それから十分程経った。

 だがジュウゾウ達にとっては一時間程に感じられた。狩れた。勝てると思った。油断だ。

 狩れた相手が弱かった。

 残った二機が強かった。

 或いは奇襲の優位が無くなった。

 どれだか分からないが、どれにしても現状は一つ。防戦一方。

 賊とジュウゾウ達。その彼我の実力の差がモロに出始めていた。

 ゴンドウさんはとっくに送還済み。狙い処だった補給船は彼方に逃げ去り、前歩にはダンゴムシを盾にして敵のBBアントの銃撃が来る。「――っ!」。悪態すら吐き出せない。食いしばった歯が軋みを上げる中、急制動。無理矢理止まり、銃撃をやり過ごす。だが止まった。それはダンサーとしては致命的だ。ダンゴムシからのガトリング砲の掃射が来る。衝撃。ベイルのBBアントに吹き飛ばされて、それを初速代わりに加速。再度速度を取り戻してどうにかジュウゾウは機体を操る。


『わりぃ、助かった』

『良いよ。さっきはこっちを助けてもらったし』


 そう言うベイルのアントは左の足が一本捥げていた。先程、同じような状況になった時にジュウゾウが足払いを掛けてこけさせた名残だ。

 こちらの攻撃は当たらない。あちらの攻撃は当たる。当たるし、致命傷を避ける為に今の様なことをやる。

 結果としてジュウゾウ達のアントはボロボロになっていた。「……まじぃな」。通信に乗せない呟き。ターニングポイント。もうソコに手が掛かっている。逃げられるか、逃げられないか、その境目だ。このままだと『時間を稼ぎました』『頑張りました』『だけどアントが動かないのでもう逃げられません』。そんなオチが待っている。ベイルはソレで良いだろう。何といってもアイツの目的は『仲間を逃がす』だ。

 だがジュウゾウは――

 それに便乗しただけのジュウゾウは――


「……」


 ベイルを見捨てる。見捨てて……分の悪い賭けになるが、逃げる。その選択肢を取れる期限も既に迫っている。これ以上アントが傷ついたら更に賭けの分が悪くなる。だが――


「……見捨てろよぉー」


 助けられた。さっきだけではない。もう何度もだ。そう成って来ると……流石にキツイ。色々とキツイ。心、とか? 良心、とか? そんなん的にキツイ。まぁ、元界賊のジュウゾウはその辺は薄い。薄いが、元界賊であることから『絶対に裏切ってはいけない種類の信頼』があることを知っていた。

 所詮は界賊。死んだ方が世の為人の為になるような犯罪者。そうである以上、命を惜しむ様な真似はしない。してはいけない。命を救われた以上、命を賭す。それが親代わりだった界賊の教え。……まぁ、口だけだ。言った馬鹿はソレを実践していた訳では無く、何処に出しても恥ずかしいクズだった。だから掴まって速攻頭を撃ち抜かれていた。だがジュウゾウはその言葉を『良い』と思った。思ってしまった。そして、その『良い』と思ってしまった言葉のせいでジュウゾウは今、動けなかった。

 ベイルがクソ野郎ならあっさりと見捨てられるのだが――


『ジュウ』

『あ?』

『ありがとう。もう良い。あとはベイルがやる。出来るだけ引き付けるから――』

『……』


 これである。

 クソ野郎どころかナイスガイである。

 酷い話だ。これじゃ見捨てられない。この冷血蜥蜴コールドブラッドが。


『わりぃ。ノイズで聞こえなかった。何か言ったか・・・・・・、相棒?』

『……今度ベイルが奢るよ、って言ったんだけれども……聞こえなかったのなら無しで良い、相棒?』

『ヤァ。残念。今回はクリアだ。こいつらから逃げたら容赦なく腹いっぱいになるまで食ってやるから覚悟・・しろ』

『うん。覚悟・・はしておくよ』


 言って「は、」笑う。口角を持ち上げ、舌で軽く唇を湿らせ――コンセントレイト。ひゅ、と鋭く推移込んだ息が肺を膨らませるのを感じながら、呼吸を止める。潜る。アントを操る。アントを操り、ダンゴムシへと向かい――右へ。大きく滑る。ダンゴムシは鈍重だ。それでもその背中に背負ったガトリングはそうではない。その銃身で自分を追わせながら足捌きで高さを変えての、後退。釣る。射角を下げながら更に下がる。追わせる。視界を下に。そうして制御してやれば――ベイルが頭上を取る隙位は造れる。造れるが、威力が足りない。ベイルのアントのブレードがダンゴムシの装甲を滑る。「……」。基本性能が違う。違い過ぎる。遅い分、硬い。それは良い。それは良いが、幾らなんでも硬すぎる。

 単純に機体の性能差。それもあるかもしれない。それもあるかもしれないが――

 ジュウゾウがそうである様に、ベイルがそうである様に、戦車乗りは例外なく魔術師メイガスであり、戦車はその魔術師メイガスの杖だ。

 そうである以上、相手も魔術師メイガスであり、あのダンゴムシは杖だ。硬すぎる装甲。その種は……付与エンチャント辺りか? そんな雑な予想を立てるが、そこまでだ。その予想が当たっていても、外れていても、今のジュウゾウ達ではどうしようもない。

 機体の性能差。

 魔術師メイガスとしての練度の違い。

 そのどちらにしろ貫ける手段がない。

 だから動け。動け、動け、動け。

 慣性Gに内臓を揺すられ、ブレる視界について行かない意識を研いで、兎に角動け。動け。動いて、動いて、動いて――通信コール

 送り主は商船。元持ち主。中身は……良い。今は良い。今は――


『ベイルッ!』

『確認した。退こう』

『ケー、三秒持たせろ』

『ヤ』


 叫び、下がる。目を瞑る。呼吸を深く。右手を握る。拳を造る。鍵を握るイメージ。そのまま右手を魔導砲につながる水晶に叩きつける。


「――ひらけ」


 唱えられる原初の呪文。

 ゲート。それは召喚サモンの基礎にして秘奥と呼ばれる呪文スペル。戦車が通れるモノとなると本来であれば熟練の術者三人で唱えなければならないが――


『開いた!』


 例外イレギュラー。界賊稼業において必要だったと言う理由からジュウゾウは短時間、不安定、行き先不明のただ『跳ぶ』だけの門――孔を開けることが出来る。

 体系化されている魔法を学んでいる者程固まる異常。

 有り得ないはずのゲートを見て賊が固まる中、自分で開いたジュウゾウは勿論、そのジュウゾウを無条件で信じていたベイルも飛び込む。

 門と呼ぶには余りに不安定な孔は五秒も持たずに散り――


『……』

『……』

『……ジュウ、ここどこ?』

『ヤァ。どうしたどうしたベイルー? 迷子の迷子の仔猫ちゃんってガラでもねぇだろ? 止めろ止めろ。テメェがかわい子ぶっても何も面白くねぇぜ?』

『――にゃぁ』

『……この世だよ。それだけは保証してやる』

『そう。それなら一応、あのままより戦い続けるよりはマシだね』


 宇宙より広い砂の海に二人の遭難者が生まれた。







あとがき

すくな!

次は多分水曜日です。

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