第百八十〇話 動乱の終わり

 畿内全域を巻き込んだ動乱は終わった。

 和泉戦線を制した畠山勢だが、六角軍を破った三好軍本隊が南下して、これを撃破。

 総大将の畠山高政や安見宗房は戦場で散った。


 幕府軍は、長慶さんの策が成るまでは派手な動きをしないよう城を包囲するだけに止めていた。不利を悟った細川晴元と伊勢貞孝らは城を抜け出そうとしたところを忍者営業部の人が捕らえて終わりを迎える。


 捕らえられた細川晴元と伊勢貞孝の処遇は、打首。これは長慶さんが決めた。今回は何の温情もなく、即決だった。

 実休さんを失った悲しみをぶつけるような果断さに感じた。


 畿内に落ち着きをもたらした三好家だったが、内実は影を落としたままだ。

 義興くんは、実休さんを死なせてしまったのが、早く戦を終えられなかった自分のせいだと責め、心配になるほど政務に没頭。日が落ちたら酒浸りで、日が昇るまで飲み続けるという生活をしていた。


 当然、みるみると痩せ衰え、身体を壊して寝込んで、溜まった仕事に追われるように床上げし、夜は酒を飲む生活に戻る。段々と身体を壊す頻度が増えていった。


 長慶さんは長慶さんで、飯盛山城の寝所から出ない日々が続いているらしい。

 こちらもご飯も食べずに経を読んだり、何もない壁を見つめたりして時を過ごしているようだ。生活の張りを失ったようで、どんどんと老け衰えていった。


 俺はこのような状況を憂い、何度となく松永さんと話し合っていた。松永さんも、今の状況を何とかしたいという思いは同じだった。しかし、これといった方法が出て来ず平行線のまま時間だけが過ぎていった。


 一つだけ、出来る方法があるのは気が付いていた。でもそれは、かなり難しい問題でもあった。正直、将軍という立場でなければ口を挟まないような内容だったけど、二人のためになると思って、その方法と意図を真剣に説明した。


 あまりに突拍子もなさすぎて判断できないと松永さんに言われ、三好長逸さんを筆頭とした三好家の重臣を交えて、それについて話し合った。



 そして、その話し合いがついたこともあり、義興くんを誘って飯盛山城の長慶さんを見舞いに行くことにした。義興くんや長慶さんは、互いの不調は認識していたはずなのに、見舞いに行くわけでもなく、各々の世界に引きこもっていたままだった。


 久しぶりに会う二人は、あまりの変貌ぶりに互いに狼狽している。


「おぉ、おぉ。義興や。何という顔をしておる。そんなにやつれてしまって見る影もない」

「父上こそ。幽鬼のように痩せ衰えてしまっているではありませぬか。ご自愛いただかねば」


 自分たち自身が苦しい状況なのに、相手を思いやる親子。優しい所はそっくりだ。

 俺の好きな人が二人も苦しんでいる。一人は重圧に苦しみ酒に溺れ、一人は悲しい過去に囚われて。


 かつての二人のような活力は見る影もない。二人とも大切な人を続けて失った悲しみから逃れられないでいる。俺からしたら二人ともひどい変わりようだ。


「二人とも自分の身体を大事にしてくださいよ。見てるこっちが辛くなりますから」

「そうは言っても。義輝様もご存知でしょう? 三好家の柱石は二本も欠け、父上もこのような有様。私が頑張らねば立ち行かなくなります」

「義興には申し訳ないことをした。されど気力が湧かんのだ。何をしていても一存や実休を思い出してしまっての」


 二人とも責任感が強いのも一緒なんだな。それぞれが自分を責めて、自分で傷つけている。そして、それに耐えられなくなって縋っている。酒と過去に。

 長慶さんは年齢以上に老け込んでしまったし、義興くんは酒を飲み過ぎて身体を壊してしまった。二人ともこのままじゃ長生きできないのは明白だ。


 せめて長慶さんに生きる気力を持たせないと。そこで、松永さんたちと話し合った件を切り出す。


「長慶さん、貴方には大切な仕事があります」

「なんだ? まだ儂に畿内の覇者として業を負えとでも言うのか?」


「そんなことじゃありません。もっと大切なことです」

「畿内を背負うより大切なことだと?」


「そうです。大切な息子さんを看病してあげてください」

「看病とな⁈ 面白いことを言うものだ。どちらかと言えば、儂の方が必要になるだろうて」

「そうです。父上は寝たきりで食も細くなってしまいました。早く床に戻っていただかなくては」


 確かに傍目から見れば年嵩の長慶さんの方が危ない気がするけど、彼は気持ちの問題。一方、義興くんは身体を壊してしまっている。


 生きることから目を背けている長慶さんなら、その目的を見付けさせれば回復に向かうはずだ。


「長慶さんはお元気なはずです。気持ちが負けているだけです。生きることへの」

「生きることか。苦しいばかりで良いことなど無いではないか」


「だけど、このままじゃもっと辛いことが起きますよ?」

「これ以上辛いことがあるとでも?」


 すでに地獄を見てきたという表情だ。今、その感情が湧いて作った顔ではない。今までの時間がその顔を作り上げた。


「このままじゃ義興くんの方が先に床に伏せることになるかもしれません」

「やつれたとはいえ、儂より元気そうではないか。歳も若い」


「いえ、彼の酒量は異常です。明るいうちは、まだまともですが夜となれば飯も食わず酒を飲んでばかり。それは深夜になっても終わりません。若かろうとも、このような生活では健康でいられるはずもない」

「酒くらいでも死ぬのか、人は。鉛玉も要らんとはな。だが、儂を見てみよ。顔は弛み、足腰は萎えた。もう寿命よ」


 確かにそうなんだけど、そうじゃない。十河さんが亡くなった時も気落ちしていたが、持ち直した時期がある。


「貴方は生きる意味を見いだせていないだけです。現に六角家と戦っていた時はお元気だったではありませんか」

「生きる意味か……。そのようなものがまだあるのか」


「ありますよ! 義興くんの看病という大事な御役目が。彼は自分の意志だけでは酒を止められません。誰か側について親身に支えてあげないと。それが出来るのは実の親で、義興くんが敬愛して止まない長慶さんくらいなんですから」

「儂だけが支えてやれる唯一の存在か……。義興が自分で酒を止められぬとは。だが儂に止められるのか……」


「数万の六角軍ですら自在に翻弄できる御方ですよ? 実の息子を支えるくらい楽勝ですよ!」

「ふふっ。確かにそうだな。人を動かすより自分が動く方が容易いものだ」

「ちょっとお待ちください! 私は京を離れられませぬ。父上はここ飯盛山城におられます。この状況で父上が京に参られては、三好家当主の鼎の軽重が問われます」


「違うよ、義興くん。君がここに残るんだ。長慶さんの下で療養するんだよ」

「出来るわけありません! 私が三好家の当主なのですから!」


「いや、松永さんや三好長逸さんには話を通してある。彼らも賛成だって。当主代行でも置けばやっていけなくもないだろうってさ」

「そ、そんな。私がいなくてもやっていけるなど……。では何のために私は頑張ってきたのか……」


「そんなに自分を責めないで。三好家の当主は君だし、三好家のみんなが君の復活を待ち望んでいるよ。彼らは主君が安心して療養できるように頑張るって言いたいんだよ。心配させたくないんだよ、君に」

「私を……、心配して……」


「だからさ、早く身体治して戻ってきてよ。ねっ?」

「いや、しかし……。やっと落ち着いた畿内の平和を乱すわけには……。違いますね。私自身が必要だと思いたいだけなのでしょう。わかりました。義輝様のお考えに従います」


「ということで長慶さん! 義興くんが復帰できるかどうかは貴方にかかっています。老け込んでいる暇はありませんよ!」

「朽木谷に籠ってのんびりしていた若造が言いよる。しかし、あの時から随分成長したものだ。まさか儂が上様の策略に乗せられるとはな。まあ、それも悪くない。……悪くないな」

「私も出来るだけ早く身体を治し、上様の下に参じます」


 話はまとまったな。三好家中の意思統一も大変だったけど、この二人を説得するのも骨が折れた。

 後は三好家内でどうやっていくのか話し合うことになるだろう。長慶さんだけでなく義興くんも半ば隠居状態になるわけだし。


「じゃあ、俺に出来ることはこれくらいだね。細かいことは三好家内で話し合って」

「ちょっとお待ちくだされ。儂から提案が一つ」


「えっ? 何ですか? だいぶ余計な口を挟んでしまったので、そろそろ退散しようかと」

「まあまあ、もう少しお付き合いくだされ。上様からの提案を聞き、考えたのだ。儂と義興は淡路国を任せている弟の安宅冬康の下へと行こうと思う。ここは京に近すぎて療養に向くとは思わんからな」


「はい。長慶さんが良いと思うやり方で良いですよ」

「言質は取ったぞ?」


「な、なんでしょう?」

「当主である義興に万が一のことがあれば、孫の義資が継ぐのが本筋。しかし幼すぎる。となれば、場繋ぎの当主代行が必要となるのだが弟の冬康は三好家を背負うには物足らなぬ。直系で年齢的にも相応しいのは一存か実休の子になるだろう。例え、長老格の三好長逸が粉骨砕身の思いで支えても畿内まで統治できる器量は無い。誰が当主になろうとな。せっかく落ち着かせた畿内が乱れては心苦しい。そこで畿内に残る部下は上様にお預けしようと思ってな」


「ええっ? それは無茶じゃ……」

「無茶なものか。上様は全ての武士の棟梁。つまり全ての武士の主君である。そも、松永などは上様の直臣であるし、何の問題も無かろう」


「問題ありまくりな気がしますけど……」

「無論、三好家に残りたいという者、独立独歩の道を進みたいという者に無理強いはせぬ。上様に仕えるかどうかは、上様の器量次第と言ったところでしょうな」


「そんな無茶苦茶な。こちらは味方が増えるならありがたい話ですけど、仕えてくれる人なんているのかなぁ」

「畿内には儂個人に忠節を誓った者が多い。阿波国本国の連中とは反りの合わぬ者も多いのだ。おそらく今後は阿波本国の者たちが家中を取り仕切っていく。そうなれば冷遇されるのは目に見えておる。本音を言えば、あやつらを助けてやって欲しいのだ」


「そういうことなら全力で助けますけど……。不安だなぁ」

「儂も義興を支えられるか不安ですが、それを生き甲斐にしろと命じられましてな。良かったではありませぬか。これで上様にも生き甲斐が出来ましたな」


 やり返したとばかりに嬉しそうな顔をする長慶さん。かつての茶目っ気が顔を見せる。


「そういうことで張り合う気はないんですけど……」

「父上は負けず嫌いですから。諦めてくだされ、義輝様」


 ええ、良く知ってますよ。身に沁みて。

 長慶さんが食えない人だってことはね。




【室町将軍の意地 -信長さん幕府ぶっ壊さなくても何とかなるよ-】

 第二章「畿内動乱編」 了


 ――――――――――――――――――――

 

 あとがき


 この第百八十話をもちまして第二章の終わりとなります。

 五月十九日から公開開始し終わったのが十月十一日。本編112話+幕間10話で122話。約29万文字と、とてもとても長いお話になってしまいました。


 五ヶ月近くも書いていたのですね。

 振り返ってみると良く書いたなと恐ろしく感じます。

 正直、毎日更新が厳しくなり、今では平日週5勤務のような形となっていました。

 申し訳ございません。



 ここまで続けられたのは読者の皆様のおかげです。


 その中でも、まずサポーターとなっていただいた方々にまず御礼を申し上げます。苦しい時期もありましたが、とても支えになりました。

(denden4970様、羽田伊織様、kimisei様、タカナシ様、liuto0130様、kazunori0220様、jaguar321様、peat22様、akiyoshikagami様)

 denden4970様には、本作公開の三月から継続してご支援くださいました。私にとって初のサポーターでもありましたので、特に思い入れが深いお方です。


 当時のサポーター限定ノートを見返すと、denden4970様のギフトのお陰で資料が買えましたというお話をしてました。

 この資料は第二章を書く上で大変参考になりました。


 またコメントを下さった読者の皆様にも感謝申し上げます。

 歴史物は詳しい方も多いので、投稿する度にツッコミが入らないかドキドキしながら、コメント欄を開いては、内容を確認して安心するという行動を繰り返しておりました。内容を見ますと概ね楽しんでいただけたようだと胸を撫で下ろして返信しておりました。


 応援ボタン、またそれに限らず本作をお読みいただいた皆様にも感謝を。

 いつもお読みいただきありがとうございます。


 本作は三作目ですが、これほど読まれた作品はありませんでした。

 実は私自身もコメントを残すタイプではないのです。だから読んでいただけるだけでも充分嬉しいです。


 カクヨムの書き手は交流が大事と言われておりますが、気恥ずかしさが勝ってしまい、応援ボタンだけ押して読み進めてしまってます。



 さて、物語のお話に戻ります。本章の義輝は朽木谷での逼塞生活から望まぬ戦に駆り出され、結果的には京へと凱旋出来ました。


 そこでは、覇者と呼ぶべき三好長慶との出会い。彼に引き出されるように成長を促され、戦国大名とは何たるか、将軍とはどうあるべきかを仕込まれていきます。甘さを内包した優しさを持つ義輝は、彼や他の英傑に揉まれながら、将軍としての在り方を形作るようになりました。幕府としても大きく変化した章でした。



 次話からは『第三章 幕府再興編』が開幕いたします。

 戦国の世を駆け回ることになるので、義輝の視点だけでなく、各地で各武将が鎬を削るような場面が多くなるだろうなと感じております。

 戦や政治の話が増えるような、増えないような……。

 今の段階では、まだ書き始めていないので、どうなることやらといった感じです。


 いつものように少しお時間をいただき、ある程度書き溜めたら更新再開致します。

 ちなみに軍師役は三章から登場します^^

 お楽しみに!


 それでは、末筆にはなりますが改めてお読みくださった皆様に感謝の気持ちを。

 ありがとうございました!

 第三章も頑張ります!


 ――――――――――――――――――――


 裏耕記いいぞ! 応援してるぞ!

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