part2

 灰色の雲で埋められた空の下、謳泉学園校舎の屋上で、二人の男女が鉄柵に背を預けている。

 暗い青色の制服を纏うジュンセと、濃い赤色の制服を着る、サバサバとした風貌ふうぼうの女子生徒、ミサトだ。

 重苦しい沈黙が、その場を支配していた。

 二人が再会したのは、入学式から3日経った、今日の昼休みだ。

 学食で昼食を終えたジュンセが、偶然ミサトを見つけ、思わず声を掛けた。

 約1年半ぶりの再会。しかし、ジュンセもミサトも、それを素直に喜ぶ事は出来なかった。

 ひとまず静かな場所に行こうと、ジュンセの提案で屋上へ来たが、まだ会話らしい会話は出来ていない。

 以前は下らない無駄話ばかりしていたというのに、ミサトの事を考えると、何も言い出せないのだ。

 そんな現状に、ジュンセは寂しさと焦りを抱き、難しい顔になっていく。

「身長、伸びてるね」

 ふいにミサトが呟き、その言葉の意味が重くのしかかる。

 だが、口火くちびが切られたのを逃したくはない。

ジュンセはミサトと向き合い、返す言葉を絞り出した。

「ただ成長しただけだ。ミサトだって、あの頃よりは成長してるんじゃないか?」

「……どうだろ、全然実感がないんだけど」

 かげりのある顔でミサトが言うと、ジュンセは入学前の説明会を思い出す。

 赤い制服を着る生徒。

 二十歳に達する前に死亡し、試験中である新世代医療技術によって蘇生した者たちだ。

 生き返るのは、死亡した直後ではなく、実年齢で高等学校に入学する少し前の時期であり、当人たちは、死んだ直後に高校生になったような感覚を持たされる。

 ミサトの場合は、いきなり中学2年から飛び級している事になる。

 身体も新世代医療技術の影響で知らぬ間に成長しているので、戸惑うのも当然だ。

「……ごめん」

 辛い気持ちをこらえるような声で、ミサトが謝罪の言葉を告げる。

「何だよ、ごめんって。何の事を……」

「怪我、したよね、ジュンセ。アタシが誘った所為で、アタシが言い出したから……」

 事故についての話だと気付き、ジュンセは慌てて話題を変えようとする。

「俺は治ったからいい。そんな事より、その……どうする?」

「……どうするって?」

「ほら、せっかく高校生になってるんだし、これからの事を考えようぜ」

 無理に明るい態度を取るジュンセを、ミサトはにごった目で睨んだ。

「これから……?」

「あ、ああ。だって、生き返ったんだから、何もしない事は無いだろ?」

 喋る勢いに任せて、ジュンセの気持ちが晴れていく。

 それに反して、ミサトの表情はどんどん曇っていく。

「なあ、トウヤには会ったのか?」

 ミサトと共に死んだ友人、トウヤについて尋ねる。

 ジュンセはトウヤも謳泉学園に入学した事を知っているからだ。

 青い制服を着る生徒たちは、ごく普通の人間だ。

 しかし、数ある高等学校から謳泉学園を選んで志望し、受験した訳ではない。

 謳泉学園に入学する赤い制服の生徒たちと交流のあった者、その中にいる中学生までの少年少女が、死んだ知人、友人が蘇り、謳泉学園に入学する事を聞かされ、謳泉学園を紹介されるのだ。

 その事は、ミサトも知っている。

 だから、ジュンセがトウヤについて聞くのも理解できた。

 そして、納得できない気持ちが、ミサトの中で渦巻き、爆発した。

「会えるわけないじゃん。アタシの所為で……アタシの所為でトウヤは死んだんだよ⁉」

 何もかもを呪い、糾弾きゅうだんするような叫びに、ジュンセは慄く。

「……三年」

 底冷えするような声音でミサトが呟くと、その意味にジュンセはゾッと震えた。

「あと三年しかないんだよ、私たち……」

 赤い制服の生徒たちは、卒業して間もなくすると、新世代医療技術の効能が無くなり、再び死亡する。

 ミサトが口にした期間は、ミサトたち赤い制服の生徒に残された時間なのだ。

 実際には、授業などで学校に時間を奪われ、もっと短いかもしれない。

 よみがえった人間が社会に適応できるかを試す為、残された時間が少ない赤い制服の生徒たちも、青い制服の生徒たちと一緒に授業を受けなければならないのだ。

 卒業して社会に出る訳でも無いのに。

 そうした事も理解しているジュンセは、ミサトに残された猶予ゆうよを意識し、途端に何も言えなくなって、同情する顔になる。

「ねえジュンセ。アンタ……何でこの学校に来たの?」

「え?」

 突然の問い掛けに吃驚きっきょうしつつ、ジュンセは考える。

 謳泉学園に入学した理由。それは幾つかあった。

 もちろん、トウヤとミサトがいる事も、理由の一つだ。ジュンセはその気持ちを正直に伝える。

「……寂しかったんだよ、お前らがいなくて。事故があって、急にお前らと会えなくなって、寂しかった!」

 心からの言葉をよどみなく語り、想いを伝えようとジュンセは続ける。

「だから、お前らが生き返ったって聞いて、会いたいと思うだろ!大事な友達にまた会えるようになったんだから、会いたいに決まってるだろ!」

 全て吐き出すと、ジュンセはミサトの反応を待った。

 悪夢を見ているような顔が、口を開く。

「そうだよね。もう死んじゃったんだよね……アタシ」

 あざけるような声に、ジュンセは悪寒を覚え、無意識に足を引いた。

 凍えるような静寂が訪れる。

 ミサトは諦観ていかんしたような笑みを浮かべ、何も言わないままその場を去った。

 その背中を目で追い、ジュンセは呼び止めようと手を伸ばす。

声を出す事は出来なかった。 

 出入り口を過ぎて、ミサトの姿が見えなくなる。

 またたく間に虚無感が襲い、ジュンセは力なく鉄柵にもたれた。

「何だってんだよ……どうすれば良かったんだよ」

 悔しげに言葉を漏らし、その場に崩れ落ちて項垂れる。

 こんな嫌な気持ちになる為に、声を掛けた訳じゃない。

 ただ前みたいに、また一緒にいたかっただけなのに。

 沸々と感情が昂ぶり、荒々しく乱れる。それを制御しきれず、ジュンセは強く握った拳を、鉄柵に叩きつけた。

 鈍い音と同時に痛みが走る。その直後だった。

「こらぁー」

 間の抜けたようで、真っ直ぐに聞こえる声が響き、ジュンセは肩を震わせて、声の方向を見た。

 赤い制服をまとい、サラッとした髪を流す女子生徒。ジュンセが初めて謳泉学園に訪れた際、偶然出会った先輩、マドカだ。

「屋上は基本立ち入り禁止。あと、柵を叩かない」

 注意しているにもかかわらず、迫ってくる顔が明るく見え、ジュンセは呆然あぜんとしてマドカを眺める。

 対してマドカも、ジュンセに近付くにつれ、その顔に見覚えがあるような、と眉を寄せた。

 そして、すぐ傍まで来るのと同時に、マドカはジュンセの事を思い出した。

「ああっ!見学に来てた後輩くん⁉」

「あ……はい。えっと……」

「あ、私の名前はマドカ」

「マドカ、先輩」

 うろ覚えだった名前が、ハッキリとジュンセの頭に刻まれた。

「わぁー、入学したんだ。そうなんだー」

 訳も無く喜ぶマドカだが、直後にハッと我に返る。

「って、違う違う、そうじゃなくて」

 首を振りながら自分に言い聞かせるよう呟き、マドカはジュンセの腕を掴み、立ち上がらせる。

「ここには来ちゃダメだから、ほら行くよ」

 真面目な口調で言いながら、ジュンセを引っ張っていく。

 流されるままに連れて行かれ、出入り口から階段を下りて、廊下まで来る。

そこでようやく、ジュンセは気恥ずかしさを覚え、拗ねた子供のように無愛想な顔になる。

 分かりやすい変化を前にして、マドカは直球を投げた。

「どうしたの?何か嫌な事でもあった?」

 胸のど真ん中に突き刺さる問い掛けに、ジュンセは顔をしかめる。

 けれど、打ちのめされた心に掛けられる気遣いは、素直に嬉しいと思った。

「あの、先輩……」

 ミサトの事を相談する。その上で、ジュンセは見学の時から気になっていた事を、マドカから聞こうと思った。

 しかし、ジュンセが言葉を紡ぐ直前に、マドカのふところから振動の音が鳴る。

「あ、ちょっとごめんね」

 断りを入れながら、マドカは制服の内ポケットからスマホを取り出し、画面を見る。

「うわっ……ごめんね、急用が出来ちゃった」

「えっ……」

「ホントごめん、相談は今度、絶対に乗るから。時間がある時に私を探してね!」

 手を合わせて強く謝ると、マドカはきびすを返し、駆け出した。

「あ、廊下は走っちゃダメだからね!私は特別だからね!また今度ね!」

「ちょっ、そんな、先輩」

 引っ込みがつかず、ジュンセはマドカを追い掛けようと踏み出す。

 同時に、ジュンセの背後、屋上へ続く階段の影から女子生徒が飛び出した。

 ジュンセと女子生徒の進行方向が交わり、両者は激突した。

「うわっ⁉」

「ひゃっ⁉」

 背中を押される形でジュンセは前に倒れ、女子生徒は可愛い悲鳴を上げて尻餅を着く。

「な、何だ?」

 振り向き、ジュンセは女子生徒の存在に気付く。

 明るいセミロングをツーサイドアップにまとめた端正たんせいな顔。

制服は赤色だ。

 目が合うと、ジュンセは女子生徒の顔にハッキリとした見覚えを感じる。

 だがそれ以上に関心を引く所が、女子生徒にはあった。

 活力に満ちた瞳。

 何かに全力で没頭しているような生き生きとした瞳が、ジュンセを強くきつけた。

 女子生徒の視線がれると、ジュンセは思わずその先を追った。

 マドカを見ていると分かったが、ぶつかっている間に、マドカはずっと先に進んでいる。

 そして、廊下の角を曲がり、見えなくなってしまった。

 ジュンセと女子生徒の口から、落胆する声が漏れる。

 二人は立ち上がると、互いに相手を見据えて、妙に緊迫した空気が生まれた。

 改めて女子生徒を見ると、ジュンセは見覚えの原因に気付く。

「確か、同じクラスの……」

「だよね、やっぱり」

 女子生徒もジュンセに見覚えがあったようで、お互いがクラスメイトであると発覚した。

 すると、女子生徒の方が続けて話し掛ける。

「アタシ、リアっていうんだけど……あなた、さっきの先輩の知り合い?」

 女子生徒、リアの質問に、ジュンセは難しい顔になる。

「知り合いって言うか、前に会った事があるくらいで」

「そう、なんだ」

 ジュンセの返答に、リアは安堵しているようにも残念に思っているようにも見える、微妙な反応をした。

 どちらにせよ、真剣な気持ちで受け止めているのだとジュンセには分かった。

「ありがとう。あと、ぶつかってごめんね。それじゃあ」

 感謝と謝罪を残し、リアはマドカを追うべく、その場を後にする。

 その背中は、どこか忙しなさを感じ、駆け出して行ったマドカと似ているようにも思える。

 ジュンセの中で、マドカとリア、そしてミサトが比較される。

 すでに死んでしまっている先輩。

 死んでしまった友人。

 死んでしまっているクラスメイト。

 違いが何なのか分からない。

 けれど、ジュンセは確かに、三人が違うと感じた。

「何なんだよ、アイツら……」

 心が答えを求めるが、今は誰も教えてはくれない。

 目の前には、真っ直ぐと続く廊下があるだけだった。

 誰もいない道に、窓からの風が吹き抜ける。

 空を覆っていた雲がわずかに千切れ、ジュンセの前に光が射した。

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