第三章 続く戦乱編
【他】譲れないもの
第百八十一話 その男、歩く(前編)
大変お待たせしました!
第三章 続く騒乱編 の開幕でございます!
第三章では、畿内だけでなく近隣の国々も参戦。敵味方入り乱れる展開の予定となっております。
王者 将軍義輝と煌めく戦国の覇者たちとのせめぎ合い。どうなっていくのでしょうか。
確実なのは……、また長い物語になるということ! それはお約束できると思います!
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永禄七年(1564年)
その男は街道を歩んでいた。
茶屋や飲み屋には目もくれない。背負った網袋には干からびた餅が少々に手ぬぐいと草鞋。食料は尽き欠けていると言っても良い。
それでも歩き続けられているのは、腰に結わいた竹筒の水のおかげだろう。それが彼の命を永らえさせている。
その男の懐は寒い。
従って食うものは野草と少量の餅。
明るいうちは歩き通し、暗くなる前に寺に泊まる。
泊まる寺では門徒へ食事が供される。しかし、男はそれを断っていた。
断っているのはそれだけではない。
旧領を離れる際に、叛いた主君の下へと帰参する選択をした同僚から、心付けを渡されたのだが、それも受け取らなかった。
自身の領地を親族に引き継がせるための交渉すらしなかった。彼の主君は、叛いた家臣すら受け入れているというのに。
それは彼の主君が優しいからという理由だけではない。素早く事態の収拾を図るためという政治的側面を有しているのだ。だからこそ旧領安堵で帰参するという交渉は難しくないはずだった。
仮に己の所業を恥じたのならば、当人は隠居して弟や息子に継がせれば良かった。そんな物珍しいことをする人間は少数派であるのは間違いない。
現に同僚たちは、叛いた事実がなかったかのように松平家に仕えている。
対して、彼は僅かばかりの食糧だけを持って、三河を離れた。
ムキになって意地を張らずとも良かろう。
一揆では共に本願寺派として主君に刃を向けた同輩がそう諭した。
されども、その男は静かに首を振るだけだった。
彼の生国の特徴は朴訥として、真面目という気質。
見た目は瘦身で優男。三河人らしくない相貌だが、三河人の性質を色濃く受けついでおり、悪く言えば頑固とも言える。今回の対応は正にそれだ。
違う点があるとすると、弁が立ち、頭が切れること。
その違いこそが、彼の存在価値でもある。
ただ、今回は彼の思考が悪い方に働いている。突き詰めて考えすぎて、結論が極端になりやすいのだ。
事の顛末は、そのような経緯。
わずかな荷物に大小の刀を携えた男は、畿内へと続く街道を進んでいた。
※
大坂本願寺
「どうか一目だけでも、法主にお目通りできないでしょうか?」
「一門徒が会いたいと言って会える御方ではない! 三河での貢献があるからこそ、このような場を設えたのだ。これ以上、無理をいうのであれば、私は席を立ちますよ」
「しかし、私には法主のお言葉が必要なのです。私は主君に背いて教義を優先しました。その結果、武士たる土地を手放し、流浪の身。武士でありながら土地はなく、禄もありませぬ。かといって、刀を鍬に持ち替えても、私より上手な者はごまんといるでしょう。私の頭には効率的に戦う術が詰まっております。火縄銃の運用にも考えが――」
いちいち真面目に前提から離す彼の言葉。それを嫌ったのか、途中で遮った高位の坊主は吐き捨てる。
「ならば長島でも加賀でも、どこにでも行けば良いでしょう。どこもかしこも戦う力を欲していますよ」
「それではいけないのです。一向宗の教えに従うのは門徒の務め。しかし、それを優先したばかりに、殿にあのような顔をさせてしまいました。私は今でも、殿のあの表情を忘れることが出来ません。本願寺の命だからと主君に背いてよかったのか。敵と味方に分かれることしか出来なかったのか。他に道があったのではないか。そればかり考えてしまいます。そもそも、教義に反することを考えること自体が不信心なのかもしれません。……このように道を見失った私だからこそ、法主のお言葉で導いて欲しいのです」
「グチグチと女々しいやつめ! 三河の蜂起で活躍した武人と聞いたから会ったというのに、これほどまでに女々しい男だったとは。どうやら噂は誇張されていたようだ」
「私の噂など知りませぬ。私は私に過ぎないのですから。されど! 私の武功を御認め頂けるのならば、法主へ御取次ぎを! 是非とも!」
「うるさい! どこぞの寺へ勝手に行け。そこで法主の言葉が聞けるだろうよ。門徒は皆そうしておる」
「
煌びやかな袈裟の裾を掴み、立ち去ろうとする下間何某を引き留めるのだが、下間は空を蹴るようにして、その手を振り払う。
「これ。騒がしいですよ。声が廊下まで鳴り響いています」
「顕如様。大変失礼いたしました」
「汚い言葉を使わず、丁寧に話しなさいといつも言っているでしょう? 坊官としての品位を保つことを忘れてはなりません」
「はい。誠に面目ございません」
「それは相手に謝罪することです。そちらの客人に背を向けていては、謝罪になっていませんよ」
威丈高な態度が消え去った下間何某は、法主 本願寺顕如に平身低頭していたが、顕如の言葉を受けて、貧相な男と向き合い、頭を下げた。
「声を荒げ、申し訳ないことしました。お許しいただきたく」
「私は気にしておりません。本来の目的である顕如様にお会い出来ましたので」
「ほぅ。私への客人でしたか。当の私にお呼びがかかっておりませんが?」
「いえ、それは……。人品を確かめてからと。謀りや刺客であったら一大事ですので」
「そこの客人は性根の真っすぐな目をしておられますよ。確かめるまでもないでしょう。一体私に何の御用ですか?」
「はっ。私は三河国の住人
「おいっ!」
一門徒の望んだ法主との対面。
当然のように会話をしようとする本多正信を下間が窘める。
「言葉使いに気をつけなさいと言ったばかりでしょうに。貴方は下がっていなさい」
「しかし! それでは顕如様の御身が――」
「お下がりなさい」
有無を言わさぬ圧力を伴った一言。
下間何某は這いつくばって下がることしか出来なかった。
その男、歩く(前編) 了
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前書きでも書きましたが、長らくお待たせ致しました。
怒涛の如く押し寄せた仕事の波が、やっと落ち着きを見せ、PCに向かい合う時間が取れるようになってきました。
まだ書き溜めが少ないので、更新頻度は抑えめにして行く予定です。また以前のように週5くらいの公開ペースに戻していければなと思っております。
さて、それまでの間と言っては何ですが、カクヨムコン9用に新作を公開しております。
青春×ピアノ×恋愛がテーマの「君と英雄ポロネーズ」という作品です。
https://kakuyomu.jp/works/16817330662075306019
カクヨムコンで結構苦戦しているので、良かったらお読みに来ていただけると、とても嬉しいです。ついでにフォローや評価をして頂けたら、とんでもなく嬉しいです。
とは言いつつも、歴史ジャンルとはかけ離れているので、ご判断はお任せするしかないのですが。
ただ、自分では面白いと思ってます。自作の中で1番面白い作品なのではと思ってるほどです。
普通の男の子が直向きに頑張る。そんな作品です。50話くらいの読みやすいボリュームに仕上がっております。
よろしくお願いしますm(_ _)m
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