第百六十四話 意外性◎
滝川益重さんのお子さんと服部くんの話となり、子育てって大変なんだなと他人事のように考えていた。
益重さんのお子さんは歩兵隊で五指に入る腕前で、人に好かれる性格。何より武家出身ということもあって、素養や教育は充分。指揮官になることを期待されていた。しかし、一兵卒みたいに戦場を駆け回りたいという希望から伍長に納まっているらしい。
親の心、子知らず。
きっと、こういう時に使う言葉なんだろうな。
自分にも身に覚えがありすぎて、ちょっと苦い気持ちになる。
いや、過去に思いを馳せている場合ではない。
今は軍議の詰めの段階だ。
「話が逸れてしまったね。佐柿城に籠もる若狭兵は城から打って出て追撃。幕府歩兵隊が北東から迂回して総大将を狙う。という手順で合ってるかな」
「左様にございまする。続けますと、峠に入ろうとする印牧隊を先に潜んでいる山内一豊隊が高所から弓で射掛け、足止めと損害を。その後に歩兵隊の小隊二つ(五百)が背後から突撃。こちらに残っていた弓部隊百は側方支援と後続の朝倉軍への射撃。山内一豊殿には損害を与えるより印牧隊の足止めを、と指示しております。小笠原殿の騎馬隊は既に峠を降り、北側に下がって時期を見計らっているとの報告も来ておりますれば我軍の配置は終えたようなもの。これが配置の全容となります」
「分かった。それでいこう。益重さんも頼んだよ」
「お任せくだされ! 鍛えに鍛えた幕府歩兵隊の力、存分にお見せしましょうぞ」
最終確認が終わり、将軍の承認を得て追撃戦の準備が整う。後は敵が退却を始めるまで待機しているしかない。
幕府軍の本陣は、朝倉軍の退却に合わせて追撃に出る若狭兵の動きを待ってから、佐柿城へと入る。そこからなら戦場が見渡せる。
すでに滝川益重さんが馬に乗り、指揮する歩兵隊の元へと向かっていった。朝倉軍の撤退の準備が慌ただしくなっている。そろそろ退き始める頃だろう。
最初に動き出したのは
この動きと連動して、平地に陣を構えていた朝倉軍の国人衆のうち、最後尾の部隊も反転した。印牧の本隊に続く構えを見せる。
この動き。幕府軍が待ちわびた動き。
多くの忍びを配した幕府軍は、朝倉軍の動きを即座に察知する。
そして各部隊へと情報が伝達された。
まず動き出したのは幕府歩兵隊。騎馬隊が朝倉領逆侵攻作戦で利用した海岸線を進む。半数の歩兵隊は関峠の出入り口に向かって一目散に駆け、戦闘で退却する総大将を狙っている。残る半数は他の敵勢を印牧隊と合流させないように妨害する役目を負っている。
しかしながら、敵勢は五千。幕府歩兵隊は一千。練度は高いが、数では負ける。
下手な位置から突き入れれば、後続の敵兵に包囲されかねない。
愚直に敵本隊を狙う幕府軍歩兵隊ではあるが、単独では危うい情勢である。
敵の戦意を挫くために総大将を狙う作戦。分かりやすく効果的であるが困難も伴う。
その困難をものともしない歩兵隊たち。
されど、総大将の義輝の思いは彼らに犠牲を強いることではない。
練られた策は、彼らが一番力を発揮しやすいように場を整えていく。
印牧隊の先備えが峠道に差し掛かると左右の高所から弓矢が降り注ぐ。味方が抑えていたはずの関峠から急に矢の雨が降り、先備えは混乱している。敵は関峠を通り抜け朝倉領奥地にいると思い込んで油断していたのかもしれない。
その先備えには印牧本隊から伝令が飛び、陣形を整えさせている。
陣形が整い木楯が揃えば、高所の弓矢とて効果が薄い。木楯は針鼠のように矢を生やしながらも役割を全うしている。
しかし、先備えの半数は戦線を離脱したようだ。すでに百名ほどしかいない。
その後ろに印牧が率いる本隊六百と後備えの二百が続く。
彼らは幕府直轄軍弓部隊が潜んでいるであろう高所に矢を射かけながら、ゆっくりと前進を始めた。
元々、高所に潜んでいたのは弓部隊のうち百だけ。弾幕替わりの矢の放ち合いでは分が悪く牽制の役目を果たせないでいた。高所から放たれる矢は次第にまばらになる。
比例して進む速度が速まる印牧隊。
そこへ野獣のような咆哮が谷間に響く。
「だぁー! 我らの役目はやつらの足止めだ! 矢が降ろうとも撃ち返せ! ビビッて隠れてるんじゃねぇ! 撃て! 撃てぇ!」
この鼓舞によっていくらか盛り返す弓部隊の応射。
しかし、状況は変わらないどころか、関峠に侵入してくる敵兵が増え、矢の雨は強くなる一方だ。
「このままじゃ、上様から任されたお役目が果たせねぇ! そこのお前ら! 槍に持ち替えろ! いくぜ!」
そう言うや否や、一番高そうな具足に身を包んだ若武者が一足先に斜面を駆け降りる。
「ちょっ⁈ 殿ぉ~! 無茶が過ぎますぞ!」
その後を年嵩の武者が追おうとするが、若武者の思わぬ行動に動きが遅れる。せめて口だけでもと言葉で咎めるが足を止める様子はない。
平民階級ばかりが集められた幕府直轄軍。武士階級もいるにはいるが、殿と呼ばれ従者を引き連れているものは少ない。この弓部隊百名の中では指揮官の山内一豊だけ。
殿が無茶をしたという言葉。武者が斜面を降りていく光景。それは即ち、自分たちの指揮官が敵地に乗り込んだということ。
これに驚いた弓部隊の一部は、我も我もと続き、斜面を駆け降りているのは十五名ほどになった。
気の優しく風流な物言いをしていた若武者は人が変わったような行動と言動。
はたしてどのような結末を迎えるのだろうか。
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