幕間 論功行賞

お時間が空いてしまいまして申し訳ございません。

三章公開までもう少しお時間をください。


今回は幕間として、時間は少し遡り、若狭戦線が終結した後のお話です。

176話『敵の正体』前後の時系列となります。


―――――――――――――――


若狭戦線

幕府軍本陣



 若狭兵と幕府軍が担当した若狭戦線は、総大将の印牧能信かねまきよしのぶの討死によって終結した。


 その後、わずかばかりの若狭兵を借り受け、幕府直轄軍とともに山城戦線の救援に向かうため、南下しているところに届いた凶報。

 京の都。普門寺に囚われていたはずの細川晴元が追放されていた伊勢貞孝とともに蜂起し、京を掌握してしまったのだ。


 これにより、京の東側で六角軍と対峙していた三好軍は摂津国まで撤退。

 幕府軍と三好軍で六角軍を挟み撃ちする予定が、逆に戦線を押し込まれ、京の都を奪われる結果となってしまった。


 これにより、幕府軍は朽木谷で足止めを喰らい、三好軍と六角軍の決戦の推移を見守らざるを得ない状況に至る。



 若狭戦線での首実験は終えていた。誰がどのくらいの功績を立てたか幕臣たちが帳面に纏めている。論功行賞は落ち着いてからの予定だったが、予定外に時間ができてしまったので、今のうちに論功行賞を行うことにした。


 先の見えない滞陣になりそうなので、士気を高めたり、維持する目的もあるらしい。


「第一功は幕府歩兵隊 総隊長 滝川益重及び伍長 滝川利益。第二は幕府騎兵隊 総隊長 小笠原長時。第三は弓部隊 隊長 山内一豊。以上とする!」


 藤孝くんの宣言に沸き立つ幕府直轄軍の兵士たち。基本的に一兵卒の手柄は、隊長の手柄でもあるので、こういう場では隊長クラスの人たちが評される。


 この後で隊長たちが各自の部下を評するという流れだ。これは戦国時代の習いで各家の戦力を率いる家長は大名に従っており、立場は直臣扱い。家長に従う武士たちは陪臣であることに由来する。


 もちろん、兵を率いる家長が直臣であるとは限らない。その場合は、その武士団を取り纏める直臣の武士が評されることになる。


 簡単に言えば、褒めるのは自分の部下だけと言うわけだ。直轄軍は全て俺の部下なんだけども、論功行賞の文化はそのまま引き継がれている。


 ただ、例外はあって目を見張るほどの武功を挙げた場合。この場合は特別に直接お褒めの言葉を授けることがある。

 今回で言うと、滝川利益くんが該当する。


 なんせ敵総大将を討ち取ってるからね。これを褒めなきゃ、誰を褒めるって話なわけで。

 全体への通達は先ほどの通りで、この後に個別面談で褒美を授ける予定になっている。



「面を上げよ」

「滝川益重、利益。今回の合戦では良くやってくれた。特に利益。総大将を討つとはな。印牧は敵ながら一廉の武将であった」


 かつて朽木谷で起居していた屋敷に滝川益重さん親子を招き、直接感謝の意を伝えることにした。


「上様の御威光をもちまして、敵を打ち払うことができました」


 二人とも頭を上げず、胡座をかき両拳を床に付けている。


 その姿勢からさらに頭を下げて、益重さんが御礼の口上を述べた。

 続いて利益くんの番になるわけだけど、益重さんが手を焼く自由奔放な息子さん。

 どんな言葉が飛び出すことやら。


「非力の身なれど、上様のお役に立てまして幸甚にございまする」


 あれ?

 イメージとは違って、まともなご挨拶。

 普段は好き勝手やってても、改まった場ではちゃんと出来る子なのかもしれない。


「親子共々そう固くなるな。ざっくばらんな方が儂の好みだ」

「はっ」


 あまり俺の言葉は役に立たず、二人は姿勢を崩すことはない。


「そうだ、褒美に何が望む物はないか? 俸給を増やすも良いし、武具や書画でも良いぞ」


 清家の里の者に領地持ちはいない。

 領地を預かっても管理出来ないし、領民を引き連れて参陣なんて事も出来ないからだ。


 だから、彼らは階級に定められた俸給を受け取っている。それで生活しているのだ。

 この辺りの階級制の俸給は、石田正継さんや藤孝くんが中心となり、いつの間にやら定まっていた。


 褒美としては、この階級給に加算給を上乗せするかボーナスを支給するという形が取りやすい。


「俸給は充分頂いております。清家の里で暮らすのならば、これ以上の金品は不要にございます。さすれば、日々の潤いに頂きたいものが」


 益重さんにとって、俸給の上乗せは不要らしい。代わりに欲しいのは、日々の潤いだそうだ。


 どうしよう……。綾小路まろまろ先生の新刊が欲しいとか言われたら……。全然、サイン入りの新刊でも貰ってあげるけど、BL本を褒美として強請られる気持ちは微妙だ。


「な、何でも言ってくれ」

「では厚かましい願いながら……、その床の間に飾っておられる掛け軸を所望致します」


 そう言われて振り返れば、確かに掛け軸が飾られている。

 たしか、これはかつての義藤が好んでいた掛け軸で、朽木谷に逃れてきたばかりの頃、幕臣の誰かが気を利かせて、京から取り寄せ飾ってくれたものだ。


 俺としては掛け軸に興味がないので、飾りっぱなしになっていただけなのだが、側から見ると俺が愛好しているようにも見えなくもない。


 きっと将軍が飾る物だから、それなりの値打ち物だろうし、褒美にもちょうど良いだろう。


「許す。幕府歩兵隊 総大将の日々の疲れがこれで癒えるならば安いものだ」

「あ、ありがたき幸せ! 重代の家宝に致しまする!」


 風景の一部と化していた掛け軸がそこまで喜ばれるとは。藤孝くんも俺が掛け軸に興味を失ったと気が付いているようで、手入れはするものの、掛け替えることは少なかった。


 その煽りを受けて、こやつは朽木の御座所の体裁を整えるために、京の二条御所に引き取られることもなく、掛けっぱなしにされていた。大事にしてくれる主人に貰われて良かったな。


 俺から数年振りに意識を向けられた掛け軸は、藤孝くんの手によって箱詰めされ、益重さんに下げ渡されることになった。


 益重さんはこれで終わり。次は息子の利益くんの番だ。


「では利益。お主は何を所望する? その大きな手で甲州金一掴みではどうだ?」

「いえ、それには及びませぬ。日々飯が食える分だけで充分にございます。ましてや清家の里ではタダで飯が食えるとあれば、金など無用の長物」


「そうか。ならそれとは別に欲しいものはあるか?」


 風流人の益重さんの息子。

 それなら利益くんも、そういうものを欲しがるのだろうか。


「さすれば、以前に若狭国へ潜入した折に羽織られておりました上様の陣羽織を」

「陣羽織? 利益の役職である伍長は戦場を駆け回る役目。陣羽織などあっても邪魔ではないか?」


 以前と言うのは、義弟の武田義統さんが廃嫡になるかどうかの騒ぎになった頃の話だ。武力行使で廃嫡しようとしていた粟谷勝久を討つべく出陣した。それは幕府直轄軍の初陣でもあった。


 あれもかつての義藤好みのド派手な陣羽織で、今は箪笥の肥やしとなっている。それに若狭山中で夜を越すのが寒すぎて、熊の毛皮を上に羽織っていたんだけどな。利益くん良く見てたな。


 指揮する時は、その格好では拙いからと直前で毛皮は脱いだんだっけ?


 まあ、ともかくあの派手な陣羽織が欲しいらしい。


「戦場は目立ってこそ。上様の陣羽織は色彩豊かで遠目でも分かり申す。あれを羽織り、戦場を駆け回りたく」


 たしかにあれだけ派手なら戦場でも目立つだろう。なんせ孔雀みたいだったし。

 もう使ってないし、俺としては問題ないけど、将軍用の陣羽織だから足利二つ引き両の家紋がガッツリ入ってるんだよな。


 あげちゃって良いものか……。

 困った俺は藤孝くんを見るが、問題無いと軽く頷いている。

 以心伝心。目を見ただけで理解してくれるイケメン。さすがです。


「良かろう。あの目立つ羽織を纏い、先駆けとして我らを導いてくれ」

「かしこまりました」


 滝川さん親子の論功行賞は、こんな感じで終わりに。

 山内一豊さんは美濃に残った一族に仕送りをすると、甲州金を喜んで受け取り、小笠原さんは、騎馬隊で使用する馬を買ってくれというので、軍馬の買い付けの予算を増やすことになった。


 うちの人たちは、好きな物や大切にしている物が分かりやすくて、そこに人柄が出ている気がする。誰もが気の良い人たちだ。


 彼らに報いるためにも、六角家との戦いに勝利せねばな。そう心に決めた。

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