【王】変わりゆく
第百八十三話 改まったお願いごとに碌な事はない
永禄七年(1564年)
二条御所
「そんで一色さんからのお願いごとにつながる訳か」
「はい。一色殿は丹後一色家から付届けを受け取っているようですし、何かあった時は口利きをせねばならない立場にありますから」
幕府の今後の動きを決めるミニ戦略会議(という名のお茶会)を始めようとしていたところ、大変申し訳なさそうに訪いを告げた一色藤長さん。先代将軍 足利義晴に姉妹が側室になっている関係で、立場的には一目置かれる存在。なんだけど、気の良い性格というか、前に出ないタイプのようで与えられた仕事をこなすことで満足している感じ。
だから会議に呼んだりと深くかかわる関係ではなかった。
それが、今回は会議が始まるタイミングに現れたのだから珍しいことだった。
彼の言葉を聞くと。自発的にではなくて致し方なくといった感じ。これ以上、自分で抱えたままに出来ず、丹後一色家がこんなこと言ってきてますけど?って報告だけしていった。
「だけど、当の本人も苦しそうだったけど?」
「一色様は幕府に長く仕えておりますし、幕府の変化をよくご存じでしょう。しかし丹後にはそれが伝わっていない様子。板挟みかと」
「そうですね。明智殿の言の通り、立場上、口利きをせねばならないが、無理を言っていると理解している。そんな感じでした」
付届け。言い方は様々あれど、期待するのは中央政権にいる人物に口利き。その期待を込めたお小遣いである。
大抵は地方の大名家が幕府や朝廷との窓口役として接触してくる。
大名家は親戚筋や何か縁のある伝手を探してくる。
日頃から定期的に付け届けをしておき、何か困ったことがあったら、頼るという訳だ。役に立たねば送金はストップ。役に立つからこそ、小遣いをもらえる。
ついこの間まで、幕府は大変貧乏だったので、一色さんクラスですらお小遣いをもらって糊口をしのぐ有様。だから今回のような無理難題に思えるようなことも断り切れなかったのだろう。
「変に恩を受けると後々面倒になるってことかね。一色さんはお仕事も真面目だし良い人だけど、今回のお願いは聞くわけにはいかないよなぁ」
「それが妥当な判断かと」
「私も同じ考えです。一色殿も同意でしょうが、丹後一色家は収まらないでしょうね」
「そんなこと言われても無理でしょ? 若狭国の領地を割譲しろなんて。若狭武田家に寝返った国人領主の領地は、丹後国に属するから一色家に返せって話だけど、国人領主から取り上げたら、その国人領主が収まらないだろうし。そもそも丹後一色家を見限られて若狭武田家に行っちゃったんだから、幕府の裁定を求めた所で現状維持が妥当でしょ」
「しかし、幕府が若狭武田家を潰すつもりなら、悪くない手です」
「潰す気ないから! 武田義統さんは義理の弟だし、大名家では一番の協力者なんだから!」
光秀くんは物騒なことをサラッと言う。冗談だよね?
切れ者の光秀くんには、ハッキリ意思を伝えておかないとな。変に気をまわして謀略を仕掛けられても困る。
「そうですか……」
「そうです! 何でちょっと残念そうなの?」
「光秀殿は幕府を強くするために海を抑えるべきとお考えなのでは?」
海ねぇ。海を欲しがっていた大名家がいたよな、確か。
そんなに海が恋しいのだろうか。こちとら山奥で逼塞している時期が多かったせいで、ご縁がありませんでしたよ。
むしろ、今ではそっちの方が落ち着く気がするので、あまり心が動かない。
まあ、そんなふざけた理由で光秀くんが勧めている訳ではないだろうが。
「はい。しかし、海だけに限りませぬ。若狭国は物流の拠点としても素晴らしく、琵琶湖を抑えれば畿内の物流の半分を抑えたようなもの。若狭国が幕府直轄領になれば他家の追随を許しませぬ」
「それはまあ……そうだろうね。でも今は武田家に任せている国だからさ」
理屈は分かる。
若狭武田家は幕府のスタイルに適した土地だ。
米の収入は多くないが、物流の拠点として超一等地。
商売の利益で組織を支えている今の幕府にとって、直轄地にすれば計り知れない恩恵があるだろう。
少しの間、その辺りを考えていると、光秀くんはさらに推してくる。
「今であれば数日で占拠できますが?」
「しないから! それに守護制度については考えがある。いつ実行できるか分からないけど、味方を滅ぼしてまで幕府を大きくする必要はないよ。俺ら幕府は味方を守るための組織なんだから」
「そうかもしれません。が、この数年、幕府の領地は増えておりません。地方では、いくつかの大名たちが頭角を現し、力を蓄えております。それが歯がゆくてならないのです」
「土地の広さはね。だけど中身は違うでしょ? 幕府軍として山城国と摂津国の国人領主たちを訓練して編成できたし、資金は蔵が足らないくらいに積み増した。三好長慶さんも義興くんも体調は良くなってきているようだから、河内国や四国方面は安心して背を預けられる。前とは安定感が違うよ」
「義輝様にはご嫡男がお生まれになりましたしね。ただ、双方のご意見も事実であることに間違いありません。そのために今後の侵攻策について協議しようと集まっているのですしね」
「そうそう。それが一色さんからのお願いで中断になっちゃったんだった」
「まずはどちらから決めますか?」
この質問の答えは簡単。悩むまでもない。
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