第百七十〇話 先を見据える

若狭国三方郡

佐柿城 幕府軍本陣



「これで決まりですかね」

「うん。若狭国内には新手の存在は認められていない。関峠まではこちらの勢力下だし、最後のお客さんが帰れば、こちらの勝利だろうね」

「私も左様に心得まする。完勝おめでとうございます」


光秀くんは体をこちらに向けて、馬鹿丁寧にお祝いを述べてくれた。もう少し気楽な感じでも良いのにな。


「和田さんの指揮と直轄軍の頑張りのお陰だよ。どう? 藤孝くんも光秀くんも戦場に出てみたくなったりしない?」

「私は義輝様より領地も俸給もいただいておりますから兵を率いねばならぬ身ですが、わがままを言うならお側にいたいと思っております」


「藤孝くんはずっと側にいてくれるね。嬉しいのは間違いないけど、確かに領地に見合った兵を出すのも武家の務めか。そうなると幕府直轄軍と幕府軍の役割分担も考えないと」

「すべてを直轄軍とする方が分かりやすいと思いますが、分けますか?」


「今は全員を清家の里に送り込んでとか出来そうだけど、そのうち兵を率いて仲間になってくれる人も出てくるだろうし。彼らの兵は、彼らの領民でもあるから清家の里にってわけにもいかないでしょ?」

「正しく。現状では、香西元成こうざい もとなり様や三好宗渭みよしそうい三好為三みよしいさの三好兄弟がそのような状況に置かれております。上様は彼らに清家の里を開示するか悩んでおりましたね」


「そうなんだよ。武田信虎さんもそうなんだけど、幕府の資金源でもある清家の里の重要性考えるとなかなかね。仲間として信じたい気持ちはあるんだけど」

「そのためにも直轄軍と幕府軍で分けるということですか。義輝様の仰る通り、その方が良いかもしれません。そうなると指揮官と全体を見通せる軍配者の役割が不足しますね」


「直轄軍でも指揮官不足だからね。幕府軍として各自の兵を率いてきた武将たちを統率する役目を持つ人もいないと纏まらないし」

「総大将は上様で間違いございませんが、上様の御身を考えれば軽々に前線に立てません。和田様や滝川様のような御方がおりませぬと」

「今いる人材で考えれば、銃兵隊を率いている滝川一益さんが一番適任かな。銃兵隊の人数は少ないから、滝川さんが指揮官だと勿体ない気がする」


「以前、銃兵隊を拡充して鉄砲足軽隊も作りたいと仰せでしたね。そうなると滝川殿のように火縄銃に精通している人材を手放すわけにはいかなくなります」

「確かにそうだね。大軍を指揮できる人は少ないけど、火縄銃に精通した指揮官はもっと少ない」

「やはり人手不足は否めません。力不足かもしれませんが、私は現場指揮官の道を目指してみます。上様、よろしいでしょうか?」


明智光秀が指揮官になる。これ以上ない適切な配置といえるだろう。

俺の記憶が確かなら織田家で方面軍を任されていたはず。経験を積めば大軍の指揮が出来るのは信長さんのお墨付きである。


「その方向でいこうか。藤孝くんに任せている政所の仕事も幕臣連中でも補えるようになってきたし、光秀くんの勉学の時間が増えても問題ないでしょ」

「承知いたしました」

「私の負う軍役は義輝様のお考えに従い、農民を徴用しません。常設軍の体裁をとりますので、清家の里へ送ろうかと。維持費などの資金は供しますし、私自身も軍学の勉強はしていくつもりです」


「そうなるとあとは軍配者ですか。これもまた稀有な才能を必要とします。近隣の寺か関東の足利学校に紹介を願いましょうか」

「良い人がいれば良いけど」

「大抵の者は近隣の大名に抱えられているか、そもそも大名家から派遣された子弟ということもありますから難しいかもしれません」


「寺……寺かぁ。軍備縮小方向に進めてもらう本願寺から受け入れたりとかできないかなぁ」

「本願寺のお話は義輝様より伺いましたが、易々と話が進むとは思えません。もう少し時間が必要かと思います」

「お声掛けだけでもなされてはいかがでしょう? 受け入れ先が有ると無いとでは話が変わってきましょう」


「そうするか。あと顔が広い人と言えば卜伝師匠か。師匠に文でも送ってみよう。随分ご無沙汰しているしな」

「それも一案ですね。さあ、朝倉軍の残敵掃討も終わり、帰陣してきているようです。出迎えの準備をしましょうか」

「これで若狭戦線は終わりです。すぐに山城戦線へ救援に向かいますか?」


「そうだね。おそらくそうなると思う。光秀くんはその準備を。藤孝くんは出迎えの準備と論功行賞なんかの段取りをお願い」


戦線の膠着を打破した小笠原長時さん、少数で印牧隊の足止めをした山内一豊さん。

それに戦場全体の情報を握った忍者営業部。作戦通りに敵総大将を討ち取った幕府歩兵隊。若狭兵も佐柿城をしっかり守って、朝倉軍に付け入る隙を与えなかった。


ここにいる全員で勝ち取った勝利は大きい。

朝倉家もこうまで手痛い損害を受ければ、すぐに再戦を挑んできたりはしないだろう。将軍の停戦命令を無視した朝倉家。今後は恭順してくるか、徹底抗戦になるのか。これについてはしっかり注視していなければならないだろう。


可能なら謀略でもって朝倉家内に味方を作りたいところだけど、今の人材ではまだまだそこまで出来そうにない。光秀くんなら、そのうち出来るかもしれないけど先駆者というか実際にやっている人がいないと成長もしにくいだろうな。

軍師役が誰かいないものか……。記憶を探るけど、他家に仕官していない浪人者の軍師なんて思い出せない。そもそもいたのかも定かじゃないし。


思い出せないものを考えていても仕方ない。

とにかく若狭戦線を終結させて別の戦線を支援する。それが今の目標だ。


残すは、論功行賞と自軍の損害報告。

論功行賞は各自の戦功報告をまとめるだけになる。

実際の褒美やらなんやらは後日に行うのが一般的。


損害報告についても被害は多くないはずなので大して時間はかからない。

これなら、勢いそのままに山城戦線へ割り込める。大がかりな作戦を予定している三好義興くんの支援になることは間違いないはずだ。

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