じよう」

 言いながら、カノウはジュンセに近づき、スマホを差し出す。

「マドカの持っていた、風紀委員用のスマホだ。中には生徒の情報なども入っている。前も言った通り、外部端末とは繋がないように。あと、当然風紀員の仕事について、リバイブの暴走については、他言はしないように」

「……はい」

「他にも説明しておく事はあるが、今日はもういいだろう」

「え、でも……」

「一人で考える時間も、必要なんじゃないか?」

 カノウからの温情を素直に受け取り、ジュンセは軽く頭を下げると、受け取ったスマホを懐に入れながら、生徒会室を出て行く。

 それを見送ると、カノウはデスクに戻り、ヒュウガに問うた。

「どう思う?」

「最初の内は頑張るだろうが、このままだと、いずれ潰れるな。まあ、やる気はちゃんとあるみたいだから、お膳立てくらいはしてやるよ」

「当てがあるのか?」

「ホントに丁度いい感じの案件がな。それがあの一年坊にとって幸なのか不幸なのか知らんが」

 他人事のように言い捨てると、今度はヒュウガの方から、気になっていた事を尋ねる。

「なあ、風紀委員について話すって事だったが、何で風紀委員と関わりの深い役職の人間が、この場にいなかったんだ?」

「込み入った事情があってな。ジュンセの事を伝えて相談した結果、顔合わせはまたの機会にするそうだ」

「込み入った事情、ねぇ……」

 怪しみながら、ヒュウガは生徒会室の窓を開け、外に乗り出した。

「おーい、込み入った事情って何だー?」

 三階にある生徒会室からヒュウガは声を張り、外のベンチで座っている人物に問い掛ける。

 赤い制服を着用し、澄んだような髪を二つに纏める、穏やかで優雅な雰囲気の女子生徒だ。

 黄昏ているような表情で、女子生徒はヒュウガからの質問を無視し、逆に質問を返す。

「話は終わったー?」

「ああ!取り敢えず、風紀委員やるってよー」

「マジかぁぁぁー」

 ジュンセの選択を知ると、女子生徒は残念そうな声を上げてベンチに倒れ込み、ジタバタとのた打ち回る。

「ううっ、マドカが限界とはいえ……はあぁー」

 独り悶々と呟く。その様子に、ヒュウガは首を傾げた。

「あのー、なんかスミネの奴、見た事ない醜態しゅうたいを晒してんだけど」

「こればかりは、私にも想像しきれない気持ちだ」

 温もりのあるカノウの返しに、ヒュウガは更に戸惑いを覚える。

 女子生徒、スミネは仰向けになると、スカートのポケットからスマホを取り出し、機敏な操作で画像アプリを開いた。

 スミネとマドカが仲睦ましく寄り添い、自撮りしている画像が映る。

 それを寂しげな顔で見上げると、スミネは昨日の事を思い返す。

 限界を迎え、卒業式まで眠りにつくマドカを、スミネは看取るようにして責めた。

 早く後任を見つけて、残りの時間を一緒に謳歌しよう。

 その約束が断たれた事にスミネは怒り、それ以上に親友との別れを悲しんだ。

 次に会えるのは、卒業式の少し前。一緒に居られるのは、ほんの数日程度だ。

 覚悟はしていたが、やはり辛い。

 生き返っても良い事ばかりではないのだと、スミネは痛感した。

 マドカが眠るのを見届け、スミネはカノウから、風紀委員の後任となるかもしれない生徒を紹介された。

 その生徒がジュンセだと知り、スミネは不覚にも、マドカの事が吹き飛ぶ程の衝撃を受けた。

 以降、マドカの事は心の奥にしっかりと収め、スミネはジュンセが風紀委員を引き受けるかどうかが気になって仕方なかった。

 結果を知り、スミネは憂鬱ゆううつな気分になって、今後どうしていくかを思い悩む。

 一番に相談したい親友のマドカは眠ってしまった。

マドカの次に相談できる相手を頭に浮かべ、スミネはスマホを操作し、その人物の画像を見つめる。

 中年手前くらいの爽やかそうな男だ。

 数秒ほど男の顔を眺めた所で、やっぱり駄目だ、とスミネは呆れたように溜め息を吐く。

 今は離れた場所にいるその男とは、いつでも連絡する事は出来る。

 しかし、今回の件をこの男に相談するのは、スミネとしてはひどく気乗りしない事だった。

 だが、スミネの心はその男に縋っていた。

「私、どうすればいいかな?ご主人様……」

 切なそうな顔をして、スミネはこの世で全霊を持って愛を捧げる男の一人、その愛称を呟き、空を仰ぎ見た。

 どこまでも続いてく青い空が、どこまでも広がる未来の可能性を表しているようで、スミネの心は、少しだけ晴れ渡った。

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