若狭戦線 佳境
第百六十六話 放たれるモノ
山内一豊の蛮勇が発揮されていた頃、印牧本隊も戦闘に突入していた。
印牧隊の先備えが峠道に入り、弓矢での奇襲を受けたところまでは印牧本隊も把握していた。それどころか、奇襲の対抗策を指示して峠道の安全を確保させようとしていたくらいだ。
本来の作戦では、弓矢の標的となる先備えの後ろから本隊が続き、伏兵を撃退する計画だった。
しかし、
印牧本隊は一千、後続の味方は四千。
敵方の幕府軍の別動隊が一千に佐柿城に籠るのが二千。
城からの追撃を受けても十分に対応できるし、別動隊が中入りしてきても押し包める。
それは奇襲を受けた状況でも、現実的で合理的な判断だった。
それは、先備えが峠道で苦戦している様子を察した
北側から馬蹄を響かせ突撃してくる騎馬百騎余り。数は多くないが練度が高く一列縦隊に綻びはない。
印牧は定石通りに長柄隊に槍衾を作らせ、騎馬突撃に備える。
すると騎馬隊は左右に分かれ槍衾を避ける動きを見せた。
これで一難去ったと思いきや、その騎馬隊は移動速度はそのままに矢を撃ちかけてくるではないか。全くの予想外の攻撃。槍を構えていた長柄隊には、矢を防ぐ術はなく、頭を下げるくらいしか出来ない。
騎馬隊に備えた北側の長柄隊は矢雨を受け、膝を付く。傷が浅いのか倒れ込む者は少ない。
しかし陣形が崩れた前線。この後に続く足軽隊の襲撃を恐れたが、それは来ない。
騎馬隊はそのまま印牧本隊の横を舐めるように移動をしている。
傷の浅さ、後続の部隊が無いこと、これを察した
「後続は無い! 何より敵勢は移動しならがらの射撃で弓勢は弱いぞ。東西方面の隊は横槍を入れろ。それぞれ五十程度だ。行き掛けの駄賃としては物足らんが、十分だろう」
「おお!」
幕府騎馬隊の弓は、鎧を撃ち抜ける長弓ではなく、短弓に近い。
一般的な短弓よりは威力は高いには高い。しかし、印牧の言う通りで弓勢は弱さは否めず致命傷になりにくい。
距離もさほどない状況で矢傷を無視して突っ込んでくる印牧隊。
射手に近づいているのだから、弓矢の威力は高まる。当然にして倒れる者もいるが騎馬隊の進軍路に辿り着けそうな者が出てきそうな様相である。これでは前後に分断されてしまう。
機動力が全てと言える軽騎兵。
横槍を食らって脚を止めれば、たちまち敵に包囲されてしまうだろう。
それを嫌って迂回すれば、距離が空いてしまい、印牧隊に打撃を与えるのは難しい。
現実的に考えれば迂回して距離を取る。これしか選択肢がないように思われたその時、馬の脚が緩むとダダダァーンというの音が鳴り響く。弓弦とは異質の音。
軽騎兵という異質さに加わる更なる異質の装備。筒の短い火縄銃である。
騎馬隊は戦闘の指揮官の指示のもと、弓の射る手を休めたかと思えば、口薬を火皿に荒々しく注ぎ込んでいた。本来、馬に乗りながらやる作業ではない。しかし、発案者の義輝によって配備が決められた火縄銃。運用方法とともに騎乗のままで射撃するための訓練を積んできていた。
出陣前に弾込まで済ませ、カルカで突き固めている。火縄を手挟み、筒先を上に向けておけば準備を終える。
移動中に緩むことを危惧して射撃前に再度突き固め、口薬を注ぎ込めば、射撃の準備が整う。
ひとたび準備を整えれば、火縄銃は引き金を引くだけで弾が出る。弓では威力を出しにくい背部に向けても威力のある攻撃を放てる。突出した印牧隊は前だけでなく左右からも鉛玉を叩きつけられ地に伏せる結果となった。
移動を邪魔する敵を鉛玉で薙ぎ払った幕府直轄軍の騎馬隊。
落とした速度そのままにゆっくりと離脱していく。その後を追う者はいない。
彼らは己に近づく者を許さず、悠然と戦場を進む。
その様は戦場の華と言える勇壮な姿だった。
敵対した印牧本隊は東西に拡げた部隊が戦線を離脱せざるを得ない状況。
六百名のうち、北面の槍衾を作った部隊の五十名、横槍を入れようとした東西の部隊は合わせて百六十名が大きな傷を負った。
三割以上の損害を出した印牧隊。本来であれば崩れて敗走してもおかしくなかった。
今回は領地に帰る作戦であったため、崩れずに纏まっていられたにすぎない。
もしかすると帰り道である峠の伏兵を排除できなかったことも理由かもしれない。
それはともかく、印牧隊は損害を出しながらも、軍隊として峠道の麓に存在した。
残るは後備えの百を合わせ、四百九十。半数近くまで減ってしまった。
何より問題は、幕府騎馬隊への対応のため、足を止めていたことと言えるだろう。
その事実が、
それは幕府歩兵隊が予想以上の速度で近付いているということ。
付け加えるなら、彼らの武力は幕府直轄軍の中で随一だということだろうか。
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