スナイパー

 通常空間で正の質量をもった物体が光速を超えることは出来ない。

 相対性理論にて示されたその法則は魔力汚染区域でも変わることは無かった。

 それでも人類は砂の海を渡る必要がある以上、どうしても光を越えた速度での移動法、FTL航法が必要だった。

 そこで当時の学者たちはこれまで存在しなかったエキゾチック物質、魔力に目を付けた。

 ワープのタイプとしてはコクーン

 魔力にて船体を包み込み、相対性理論を無効化して光を超える。

 それがそらではなく砂を渡る人類が手にしたFTL航法だった。

 それでも問題点も多々ある。

 その一つが魔力汚染区域では“レーン”と呼ばれるある程度魔力波形が安定したポイントでないと発動出来ないという問題だ。

 対して召喚サモン系の術者が行うゲートを応用した跳躍にはそう言った制限は無い。

 世界に孔を開けてそこを潜る。分類としてはワームホール型だ。

 だがこれにも幾つか問題がある。

 その一つが人如きが制御できる領域ではないということだ。つまり何処に飛ぶか分からない。

 一応の経験則上、ジュウゾウは一万キロも飛べないということが分かってはいるが――


『……頭洗いてぇ』

『ベイルは歯が磨きたい』


 そんなモノが現状の救いになるかと言われたら……ならない。

 ジュウゾウとベイルが砂の海に放り出されてから既に四日が過ぎていた。

 この展開を予想していたので、ジュウゾウもベイルも水と食料は節約している。飢えて渇いているが、動ける。どうにかそこを維持しているが、本当に必要最低限だ。


『あぁ、そっか。お前、髪の毛ねぇもんな』


 良いな。ハゲの冷血蜥蜴コールドブラッドサマは? とジュウゾウがリザードマンに対する差別用語を口にすれば――


『……何? もしかして喧嘩売ってる、発情猿?』


 スペックは大したことない癖にやたら数だけは多い人間に向けられるスラングでベイルが応じた。

 必要最低限なので色々と余裕がないらしい。ただでさえお行儀がよろしい二人のマナーレベルはここにきて急上昇していた。


『……』

『……』


 お? あ? 何、やんの? やっても良いよ? がるるー。そんな感じで威嚇し合う。


『……ベイル、やめようぜ』

『そうだね。同士討ちで両方死ぬのがオチだよ』

『……あとどんくらい?』

『一日。今のペースで』

『……水とメシはギリって感じで――』

『燃料は拙いね』

『ヤァ、それだ。生憎と名機と名高いBBアントくんにも“根性”は実装されてねぇ』

『ほんと残念。気合で動いてくれれば良いのにね』


 これだから機械は、とベイルが溜息を吐き出した。

 それでもベイルとジュウゾウは“運が良い”と言うべきだった。

 逃げる直前に送られてきた界図によると、一応この近辺に街はある。これは本当に運が良いことだ。

 だが、その街もFTL航法を使うことを前提とした『近く』だ。戦車、それも足が何本かもげて速度が出ない戦車だと結構な距離がある。寝ずに、休まずに動いて五日。それが界図と空から割り出した街までの距離であり、その手前でBBアントはただの前衛的オブジェに変わると言うのがジュウゾウ達の見立てだった。


『途中から片方に燃料移すとして――』


 どっち? と、ベイル。


『ベイルの方は足が二本捥げていて速度が出ない』

『こっちも足は捥げてっから速度は似た様なモンだぜ?』

『修理すること考えたらそっちの方が良くない?』

『……修理は両方すんだよ』


 何の為に二機運んでると思ってんだ、とジュウゾウ。

 ベイルとジュウゾウは一文無しだ。

 そして生きて行くには金がいるし、その金を稼ぐに辺り戦車乗りと言うのは手っ取り早い。

 その際に戦車が一人一機と二人で一機では状況が違い過ぎる。

 なので前衛的オブジェにする方も出来るだけ街の傍まで運ぼうとしているのだ。


『……ワープできる船がうろついてたりしねぇかなぁ』


 そうすりゃ四日ぶりに頭洗えるのになぁ、と頭を掻きながらジュウゾウ。痒いらしい。「……」。何となく、頭を掻いた手を見つめてみるジュウゾウ。好奇心から嗅いだ。後悔した。


『こんな街から中途半端な距離を? 流石に無理だとベイルは思うよ』


 その失態と言うか珍行動をモニター越しに呆れた様に見ながらベイル。


『日頃の行いだぜ、ベーイル? 情けは人の為ならずって言うだろ?』

『そう。それで、日ごろの行いはどうなの、元界賊のジュウゾウ・シモツキ?』

『ジュウゾウさんは川に洗濯に行きました』

『……ベイルは? 芝刈りにでも行けば良い?』

『そうすると地平線の彼方から船がどんぶらこ、どんぶらこと――』

『来ないから』

『……』

『ジュウ?』

『……ベイル』

『……何?』

『俺、今日から神様信じるわ』







 ――あぁ神よ優しく抱いてファックミー・ソフトリー


 ひゃっはー! とジュウゾウが奇声を上げる。「……」。無理もない。白銀の鱗を持つリザードマンのベイルは素直にそう思った。ジュウゾウが叫んでいなければ自分が叫んでいた自覚がある。

 それ位に目の前の光景は衝撃的だった。

 船だ。船だった。小型高速の武装艇が一隻、眼前の砂の海を渡っていた。

 既にジュウゾウが救難信号を出しているし、そのジュウゾウよりも広い範囲に飛ばせる感応テレパス魔術師メイガスであるベイルも信号を飛ばしている。

 それを拾ってくれたのだろう。武装艇はこちらに寄って来てくれている。

 界賊。当然その線も考えたが、あぁして寄って来てくれている以上、その心配も少ない。


 ――あぁ、助かった。


 素直にそう思った。そう思って、安堵の息を吐き出した。

 隙。

 それを見せた。砂の海で、無防備に。だから――


『ッ! ベイルっ!』

「え?」


 反応が、遅れた。

 叫ぶと同時に跳躍するジュウゾウのBBアントに対して、致命的に遅れたベイルが咄嗟に出来たのは僅かに角度を変えることだけ。それでもその刹那の動きがベイルの命を救った。

 コクピットに直撃するはずだった一撃がズレる。アントの残った足が更に減り、姿勢が保てず、崩れる。


『ベイル! ベイルベイル、ベ・イ・ル! 返事しろ、ベイル。返事をしろ! 声を出せ・・・・!』

「――ヤ」

『無事……な訳ねぇか……』

「でも未だこの世にはいるよ。……武装艇?」

『いや、方向がちげぇ。スナイパーがいる』

「そうなるとあの船は……」

『餌だな。……取り敢えずこれ以上壊されると拙いし、普通に死ぬ。表出て万歳すんぞ。ハッチは? 開くか?』

「……何とかね。四日洗ってない髪で頭部装甲を付ける気分はどう、ジュウ?」

『……言うなよ。忘れてたんだから』


 極限状態。それでも挟んだ軽口でベイルとジュウゾウは軽く笑いあいながら、強化外骨格を纏って砂の海の上で両手を挙げる。


「……ジュウ」

「あ?」

「神様、まだ信じてる?」

「……あぁ、信じてるぜ? だから見つけたら俺の前に連れて来てくれよ」


 ――後ろからドタマぶち抜いてやるからよ。








あとがき

入信して五分経たずに脱退した。

次は金曜日ですかね?

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