第百八十四話 難しい言葉を使うと恥をかく
184話と185話同時更新です
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「まずはどちらから決めますか?」
藤孝くんからの質問。侵攻作戦を決めるか、丹後一色家の対処を考えるか。
この質問の答えは簡単。悩むまでもない。
「まずは丹後一色家が何で急にあんなことを言い出したかってことを確認しておきたいな。侵攻作戦はこちらが機を狙って行動できるけど、他国が動くのは相手任せ。兵を動かすなら後顧の憂いを絶たないとね」
「それが良いかと思案仕りまする」
「私も賛成です。それでは私から状況の説明を。現在、丹後国・伯耆国・播磨国・備前国など中国方面の動向で大きな変化が起きております。今まで強勢を誇っていた尼子家が衰退しているのです。そのため、常に圧迫されていた備前浦上家、伯耆山名家などは尼子家の衰退を受け動きを活発化。周囲の領地を切り取っているとのこと。同様の動きは隣接国にも出ておりまして、件の丹後一色家と境を共にする山名家は東にも兵を動かそうとしているようです」
一方が弱まれば、他方が強くなる。
力の総量は変わらず、各家が入れ替わり、食えるところを襲う。つまり、いつまでも争いは続く。
戦乱の世が終わらないわけだよ。
「これに困った丹後一色家は、さらに弱そうな若狭国を狙って力をつけようとしていると」
「御明察」
いやいや。御明察ってほどの推測じゃなくて、ほとんど答え教えてもらっているようなものだから。尼子家ってこの前までは十一ケ国太守って呼ばれるほど超強大な国じゃなかったっけ?
「……ちなみに尼子家が衰退している理由って?」
「安芸国毛利家です。大内家を厳島で破って以降、破竹の勢い。尼子家にも勝利を重ね、その立場を奪う格好となっております。以前、義輝様が気にされていた毛利家です。ここまで見通されるとは御慧眼この上なし」
いえいえ。それだって、戦国SLGで後半は毛利の領地がでっかくなってたからであって……。あんな成り上がり劇場を見せられるとは思っていませんでしたよ。
「ええと、こういうの何て言うんだっけ? 栄枯必衰?」
「…………」
「それでしたら、盛者必衰か栄枯盛衰ではないでしょうか」
光秀くんが不思議そうに訂正する。
「…………」
場に冷え冷えとした空気が漂う。
藤孝くんは顔を下に向け、聞いていなかったような態度。
光秀くんは自分の仕事をしたと満足げな顔。
はい。俺は難しい言葉を使おうとして恥をかきました……。
藤孝くんのように、後でそっと教えてくれるタイプじゃないもんね、君は。
間違ってない。間違ってないのだけれども、今とても恥ずかしく思っている僕には藤孝くんの優しさが必要です。
「確か平家物語かなんかにそんな言葉が出てくるんだよね? 藤孝くん」
「そうですね。義輝様は博識でいらっしゃる」
いたたまれない気持ちのまま、いつもの優しさを求め藤孝くんに話を振った。しかし、甘々な君の優しさも案外辛い。
傷口に塩を塗るのは痛いらしいが、傷口に砂糖を塗っても痛いと思う。試す気にはなれんけど。
そして、藤孝くん。君は根本的に間違ってる。俺は博識ではないんです。当てずっぽうの一つ目が当たっただけに過ぎないんです。博識な人なら、栄枯必衰なんて間違った言葉は使いません。
「中国方面は、毛利家を中心として動いていきそうですね」
ワザとらしい咳払いの後、場の空気を変えるように話を戻した藤孝くん。
俺はそれに乗っかる選択肢しかないのです。
「強い国が勃興してくるのも、あまり良い気はしないね」
「そうですか? 当主の毛利輝元様は昨年元服の折に、義輝様から偏諱を賜り、輝元と名乗ることになりました。幕府寄りの大名が強くなるのは良いことでは?」
確かに幕府寄りの大名が強いのは良いことなんだけど、毛利家が上杉家のように忠誠を誓ってくれているかは定かじゃない。そこが気になるのかも。
「上様は今後どうなるかご不安なのでしょう」
「そうなんだ。毛利家からすれば成り上がりの正当性を求めてっていう面は否定できないし。上杉家みたいに仲間になってくれるかどうか」
「そこを心配していても仕方ないのではありませんか? 気になるのでしたら、上洛を促して会ってみてはいかがでしょうか? 偏諱の御礼ということならば、呼び付けるにしても違和感はありませんし」
「そうしてみようか。藤孝くん、手配お願い。それと丹後一色家には不認可の通達を。一応、若狭国へ救援部隊を送れるように準備だけはしておいて。あと忍者営業部を丹後国方面に」
「わかりました。では、次は侵攻作戦ですね」
「ついに幕府が軍を起こすのですね……」
光秀くん、感慨深そうだな。
彼は数年前の畿内動乱以降、側仕えの道から武将としての道を選んだ。
経験こそ詰めなかったが、武田信虎さんや和田さん、松永さんから学びに学んで爪を研いできた。
幕府軍としての再編のお仕事もしてきたから、自分たちの戦力が充実しながらも、動きの無かった今までの状況が悔しかったのかもしれない。
「無作為に侵略戦争をするつもりはないし、中国地方の動きを注視しながらになるけどね。現状どの大名たちも幕府の意に従わないところばかり。それを幕府が平定するのはおかしな話じゃない。今まで幕府に力が無かったから出来なかっただけで」
「そうです。しかし今は違います。手順を誤らなければ周辺国を攻め落とすのは造作もないこと」
造作もないって。さすが戦国武将。
俺からすると千名くらいの部隊同士の戦いくらいしか自信がない。国と国の戦いなんて大きすぎて勝ち方のイメージが湧かないよ。戦って勝っていくうちに、占拠しているなんて流れじゃダメなんだよな。
住民の慰撫、国人領主の管理、有力武将の調略。
戦いに勝つ方法だけじゃなくて、勝った後の統治まで考える必要もあって。
幕臣たちは優秀な文官が多いから、実務は問題ないんだけど、どう勝つか。どうやったら効率的に勝ち続けられるかというのは、別次元の才覚が必要。
現代的に言うと戦略家というのだろう。
戦国的には軍師、軍配者と呼ばれる人たち。
基本的に希少な人材で、そうそう見つけることは出来ない。
というか、見つけられるほど有名な軍配者だったら、他家で実績を上げている。
よっぽど現状に不満が無い限り、引き抜きは難しい。
それほどに貴重な軍師。
その中でも戦術面、戦略面、謀略面と得意分野が分かれている。
今、うちが欲しているのは戦略面と謀略面が得意な人。
特に戦略家。大局的に物事を見通さないと、近場の敵と戦うばかりで、いつの間にか周りは全て敵という状況になりかねない。
「確かに力は得たけど、その力の振るい方が難しいね。誰彼構わず攻め込んでいては、周辺国から味方がいなくなっちゃうし。そうなると力を蓄えた幕府だって、全方面の敵と戦えるほどじゃない」
「今の現状と周辺国の外交状況を勘案して対策を立てねばなりません。敵対関係で言えば、近江六角家、浅井家、越前朝倉家、大和筒井家。近場だとこの辺りでしょう」
「結構多いよね。味方は若狭武田家と大和国にいる松永さんと丹波国の弟さんくらいか」
「明確に旗幟を鮮明にしている家はその辺りでしょう」
松永久秀さんと弟の内藤宗勝さん。
畿内に残った三好家の武将のうち、幕府に従うと表明したのは、この二人だけだった。残りは敵対しないという不戦同盟のような感じ。
俺に従うかは俺の才覚次第と言っていた三好長慶さんに笑われてしまいそうな結果だ。
「……少ないよね?」
「未だ幕府に対し、その実力を疑問視しているのでしょう。今までの経緯があれば仕方がないのかもしれません」
畿内を離れれば、幕府は三好家のオマケという認識。
まだまだ我らが幕府はその程度に過ぎない。
だから、諸大名も幕府の意向を無視する状況に変わりない。
悔しいけど、これが現実。
自分たちで少しずつ変えていくしかない。
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