第百五十九話 夜空の下で馬と駆ける

 長時は身内の四騎を引き連れ、歩兵隊の陣所に赴いた。彼らを乗せた馬は、いくつもある陣所のうち、一番騒がしいところに向かっていた。

 陣の手前で静かに馬から降りると手綱を柵に結わうことなく、中に入っていく。実弟の信定も急いで下馬し、頼親に手綱を預けて長時の後ろに続く。


「小笠原長時と申す。山内一豊殿はおられるか」


 出陣準備で騒がしい陣所の中で、一人落ち着き払って訪いを告げる。

 捕まった歩兵隊員は突然の訪問に驚きながらも、奥へと案内する。その先には穏やかな表情で作業を監督していた山内一豊がいた。一豊は長時が来たことを察すると床几から立ち上がり、駆け寄っていく。


「これは小笠原様! わざわざお越しいただき申し訳ございませぬ」

「山内殿。前にも言うたはず。我に様など不要」


「そうは言いますが、某のような木っ端侍にしたら畏れ多いことです」

「領地を追われ上様に縋った者同士。かつての家柄など誇ってどうする。それよりこの後の動きについて確認したい」


「そうはおっしゃられても……」


 まだ言い募ろうとしていた一豊だが、長時は、その話はもう終わりだとばかりにそっぽを向いている。その態度を見て諦めたようだ。コホンと場を改め、話を進めた。


「まず先に我らの弓矢を運んでいただけるとのこと、ありがとうございます。今後の動きについては指示の通り変更はございませんか?」

「無い。夜陰に乗じて移動する。攻め手の朝倉軍に気が付かれぬよう大きく迂回しながら関峠を目指す」


「星々がきらめく夜空の下で馬と駆けっこですか。楽しそうですね」

「我ら騎馬隊は速いぞ。ついて来られるか?」


 騎馬隊の行動を共にすると知っているにも関わらず、嬉しそうな表情を浮かべる。

 脚力に自信があるらしい。


「全力で走る馬の速度には敵いませんが、移動目的の速度であれば遅れは取りませんよ。何より嵩張る弓矢を運んでいただけるのですから、遅れてなどおれません」

「適材適所だ。弓矢などは嵩張るが重くない。関峠の麓までの距離なら馬にさほど負担にもならぬだろう。関所を抜けるにも貴殿らの協力は助かる」


「初めての騎馬隊との合同作戦ですね。うまく連携していきましょう。明け方に関所を急襲するとしてどのように攻めますか?」

「まず弓部隊として一斉射か二斉射。その後、槍に持ち替え歩兵隊として突撃。その間、後ろから騎兵隊が短弓での援護射撃を行い支援する」


 この辺りは歩兵隊から派生した弓部隊の特徴が出ている。

 元々歩兵隊の候補生として訓練してきたが、一流のレベルに至らない者たちを弓部隊へと移籍させた経緯があるからだ。基礎体力なら一般兵を遥かに凌駕する。


 そういう背景があるため、弓部隊として斉射を行い、槍に持ち変えて歩兵隊として戦うという作戦になったのだろう。


 騎兵隊は歩兵隊の後に続き、援護射撃を行うようだ。短弓に近い彼らの武装では弓部隊と同じ距離では敵に届かない。駆け寄る歩兵隊と共に進み、ある程度距離を詰めてから弓を放つ意向のようだ。


「峠を封鎖している敵は多くないでしょうから、充分ですね。後方拠点の守りを任されている兵であれば精鋭でないことは間違いないですし」

「山内殿には最前線を任すことになり申し訳ない。本来は我らだけで突破するつもりだったのだが」


 元々細い峠道。そこを関所で封鎖している程度なので、守兵として多くの兵を詰めておくことは出来ない。忍者営業部の情報では百にも満たない兵がいるだけらしい。

 その情報があったからこそ、小笠原長時は騎馬隊単独の突破作戦を計画したのだった。彼は、歩兵隊や山内一豊を巻き込む形となって申し訳無さそうにしている。


「それこそ適材適所ですよ。峠を突破した後は、騎兵隊は朝倉領に侵攻、我らは関所を封鎖して残りは伏せて朝倉軍の退却を待つということですね」

「そうなる」


「作戦の肝は敵に察知されずに関峠に辿り着くことになりますかね」

「ああ。だが上様より忍びの者をお預かりしておる。敵斥候の排除などは彼らに任せようと考えている。関峠での襲撃も守兵の気を逸らせるために背後で動いてもらうつもりだ」


 更に追加された兵は忍者営業部の百名。

 直接戦闘することには不向きだが、後方撹乱だけでなく諜報に斥候と耳目の役割を果たす。

 彼らがいることで不測の事態を防ぎ、味方の被害を抑えることが出来る。

 幕府軍の置かれている状況において盤石の体制と言えよう。


「そうなれば尚のこと心配無用ですね。忍者営業部の方々も朝倉領へ?」

「連絡要員と佐柿城近辺の情報収集のためにいくらか残す。大半は朝倉領で破壊活動に従事してもらうがな」


「承知しました。無事に戻られたら、我らで印牧かねまきのケツを突っついてやりましょう」

「勇ましいな。頼りになる。では夜更けに」


 二人は無事に作戦が終わることを祈り、別れを告げた。

 後は出陣まで英気を養っておくだけだ。


 そして成功の暁には、騎馬隊の活躍の場である平地が広がる戦場で後方から奇襲を仕掛けることになっている。

 膠着した戦線を動かすために立案した朝倉領逆侵攻作戦だが、長時は武と武の競い合いを望んでいた。


 敵領を荒らし回る仕事よりも。

 敵と矢合わせをすることを。

 己の武がどこまで通用するのかを。

 心血注いだ騎馬隊がどこまで通用するのかを。



―――――――――――

明日、明後日と更新をお休みします。

次回は9/11のお昼となります。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る