第百六十三話 育つ若い芽
若狭国三方郡
佐柿城脇
攻め込んできた朝倉軍の陣容に動きが見える。
その先には黒い煙が風に流され棚引く。
策は成ったようだ。
朝倉領逆侵攻作戦完遂の報を受け、佐柿城のある山の尾根まで登ると、敵勢の動きが良く見えた。
本陣こそ落ち着いていたが、麓に陣取っていた諸将の人には慌てているような様子に見える。あれは若狭国に近い領地を持つ国人衆の陣だろうか。
「義輝様。上手くいきましたね」
「ああ。後は仕上げを損じなければ成功と言えるかな」
「その辺りは和田殿が手配しておりますから大丈夫だと思いますよ」
「和田様は経験豊富で私も勉強になります」
「そうだね。長いこと幕府軍の武官として尽くしてきてくれた人だからね」
「その和田殿が義輝様の最終確認を待っていることでしょう」
「お下りの際は足元にお気をつけくださいませ」
「光秀くん、ありがとね。これでも剣術修行で足腰鍛えているから、この程度の山道に苦労しないよ」
不安だった朝倉領逆侵攻作戦は大きな被害なく推移したとあって、いくらか心が軽い。この後は、追撃の指示を出したら一旦俺の役目は終わる。
指示を受けた彼らの働きで敵にどれだけ損害を与えられるか。
ある程度損害を与えておかないと、朝倉家が再侵攻してくる恐れがある。
この戦線を終結させて他の戦線の救援に向かうなら、また攻めようという気を起こさせないよう、しっかり追撃しておかなければならない。
佐柿城の麓まで近づいた仮本陣まで戻ると、広げた絵図面を睨む和田さんの姿が。
近くには同じように絵図面をみている滝川益重さん。追撃戦は幕府歩兵隊が主軸となる。
「おまたせ。方針は決まったみたいだね」
「はい。まず撤退の動きが見えたら、佐柿城から若狭兵と幕府銃兵隊が追撃を仕掛けます。その間、幕府歩兵隊を北側から迂回させ、その場で待機。殿を避けて総大将の
「歩兵隊のみんなはもう待機中なの?」
「佐柿城の北東の丘にて待機しております」
「そう。でも相手の動きを待っていたら敵の大将に逃げられてしまわないかな?」
「仮に今から追撃を仕掛けると、五千近い敵兵とかち合う可能性が。逃げ出した頃合いでないと敵の圧力に負けかねませぬ」
「それを避けるために色々策を練ったんだもんね。気は逸るけど逃げるのを待つしかないか」
「左様に心得まする」
「上様、我ら幕府歩兵隊の機動力なれば、逃げ出す総大将の土手っ腹に風穴を開けるのは容易いこと。ご安心くださいますよう」
「頼もしい言葉だ。益重さんには設立から歩兵隊の指揮や訓練をしてもらってるね。その益重さんが言うなら心配いらないか」
「心配なのは跳ねっ返りの愚息くらいです。久方ぶりの実戦で羽目を外しすぎないか、それが心配でなりませぬ」
落ち着いた雰囲気のある一益さんや益重さんとは違い、益重さんのお子さんはやんちゃなご様子。
子育てって大変なんだろうなぁ。俺にはまだ実感はないけど、益重さんは心配の種が尽きないって顔をしている。
「息子さんの名前は何ていうの?」
「愚息は利益と申します。図体ばかりデカくなりおって中身は子供の頃から変わりませぬ。むしろ知恵がついた分、厄介になっているやも……」
「そ、そうなんだ……。大変だね。でも体格が良いなら腕前も良いんじゃない?」
「手前味噌ながら幕府歩兵隊の中でも五指に入る逸材。不思議と人望もあるようで皆に好かれており申す」
まさしく隊長に向いていそうな人物像だな。
今の幕府歩兵隊は弓部隊を除くと千人ほど。
千人を率いるのは中隊長クラス。これは歩兵隊の総指揮官である滝川益重さんが務めるはずだから、その下の小隊長(小隊=250名)か、悪くても分隊長(分隊=50名)を担当しているのだろう。
「それなら良いんじゃないかな。歩兵隊の役職は何をしてるの?」
「それが……、私としても小隊長を任せたいと思っていたのですが、当の本人にその気が無いようで……。一兵卒の方が好き勝手出来ると戯けたことを申す有様。すったもんだありまして、何とか伍長の役目を押し付けた次第にて」
何となくどんな人か想像ついてしまった。
「……子育てって大変なんだね」
「誠にお恥ずかしい……。同年代の正成殿(服部正成)は小隊長をしっかり務めているというのに」
そう。俺の護衛役として不遇の時期を過ごさせてしまった服部正成くん。
忍者営業部の拡大とともに正成くんに護衛役でなければならない理由が薄れていった。何より、正成くん自身が槍働きを希望していたのもあって、清家の里に送り出したんだっけな。
そこからメキメキと頭角を現し、四人しかいない小隊長の座を獲得していた。その報告を聞いて、ちょっと涙ぐんでしまった。
朽木谷にいた頃は、お仕事がなくて便利使いしてしまっていた。
硝石作りのために、便所の土を掘り出してもらったり、古屋の床下の土を掘り出してもらったり。
彼の望む場で輝きを見せる様子は嬉しいものだ。身体作りと称して土ばかり掘らせてごめんよ。多分、その下地も役に立っているかもしれないよ。多分だけど。
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