第百七十四話 山城戦線の行く末

 松永勢が将軍山城に攻め寄せるべく移動を始めた時、白川口の六角軍を目指し進んでいた三好義興勢。


 その目的は松永勢への助攻。敵地の奥深くへ侵攻する松永勢が目的地に到達できるよう敵の目を集める目的である。そして、あわよくば自軍以上の損害を六角家に与えること。


 これにより、二万 対 一万四千という彼我の差を埋めようと狙っているのだ。

 そのためには自分の損害は最小限にしながらも、敵にはそれ以上の損害を与えるという難題が待ち受けている。


 戦というものは、練度や兵装がものを言うことが多い。

 同数で同条件なら、練度や兵装によって勝敗が決する。

 しかしながら、人数に差があった場合はどうか。鎧兜を身に着けた人間に傷を負わせるのには、相応の力を要する。その力を発揮しながら長時間戦えるように出来ていないのが人の身体というもの。


 つまりは練度や兵装というものは、人の数によって埋められてしまうものでもある。有利不利は多面的な側面を持ち、その面が変わると有利不利が入れ替わったりしてしまう。

 自軍の強さや弱さを把握し、戦い方を工夫することで自軍が有利に戦える状況を作り出す。それが武将の務めである。



「御注進! 先鋒の斎藤隊、被害甚大! その皺寄せに岡隊の損害も増えており、これ以上は持ちそうにありません」

「斎藤隊、岡隊は下がれ。岩成隊には入れ替わり前に出るよう伝えろ! 後詰の結城隊を下がってくる先鋒衆と入れ替える。準備させておけ!」


 思わしくない戦況に、予備戦力で部隊の生命線でもある後詰を動かした。

 元気のある部隊を戦わせ、少しでも戦況を良くしようという狙いだろう。

 前線で戦い大きく損害を受けた斎藤隊と岡隊を後詰の結城隊と入れ替え、形だけは開戦前と同じ状態になった。


 ただ、中身は同じとは言えない。下がったばかりの斎藤隊などは疲労困憊で傷を負った者が多い。

 六角家の先鋒と正面からぶつかりあっているので仕方のないことだろう。


 しかし、傷を負って疲れているのは、先陣を務めた斎藤隊と岡隊の二部隊のみ。

 よくよく見れば、義興本隊は戦闘に参加していないではないか。


 もちろん戦えない訳ではない。むしろ敵に当たる兵数を細く調整して、六角軍の本隊が動かないようにしているのだ。


 仮に六角軍の本隊が動き出せば、七千程度の義興勢など、ひとたまりもないのだから。そこを上手く采配を取り、潰せそうで潰せない状況を作り出している。

 あくまで六角軍の先鋒だけで対処できると思わせるために。


 敵は待ち構えて陣を張っていた六角軍。

 真正直に攻撃しても敵の硬いところを叩くだけに終わる。そこで、息を付かせぬように攻め立て、先鋒を入れ替える。すると付き合わされていた六角軍も、それを機に隊の入れ替えを行う。陣が動けば戦況も動く。それこそ義興の望む変化。


 脆く堪えられない部隊はどれか。

 自軍はどこで一気に力を解放するべきか。

 義興は細かく兵を動かしながら、その機を探っていた。



 三好義興勢の奮闘は続く。

 やがて、将軍山城から煙が上がり、火の手も見えるようになってきた。

 それこそ三好義興の待っていた合図。僚友で部下の松永久秀が目的を達成した合図。


 敵の弱点を突き、敵軍を削った証拠だ。

 この後、松永勢は敵の後方から接近してくる手筈になっている。


 それはつまり、力を開放すべき機が巡ってきたことを意味する。



「全軍に通達! 前にいる岩成隊を後押しして敵先鋒の陣を突破する。そのまま六角軍本隊を目指すぞ!」


 温存してきた義興本隊も前面に押し出し、敵先鋒の陣形を押し広げる。

 今までの少数でのぶつかり合いから、一気に圧力を増した三好義興勢に六角家の先鋒は耐えることが出来ず、割られてしまった。


 義興勢は勢いを弱めず、敵陣を突破していく。勢いに負けて道を開けてしまった六角軍にそれを止める力は無かった。



 進撃を始めた義興勢。

 きっかけとなった松永勢は、若き当主を支援するため急いで南進していた。

 その存在は六角軍に知られている。若干、不用心な速度で軍を進めさせている。

 松永勢の目的は六角軍本隊。勢いそのままに痛撃を与え、退却する。それを機に敵軍と正面から戦っている三好義興勢も退却する。


 自軍の損害もさることながら、それ以上に敵軍に損害を与える作戦。

 その考えは三好家だけに都合の良い作戦。


 将軍山城を落とし、南進する松永勢は山裾に沿って進軍している。これが最短経路だからだ。普段であれば斥候を多く出し、進軍路の安全の確認をする。

 今回に限っては、時間の経過とともに主君の命が危なくなる。自軍の安全のためか、主君の命か。無理を承知で始めた作戦。止まる訳にはいかなかった。


 その結果、松永勢にとって左手、つまり東側の高所からの矢雨を受けることとなった。


 そこに潜みたるは六角家重臣 三雲定持。松永勢の動きを察知した六角軍は三雲定持に命じて、本陣の後背に近い高所に潜ませた。

 普段と違い、勢い任せの作戦である松永勢は、これを察知できず弓矢の射程範囲に入り込んでしまった。


 本陣ばかりに目が行っていた松永勢は、全身に矢を受けてしまう。幸いにして大将の松永久秀の判断が早く、南進を中断。自城へと戻る動きを見せる。無防備な背を晒して。


 ここで動くかと思われた六角家本隊は、大きな動きを見せず、正面の義興勢に対処しているのみだった。義興勢も松永勢が打ち鳴らす退き鐘の音を聞き取り、退却の動きを見せる。


 これこそ追撃の好機。

 しかし、こちらに対しても六角家は動かず。

 少し腑に落ちない動きでありながら、そのおかげで辛くも虎口を脱する三好義興。

 伏兵によって作戦の中断を余儀なくされた松永久秀とともに、二人の顔は渋いものだった。


 年の瀬の山城戦線は、両軍損害を出しながらも、最終的には六角家の勝利という形で終えた。


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