若狭戦線 動きあり
第百六十一話 朝倉領
永禄四年 師走(1561年12月)
若狭国関峠
戦闘と呼ぶにはあまりにも呆気なく終わった関峠の攻防戦。結末は幕府直轄軍の勝利で幕を閉じる。完勝である。
突入部隊の指揮官 山内一豊は、部下から報告を受けていた。
それを受け、簡単な指示を出した後に僚友で別働隊総指揮官の小笠原長時に声をかけた。
「終わりましたね。忍者営業部の方々のおかげで被害らしい被害は出ませんでした」
「それは重畳」
その素っ気なさは戦が始まる前と変わらない。山内も呆気なさ過ぎて熱くなるほどでもなかったようだ。
「では、我らはこれより山道に潜み、騎馬隊のお帰りをお待ちしております。十名は残して関所の門を補修して封鎖します」
「頼んだ。忍者営業部の人員を幾らか残す。不測の事態が起きたら連絡を。若狭国に入り込んだ敵勢の動きにも目を配っておいてくれ。こちらに戻るか、舟に乗って引き上げるか判断材料にしたい」
「承知しました。ご武運を」
小笠原長時は頭を軽く下げ、山内一豊の気持ちに応えるとそのまま騎乗して朝倉領方面へと馬を進めた。待機していた騎馬隊の面々も、それに続く。
彼らの作戦はこれからが本番。時間との勝負になる。その限られた時間で
のんびりしている暇はないという考えなのだろう。
速歩で進みながら徐々に隊列が整う。狭い峠道を縦列で進む様は、一匹の蛇のようだ。それほどに歪みなくスムーズに進む。
そこへ一人の男が先頭を進む小笠原長時に近づいた。どこから現れたのか分からない。
「この先の敦賀郡には、さほど多くの武士はおりません。狙う拠点は武家屋敷ともいえぬ屋敷に柵を巡らせた程度のものばかり。そこに留守役が数名ずついる模様。砦がいくつかありますが形だけの守り。避けて通れば危険は無いかと」
「そうか」
「和田様より言伝が。敵地に武士が少ないのならば、騎馬隊が各地を攻め落とすのは非効率。騎馬隊の方々は敵の気を引いていただき、忍びの者が隙をついて火をかけるのはどうかとのこと」
「それで良い」
この時代の武士ならば、手柄の横取りと騒ぎ出しそうなものだが、彼が気にする様子はない。
忍者営業部の者と思われる男も、拍子抜けしたらしく、言葉に詰まる。
「……お聞き入れありがとうございまする。それでは我らは準備に向かいます。では失礼致します」
そう言うや否や走り出す男。
下り坂で馬の脚に負担をかけないために騎馬隊の速度はいくらか遅い。それを考慮しても速歩で進む馬より圧倒的に速かった。
関峠の下り坂を降りれば平地が広がる。
そこは騎馬隊が本領発揮できる場。
街道を縦列陣形になり土煙を巻き上げ駆け抜ける。目指すは敦賀郡の主要な村々。騎馬隊は道に不安が無いような素振りで駆けていく。
しばらくすると、道の分岐に野良着を着た男が座り込んでいた。その男は突如現れた騎馬隊に驚く事なく、手首に黒い布を巻いた方の手で道を指した。
それに従うように騎馬の一団は進路を変えて進む。
まだまだ馬はジョギング程度。
脅威を感じるほどにスピードは出ていない。
それでも百騎の騎馬武者が通れば、相応の威圧感がある。その上、物々しい格好に槍を携えているとなれば周囲を威圧せずにはいられない。
見かけた農民はさぞ驚くことだろう。
幕府騎馬隊が比較的大きな村に入ると、本来は用いない鏑矢を幾度も放ち、その存在を知らしめる。
戦さ場で鳴る音。戦場を経験した老いた農民は反応が早かった。
その音に反応しなくても、明らかな敵意を感じる騎馬隊に村民たちは逃げ惑う。
騎馬隊が見せつけるように村内をグルグルと駆けていると武士らしき男が二人、素槍を担いで飛び出してきた。留守役の武士のようだ。
「どこの家中のーー」
駆け寄りながら一人が咎めるように誰何したのだが、有無を言わせず弓矢が突き立つ。それは口を開かなかった者も同様だ。
民に危害を加える様子は無かったものの、武家には容赦無い。
時を同じくして、その二人の武士が出てきた屋敷から火の手が上がる。火の回りより圧倒的に黒煙が多いかった。
「火事だぁ! 逃げろ!」
火を消す様子は見えないが、火事であることに気が付いたらしくに避難を促す声がする。屋敷からは煙に巻かれて飛び出す女子供。
それを見計らったように各所から爆発音と共に火の手が吹き上がる。
そして更なる黒煙を生み出すのだった。
その後は、似たような行動を繰り返しつつ、朝倉領内へ深く侵攻していく。
いくつかの村を回ると、返す刀で関峠に戻りつつ村を巡る。
どこもかしこも派手に武家屋敷が燃やされ、黒々とした煙が上がり続けている。
違いがあるとすれば、屋敷から飛び出してくる武士の数くらい。
共通するのは、早々に弓矢の餌食となること。
多少の差異はあれど、結末は同じ。
幕府騎馬隊は被害を出すこと無く関峠へと戻ってきた。
危険に思われた朝倉領逆侵攻作戦は大きな被害は無いままに終盤を迎える。
峠の関所では、朝倉家の使番(伝令役)の格好をした騎馬が三騎待機していた。
それが敵ではないのは同じく待機している幕府直轄軍弓部隊の態度で分かる。
その使番に別働隊総指揮官の小笠原長時が声をかけた。
「無事に終わった。仕上げを頼む」
仕上げを頼まれた使番は、まず一騎が駆け出す。そして、時を置いて一騎、また一騎と駆け出していった。
その使番を見送りつつ、部下には下馬を命じ、馬の手入れと水や飼葉を与えさせる。
最後の一騎を見送ってから小笠原長時は自身も騎馬隊の面々に混じり、嬉々として愛馬の世話をしていた。
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