山城戦線
第百七十一話 三好義興
永禄四年 霜月(1561年11月)
山城国 京の郊外
山城戦線
将軍山城を中心に京を窺う六角軍 総勢二万。
梅津城、小泉城など京の北東部の平城に詰めるは三好軍の山城方面軍 総勢一万四千。
乾坤一擲の勝負に出た六角家は、迂闊な行動に出られず、数で劣る三好軍も安易な行動を取れない。
山城戦線は、若狭戦線とは違う理由で膠着状態となっていた。
六角家としては必ず勝たねばならない。
三好家としては絶対に負けてはならない。
和泉戦線も含め、全ての戦線が膠着しており、その全てが連動して膠着状態を作り出していた。
すなわち、一つの戦線の崩壊は全ての戦線の崩壊を招く。それは守勢に回る三好家・将軍家連合にとって重たい制約となっていた。
逆に攻勢に出ていた六角家・畠山勢・朝倉家連合においては、どこか一つが勝てば、自軍は大きな傷を負うことなく勝利が得られる。
誰が損をするのか。そして誰が得をするのか。
連合体という形態の弱点が如実に表れている結果とも言える。
そのような状況で勝ちにこだわる若武者が一人。
気を許した主君 足利義輝に文を送り、自らが担当する戦線を動かそうとする者。
その心は、自分という男の価値を表すためでもあるのだろう。
偉大な父親を持ち、巨大な領地を有する三好家という金看板を背負う運命の男。
もしかすると、実弟を失い、気落ちしている父親を安心させたいと考えたのかもしれない。
自分自身が酒に逃げるほどに重圧を感じているにもかかわらず、十河一存の死という事実を受け止められないでいる父 三好長慶の心情を
親子共々、心根が優しいのだろう。
そのような優しさは、この戦国の世にどのような影響を与えるのだろうか。
※
「義輝様に文が届いている頃だな」
「おそらくは」
「どの戦線も敵より少ない兵で戦わねばならん。我らは子飼いの国衆がいるからまだ良いが、義輝様は弱兵の若狭兵が主力。戦況は厳しいかもしれんな」
「そうですかな? 存外、一番早く戦を終結させているかもしれませんぞ? 上様には隠した牙があるようですから」
「噂には聞いていたが。黒い軍団のことだろう?」
「さようで。しかし、それだけではないと儂は睨んでおります」
「それだけではないだと?」
「黒き軍団の協力者は別にして、金銭的に困った様子を見せておりませぬ。公家どもは相変わらず貧窮しておりますが、上様だけでなく幕臣どもも生活に不安を感じている様子もございません。領地を増やそうだとか権益を獲得しようなどの焦りがないのが気になっております」
「しかし、伊勢氏派閥を追放して掌握したではないか?」
「あれは政所などから得られる権益のためというより、専横を咎めるという意味合いのようでした」
「つまり久秀は幕府には別の資金源があると見ているのだな」
「間違いなく。大殿もそう見ているでしょうな」
「ふむ、儂はまだまだだな。そこまで気が回っておらなかった」
「義興様はそういう苦労は無用でしたからな。その代わりにいきなり大きな三好家を背負わなければならないという苦労を負っておりますが」
「最近は戦陣ということもあって酒は控えておるが、その分、夜が長く感じるよ」
「まだ慣れませんか? 義輝様も義興様の酒量を心配しておられましたよ」
「それは儂も直接言われたよ。本当にお優しい御方だ。しかし、その気は無くとも手にしてしまっているのだよ、あれは。戦ばかりの生活であれば、呑まずにおれそうなのだがな」
「それはそれで身体に悪そうですな。儂としては酒より茶の方が好みなので、静かな世の方が嬉しいものです」
「では松永のためにも、この戦を終わらせるか。義輝様を御支援するためにもなるしな」
「先方も厭戦気分が蔓延しております。緊張感が失せて、六角義賢は焦れておると見ました。現に将軍山城から出ようとしているようです。陣を前に進めて緊張感を持たせようとしておるのでしょう」
「我が軍相手に迂闊な手を打つものだ。わざわざ城を出て平地で迎え撃つつもりらしいが、それで勝てる気なのだな」
「あちらは背後に浅井家を抱えております。斎藤家の支援があるとはいえ長対陣は堪えるのでしょう。年の瀬も近くなっておりますし、そろそろ動きが欲しくなってくる頃かと」
「出てくるとしたら、麓の丘あたりに陣取るだろうな」
「ええ。平地で数に物を言わせるにしても、本陣などは高所を抑えるでしょうから」
「我が軍は数では負けている。ここらで数の差を埋めさせてもらおうか」
「ついでに六角義賢の汚い面でも拝んできましょう」
「それは良い。六角義賢には三好家当主就任の挨拶もまだ済ませていないのでな」
「では六角義賢の御前でお会いしましょう」
二人は各自が率いる七千の部隊に戦支度をさせる。
若狭戦線同様に三か月もの間、膠着していた戦線は動きを見せ始めた。
六角家の総大将である六角義賢は将軍山城を下り、二万の軍勢を平野部に推し進める。
自身は神楽岡に本陣を置き、家臣の永原重澄に将軍山城の守りを任せた。
六角家の狙いは数に物を言わせて、上洛を阻む三好軍を圧迫すること。あわよくば、そのまま敵を圧倒して京を抑えるという目的も含んでいる。今までのように城に籠るような守勢に回らず、攻勢に出た形だ。
この急な動きは、義興たちが推測したように単に焦れただけなのだろうか。
しかし、今までの六角家の戦いとは違い、二万の軍勢を長対陣させる本気具合。
かつては将軍同様にすぐに腰が砕け、和睦を繰り返してきた。
将軍義輝や細川晴元という神輿を失い、江北は浅井家に奪われた。
六角家としては、ここで勝たねば、もう日の目を見ることはないだろう。そこまでの状況に陥っていることを六角家内の武将がどれだけ把握しているのか。
その武将の多寡が今後の山城戦線の趨勢を決める。
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