第百八十五話 みんな良い所の出身らしいですよ

184話と185話同時更新です

―――――――――――――


 畿内を離れれば、幕府は三好家のオマケという認識。

 まだまだ我らが幕府はその程度に過ぎない。これが現実。

 それが嫌なら自分たちで少しずつ変えていくしかない。


「無いものねだりをしても仕方ないか。攻めるのに、しがらみがないのは六角家だね。同盟関係は美濃一色家(斎藤家)と言っても、美濃一色家は信長さんとの小競り合いで忙しいみたいだから」

「左様にございまする。さらに我らが動けば浅井家も動くでしょう。東側から動く浅井家がいれば、美濃一色家の援軍はそちらとかち合うはず。大きな障害となりません」


「問題は切り崩しが上手くいってないことなんだよなぁ」

「浅井家は東部の国人衆を上手く調略しているようです。我らは、そういう方面が弱いうえに、六角家諸将には幕府に歯向かった事実があるせいか、こちらに降るのを恐れている節があるようです」


「全然厚遇するのにな。もちろん主戦論者だった人は受け入れたくないけど」

「歯向かっておいて、降る時には幕府の看板を気にするような人物など、不要ではないでしょうか」


 これこれ、光秀くん。ハッキリ言い過ぎですよ。

 間違っていないのだけれども。


「事情はどうあれ、調略が進まないなら真っ向勝負になっちゃうもんな。六角家から鞍替えしてくれたのは朽木家くらいか」


 あそこはもともと将軍家に忠誠を誓ってくれていた数少ない家。

 畿内動乱でも将軍家寄りの立場を崩さなかった。本当にありがたい。

 あそこが味方でいてくれると京と若狭国への道が細いながらも繋がる。


 その分、六角家から目の敵にされやすいので注意が必要だ。

 朽木の爺さんの願いを叶えるためにも、あそこの守りは重要視しないとな。朽木谷のみんなが平和で笑って暮らせるようするって約束したのだから。


「はい。そうなると近江北部を狙い、若狭武田家との連携を取りやすくするのが一つ。ただ、この案では間違いなく浅井・朝倉連合も刺激します。仮に戦となれば、六角家に一息つかせるだけ。あまり良い手とは言えません」

「浅井家を六角家と競わせている間に。ならばどうでしょう?」


「それが出来れば理想だけど、そういう謀略に長けた人がいないんだよな。忍者営業部の人たちは実行力はあるけど、絵図を描ける人はいないし」

「私も勉強中ですが、大国を動かすほどの謀略となると荷が重すぎます」


 そこで無理しても名乗り出ないのが光秀くんの良い所。手柄を焦って、無理して失敗するならしない方がマシだ。浅井・六角連合と幕府軍の構図は避けたい。今の幕府軍の状態なら片方ずつにしないと隙を見せることになる。


「そうなると次善の策として、大和国南部の筒井家を攻めるということになりますね」

「そうなるね。松永久秀さんも大和国北部を抑えているけど、攻めきれずに膠着状態で困っているみたいだし。共同して攻めるか、こちらだけで攻めて後で分配するか」

「筒井家は興福寺の有力宗徒でもありますから、簡単にはいかないのでしょう。仮に攻め落とせたとして、現状では飛び地のようになるので最善とは言えないのが苦しいところ。効果のほどは定かではありませんが、興福寺は一条院別当を務めておられる弟君 覚慶様を頼られてみては、どうでしょうか?」


「言うだけ言ってみるのもありか? ただ、ほとんど他人のようなもんで、いきなり頼み事ってのは……。それに興福寺にも武装解除の打診をしたいから、取っておきたい気持ちもあるかな。……手紙くらい出すぐらいはしておこうかな」

「ではその路線は一旦保留にして、自力で筒井家を攻め落とすしかありませんね。しかし、朗報もあります。伊賀の上忍三家より連名で書状が届いております」

「伊賀の上忍三家?」


「はい。千賀地ちがち百地ももち、藤林の三家です。伊賀はこの三家が取り仕切っている地。ちなみに服部正成殿は千賀地の庶流ですよ」

「そうなんだ! 服部くんって良いとこのお坊ちゃんだったんだね!」

「ま、まあ、家柄に差はあれど、皆良い所の生まれではないかと……」


 そうでした。庶民だった俺の意識は別にして、足利義輝は足利幕府の嫡流、藤孝くんも一流どころのサラブレット。光秀くんだって土岐源氏の庶流。そもそも武士なんて血筋が拠り所なんだから、みんな良いとこのお坊ちゃんでした。


「話を混ぜっ返しちゃってごめん。それで何で伊賀から書状が?」

「幕府に伊賀を統治して欲しいとのことです」


「? なんで? 今まで自由にやってきたのに、あえて幕府の指揮下に入る必要があるの?」

「先方が記した理由には、忍者営業部としての雇い入れや絹の配給。火薬の生産など多くの仕事を割り振ってもらった恩に報いるとのことです」


「それは間違ってないけど、それだけの理由で?」

「和田殿に確認したところでは、忍びの地位を上げる狙いがあるのではと。早いうちに麾下に加わることで、幕府内での地位を確固たるものにすることと、忍び仕事という下に見られる風潮を直臣になることで刷新したいようです」


「実情はそのままで、見た目を良くしたいって事かな?」

「おそらくは」

「上様、どうでしょう? 向こうからの申し出ですし、そのまま受け入れるのではなく条件を付けてみては。先方もある程度条件を付けられるのは覚悟しておりましょうから」


 この辺りは戦国らしい発想。いや、ビジネスにも通ずるか。

 何かを求めて困っていれば、条件を課す。足元を見ているようで、少し後ろめたい気もするが、向こうとしては幕府ブランドを使いたいってことなんだから、使用料代わりに何か請求するのは悪いことでもないか。


「光秀くんには考えがあるの?」

「まず守護といかないまでも、代官のように現地の監督官を置くこと。忍び衆を忍者営業部の専属にすることなどはいかがでしょう?」


 専属にして囲い込んでしまおうって考えか。

 幕府で全部抱え込んでしまえば、他家の情報収集力を削ぐことにもつながる。

 悪い手じゃないけど、今回の条件で無理矢理それをすると、確実に反対者が出るだろう。そういう人まで抱え込んでしまっては、逆にこっちにも損が出そうだ。


 代官はどうなんだろう。

 親会社から社長が派遣されるみたいな感じか。やりにくそうだな。


「代官……。上忍三家の上に幕府から派遣された人が座るってことか。そんなことして、大丈夫かね? 専属は無理強いできないし、嫌々されても困るから出来るだけって感じなら良いかな」

「名目上であれ、幕府直轄領となり、直臣になるのでしたら義輝様の指示に従う必要があります。その意を伝える代官職の者が、上に立つのは必然です。問題ないでしょう」


 確かに俺が直接伊賀で陣頭指揮が出来る訳じゃない。だから、誰かにこっちに来てもらうか、俺の意を汲んだ人が伊賀に行くか。

 こっちに来てもらうなら出向扱い、こっちの人間を派遣するなら代官って訳で、そこまで無理を言っている訳じゃないようだ。


 こちらとしては、伊賀の人が認めてくれたってことが嬉しい。

 おそらく、貧しい伊賀国を直轄領にしても収入は多くないはず。彼らが仕える主と認めたことが唯一の財産になるのだろう。


 こちらとしても、あまり無理を言わず仲良くできると良いな。


「あとは向こうがその条件を受け入れるかどうかってことね」

「これは交渉事ですから、一度の話し合いで済まないでしょう。しかし、私なら上手くまとめる自信があります」


「じゃあ光秀くん、任せた。伊賀の人々が割を食うことがないような条件でまとめて」

「承知いたしました」

「では、大和国を平定し、隣接する伊賀国を併合する計画でよろしいでしょうか?」


「ああ。後は松永さんと打ち合わせしておかないと。上洛を要請しておいてくれ」

「わかりました。しかし、すぐにお見えになると思いますよ。よく京の都に足を運ばれているようですので」


 松永さん何してるんだ……。光秀くんに把握されるほど、京の都に来ているのか。もしくは、光秀くんがマークしているのか。


 そもそも大和国の領地にいなくて良いのだろうか。あそこだって、宗教勢力の力が強いから北部を抑えているのも大変だろうに。


 あの人は食えない人で行動にも謎が多いから、話すの疲れるんだよな。会わなきゃならないけど、ちょっと気が重い。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る