part3
謳泉学園の
生徒の人数は比較的に少ない方なのに、校舎を始め、グラウンドや体育館などの場所がそれぞれ大き過ぎて、それらを収める為に広大な土地が使われている。
新世代医療技術の試験という側面もあるこの学校は、ゆくゆく生徒が増えるのを見越して、全体的に広く設計されたのだ。
そういった事情により、ジュンセは三日ほど
そもそもマドカについての情報が少ないのだ。
ジュンセが知っているのは、赤い制服の先輩という事だけ。
マドカを追っていたクラスメイト、リアに行方を尋ねてもみたが、マドカが謳泉学園生徒会の関係者という事以外、リアもマドカの事は知らなかった。
それについては、ジュンセもなんとなく察していた。
だからジュンセは、まず生徒会室に赴いた。
マドカが見つからないどころか、生徒会役員の先輩方に、生徒会長以外がマドカを見つけるのは
その生徒会長も、多忙なため今は相手に出来ないと、会う事すら叶わなかった。
だからジュンセは、入学したての身でありながら、勇気を出して2年、3年の教室を探して回ったり、入る気の無い部活見学に参加したりと、非効率を覚悟で、手当たり次第に探すしかなかった。
その結果、依然としてマドカは見つけられないまま、時間だけが過ぎていった。
「探してって、どこを探せばいいんだよ……」
独りでボヤキながら、ジュンセは校舎の間を抜けた先にある雑木林を見据えた。
初めてマドカと会った場所だ。
散々校内を探してもダメだったので、もしかしたら、またあそこで寝ているかもしれない。
そんな
生々しさを主張する樹木や枝葉に迎えられ、ジュンセはそれらの向こう側に目を凝らす。
見落としの無いよう注意深く、ゆっくりと
かくれんぼでもしているのかと、ジュンセは妙な虚しさを覚える。
刹那、目の前の茂みが音を立てて揺れ、中から何かが飛び出した。
「わっ!」
迫り来る不意打ちに、ジュンセは声を上げて吃驚し、反射的に後退して姿勢を崩す。
フワフワのオレンジ毛に
「何だ、コイツ?」
相手が小動物と分かると、ジュンセはウサギを優しく掴み上げ、立ち上がる。
飛び出した時の勢いは何処へやら。掴まれたウサギは随分と大人しい。
まるで持ち上げられる事に慣れているように、堂々としていた。
「……確か、飼育小屋もあるとか言ってたな、この学校」
逃げ出したウサギなのだろうと判断し、ジュンセはマドカの捜索を中断して、ウサギを連れて行こうと動く。
すると、またも茂みが揺れる音がした。
「まっ、待って!」
呼び止める声の方を向くと、そこには青い制服を着た、小柄な女子生徒がいた。
ユルフワと広がる長い髪に愛嬌のある顔立ちをしているが、その表情は、徐々に不安の色が
「あっ……うぅ……」
声を掛けられてから、それきり何も言ってこない。独り勝手にオドオドして、視線を泳がせている。
ハッキリしない様子に、ジュンセは困惑した。
取り敢えず、目当てはウサギなのか確認しようと、一歩近付いてみる。
その瞬間、またも茂みが揺れる音がする。今度は激しいリズムを刻んでいた。
「おりゃぁぁぁぁぁ!」
元気な
赤い制服の上着を腰に巻いて着こなし、血の気の多そうな顔つき、派手に
女子生徒は勢いのまま膝を突き出し、ジュンセの横腹を思いきりド突いた。
「ぐふぉっ……⁉」
何とかウサギは庇いながら、ジュンセは
「大丈夫だった?チヒロ」
「な、何してるんですか⁉ユン!」
青い制服の女子生徒、チヒロを心配する、赤い制服の女子生徒、ユン。
「だって、襲われそうだったじゃん」
「そ、そんな事……」
言い返そうとしたチヒロだったが、おずおずと言い淀んでしまう。
「いや、否定してくれよ」
思わず突っ込みながら、ジュンセは立ち上がった。
そんなジュンセに対し、ユンは警戒心全開で視線を鋭くし、もう一度飛び掛かろうかという
チヒロは緊迫した空気を前に、オロオロと
張り詰めた空気が満たされる。
だが、それは数秒で壊れた。
「どうした?騒々しい」
気の強い声と共に、茂みからまた二人の女子生徒が現れる。
どちらも赤い制服だ。
片方は、上着のボタンを外して全開にし、リボンも外している、ショートヘアの
もう片方は、制服をきちんと着用し、前髪で片目が隠れて、物静かな雰囲気をしている。
「ミオちゃん!ハルカ!」
ユンは嬉しそうに二人の名を呼び、勝ち誇った顔をジュンセに向ける。
「へへん。ボクら三人揃えば、チヒロに指一本触れさせないんだからね!」
得意げに語るユンだが、ジュンセは意味が分からず困惑した顔を浮かべる。
その様子を見て、物静かな雰囲気の女子生徒、ハルカは状況を察した。
「ユン。チヒロはピンチでも何でもないですよ」
「へ?」
そんなユンを見て、粗暴そうな風貌の女子生徒、ミオは溜め息を吐く。
次いで、ミオはジュンセに近づきながら、固い口調で問うた。
「オレたちはそのウサギを探してたんだが、捕まえてくれたのか?」
「え?あ、ああ」
「そうか。助かった」
ジュンセの前に立ち、ミオはウサギを受け取ろうと手を出した。
少し戸惑いながらも、ジュンセはウサギを差し出す。
「で、チヒロには……そこでビクビクしてる奴には、特に何もしてないんだな?」
「ああ」
「逆に何かされたか?」
「えっと……そっちの元気な奴に、膝蹴りを一発……」
「そうか……」
返答を深く受け止めるようにしてミオは頷き、受け取ったウサギを脇に抱え、ユンの元へと歩み寄る。
「こんのバカチンが!」
甲高い怒声と共に、ミオの腕が振り上げられた。
早すぎてジュンセにはよく見えなかったが、すごい勢いで、ユンの額にミオのデコピンが繰り出されたのだ。
「考えなしに手を出すな!この辺りにチヒロをいじめる奴はいないと言っただろ!」
「だっ、だって~チヒロが怯えてたんだよ~」
額を抑えて涙目でユンが抗議する。
そんなユンを助けるように、近寄って来たハルカが口を挟む。
「まあ、チヒロの事を想っての行動ですし、仕方がないですよ」
チヒロの肩に手を添えながら、ハルカは穏やかな微笑を浮かべる。
「そ、そうだもん。チヒロの為だもん」
「ですが、暴力はいけません。お仕置きとして、ユンは今日のおやつ抜きです」
「そ、そんな~」
かなり甘めの
「やれやれ」
「悪かった。こいつには後で言って聞かせるから、許してくれ」
「まあ、別に……誤解も解けたみたいだし、俺はいいけど」
やんわりとした痛みが残る横腹をさすりつつも、本気で謝るミオの姿勢に感心し、ジュンセは事を収めるのに同意した。
「本当にすまなかった。ほらお前ら、行くぞ」
改めて謝罪を送ると、ミオはチヒロたちに一喝し、その場を去って行く。
ミオを先頭にした一行の背を、ジュンセは呆然としながら見送る。
すると、歩きながらチヒロが振り向いた。
ジュンセの事をバツの悪そうな顔で
「何だったんだ、アイツら?」
湧き出た感想をそのまま漏らす。
聞いている者がいるとは全く思わずに。
「彼女たちは、飼育委員の子たちだね」
不意に返された回答に、ジュンセは吃驚し、振り返る。
そこには、青い制服を着た男子生徒がいた。
精悍な顔立ちをした、大人びた雰囲気の先輩。
謳泉学園の生徒会長、カノウだ。
「やあ。久しぶりだね、ジュンセ」
気さくに挨拶をされるが、ジュンセは反応に困った。
会おうとは思っていたのだが、いざこんな場所で遭遇すると、妙な緊張を覚えてしまうのだ。
入学式の時に知った、生徒会長という肩書も影響している。
「マドカを探していると聞いたんだが?」
「あ、はい……え、でも、忙しいって」
「話を聞いた時、君だろうと思ってね。時間を作ってきた」
親しげな口調で説明するが、何故自分の為に、とジュンセは疑問を抱く。
だが、舞い降りたチャンスを棒に振るのはナンセンスだ。
素直に厚意を受け取り、ジュンセは用件を告げる。
「マドカ先輩に、相談したい事があって」
「そうか。となると、直接会って話した方がいいだろうね」
「そうしたいんですけど、見つからなくて」
「それはすまない。私が仕事を頼んでいるから、彼女は校内を駆け回っているんだ」
「生徒会の仕事ですか?」
「
言って、カノウは校舎の方向を向き、遠くを眺めるような目になる。
「残念だが、マドカは今、遠くにいるようだ。場所を教えて向ってもらっても間に合わないだろうし、見つけるまで付き合う時間もない」
特に何かした様子は無く、それが気になったジュンセは怪訝そうに尋ねる。
「え、あの……マドカ先輩のいる場所、分かるんですか?」
「付き合いの長さと、勘。という事にしておいてくれ」
「はあ……」
誤魔化されたようにも思えたが、今すぐマドカに会えないのだと理解し、ジュンセは歯がゆさを覚え、食い下がる。
「じゃあ、あの……連絡先とか、教えてもらえますか?」
問い掛けに対し、カノウは真面目な顔を向けて答える。
「悪いがそれは出来ない、マドカが持っているのは生徒会が支給したスマホだからね。セキュリティの関係から、外部の端末との接続は一切禁止されている」
厳しく
すると、カノウは興味深そうな顔になる。
「よかったら、相談事を聞いておこうか?私ならマドカとよく会うから、君の悩みを伝えられるし、何だったら、私も何かアドバイスできるかもしれない」
もたらされた提案に、ジュンセは面食らった。
「あの……いいんですか?」
「もちろんだ。生徒の為の生徒会であり、私はそこの生徒会長だからね。だが、なるべく手短に頼む」
厚意に甘えてばかりで情けないと思いつつ、ジュンセは抱えていた悩みを打ち明ける。
蘇った友人とどう向き合えばいいかの?
蘇った人間は、残りの時間をどう生きていけばいいのか?
なるべく簡潔に説明して、ジュンセは答えを求めた。
しかし、カノウからもたらされたのは、ジュンセの期待とは程遠い答えだった。
「酷な事を言う。それが分かれば、この謳泉学園はとうの昔に、役目を終えて消えている」
言葉の
けれど声には、熱量の感じられる何かがあり、ジュンセは聞き続ける。
「君のような悩みを持つ生徒と、私は何度も話し合った。死んだ事のある生徒と、そうでない生徒、ハッキリと違う相手とどう向き合うべきか。みんな各々の答えを出し、中には何も見つけられないまま、卒業した生徒もいた」
一瞬だけ、カノウの瞳が寂しさに染まる。
「答えを出すまで、様々な事が起きた生徒もいる。この学校だから起きた事とも言えるだろう。その度に、それぞれの対応がなされ、その結果もまた、多岐に渡る。どれが正しかった、どれが間違いだったか、私だけの判断で明確な答えを出すのは、おこがましい事だと思う」
ここまで聞いて、ジュンセはカノウの言いたい事を察する。
答えは自分で考えろ、という事だ。
表情の曇るジュンセに、カノウは自らの意思を伝えようとする。
「実は私も、悩める者の一人でね。長い事、ある問題について考えている。正直、一生の内に答えが出せるか分からない。だが、私は考える事を止めようとは思わない」
「……どうしてですか?」
「大切な事だからだ」
心臓が跳ねたような感覚がした。
だが、求めていた確かな解を見出せたわけではない。
フワフワとした不安と、熱い活気がジュンセの中で渦巻き、感情を抑えるようと、無意識に拳を握る。
答えは得られなかった。
けれど何かは得られた。
そんな様子のジュンセを見ると、カノウは穏やかな表情になる。
「そろそろ行かせてもらう。君の悩みは、ちゃんとマドカにも伝えておくよ。私とは違う答えを出してくれるかもしれない」
踵を返し、カノウはその場を後にする。
その背中に、ジュンセは今の思いを投げた。
「ありがとうございました」
背を向けたまま、カノウは軽く手を振って返し、静かに去って行く。
残されたジュンセは、種火のように燃える感情のまま頭を回す。
程なくして、胸の内の火が
結局の所、ミサトとどう向き合うべきかが分からない。
考える。とにかくそうするしかないとジュンセは思った。
答えが見つからないからと、諦めたくはない。
それだけミサトの事が、トウヤの事が、ジュンセにとって大切な存在だから。
深く息を吐き、ジュンセは改めて、カノウと話せて良かったと感じる。
重くなっていた足が、力強い一歩を踏み出せるようになっていた。
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