第百五十七話 献策
永禄四年 霜月(1561年11月)
若狭国 三方郡 土居山砦→麻生砦
幕府軍の本陣は土居山砦から麻生砦へと移った。
戦況が膠着しており、佐柿城に近づいても問題なしという判断からだ。
葉月(8月)に着陣してから三ヶ月経った。
予定通り動いたのは佐柿城を狙わせるところまで。
それ以降は思った通りに行かなかった。それは敵総大将の
関峠こそ、いくらか損害を与えたがせいぜい数十人程度。
そこから佐柿城の東部にある芳春寺に着陣すると、城攻めを開始せず付城を築き始めた。そして完成した付城に本陣を移し、長期戦の構えを見せる。佐柿城が要害の地であるがため、念入りに準備をしているように思えた。
しばらくは小出しの兵で攻め口を探るような動きを見せ、近隣の農産物を強奪していく。刈り入れの秋を狙われ今年の収穫は朝倉家の懐に入った。これで敵軍の兵糧は潤沢。むしろ余り気味でいくらか本国へ輸送しているくらいだ。
手出しできない状況のまま、敵の動きを見ているだけの時間が過ぎ、いつの間にやら三か月も経っていた。予定していた本陣への奇襲は、朝倉郡に隙がない限り敢行できない。もともと、幕府直轄軍の倍以上いるので堅牢な陣を敷かれては攻めようがなかった。
田畑を狩り取られても、城から抜け出せば平地で五千の兵と戦うことになる。そうなれば相手の思う壺だ。
読みが外れたのはまだある。一向一揆の蜂起は依頼通りに実施された。しかしながら、朝倉家にはまだまだ地力があり、印牧率いる越前西部軍が居らずとも一向一揆と戦えてしまっているらしい。これにより城攻めを急がせる若しくは退却を促すという計略は効果を上げていない。
さらに予想外だったのは他の戦線だ。六角家と向き合っている山城戦線と畠山勢と向き合っている和泉戦線のどちらもが小競り合い程度の戦いしか起きず、睨み合いが続いている。そういう情報が入っているのか、朝倉郡に無理攻めをするような焦りが見えない。
守勢に回っている幕府軍には攻勢に回るきっかけが得られず、朝倉軍には急ぐ理由がない。こうして膠着状態が生まれてしまった。
こうして激しい動乱の気配を余所に、やけに静かな時間が過ぎていった。
そんな中、山城戦線の総大将である三好義興くんから手紙が届いた。
――長期滞陣で六角家にも緩みが見えてきた。そろそろ本格的に仕掛けると。
その連絡を受けた俺は、軍議をするべく諸将に招集をかけた。
そうして開いた軍議の場で、義興くんからの手紙の内容を告げる。
「山城戦線では三好軍が動くようだ。それに応じてこっちの戦線も動くやもしれぬ。準備を怠らぬようにな」
「上様。私にご提案したき策が」
こういう場では、珍しく口を開いた小笠原さん。彼には何か考えがあるようだ。
「どんな策だ? 教えてくれ」
「はっ。我ら騎馬隊に出陣の許可を」
どういうことだ? 百騎しかいない軽騎兵では五千近くいる朝倉軍に損害を与えられるとは思わないけど。それは戦経験のある小笠原さんも分かっているはずだ。
「続きを」
「我ら騎馬隊は戦場を迂回して関峠を抜きます。そして越前国に侵攻しようかと」
「それは大胆な策だな。関峠は敵の手に落ち、封鎖されているはずだぞ」
「それは承知のうえ。しかし、そこを抜けば朝倉家の領地が目の前。佐柿城を攻める朝倉軍はそのあたりを領する者たち。本願の地を侵されるとあれば動揺するでしょう」
「確かにそれはそうだが……。いや、やるべきか。このままでは他の戦線頼みになりかねない」
「お任せを。我らは百騎の小勢とはいえ、常識で考えれば騎馬武者には供侍などが付きます。おそらく五百の軍勢が通過したと思われるはず。純粋な騎馬隊の性質を逆手にとって敵を驚かしてやりましょう」
「それであれば忍者営業部の者もお供させましょう。関峠の守りを抜くには騎馬隊では難儀するはず。後方攪乱も忍びの者が得意としております。騒ぎを大きくして敵を驚かすには我らの力は役に立ちますぞ」
「それは良い。逆侵攻策を採用しよう。後は帰りだな。下手すると退却する朝倉軍と関峠で鉢合わせになる。そうなれば不利はこちらだ」
「上様のおっしゃる通り、帰還に難がありご提案できずにおりました。忍者営業部の者たちなら峠道を使わずとも帰還できましょうが、騎馬隊には難しい道のり。私の腹積もりでは、朝倉軍が動き出す前に引き上げるつもりでしたが、万が一のことがあれば、上様肝煎りの騎馬隊が壊滅しかねません。そこで考えたのが小浜港から船を徴用できないかと。内々で打診したところ手ごたえは悪くありません。上様の御裁可をいただければ本交渉に移ります」
「そこまで話が出来上がっているのであれば進めてくれ。行きも船を使わぬのは、朝倉軍に見せつけるためか」
「仰せの通りにございます。膠着した状況を打破するにはそれくらいの衝撃が必要かと」
良い作戦だ。関峠での戦闘で被害が出るだろうが、峠さえ抜けてしまえば身軽な軽騎兵を止められるものはいないだろう。軍勢が突破した形さえ作れれば、忍者営業部が破壊活動をしても騎馬隊がやったように見える。領内を五百の兵が闊歩しているとなれば心中穏やかではないはずだ。
関峠での戦闘か……。そうだ!
「どうせなら歩兵隊の弓部隊も従わせよう。忍者営業部の支援を受けながら、弓部隊は関峠を攻略。その後、左右の山に潜んでおいてくれ」
「朝倉軍が退却してきたところを矢を浴びせると。騎馬隊だけが朝倉領に入るなら、移動速度も維持できますな」
「そうなれば、もし退却せず城攻めを選択されても騎馬隊とともに後方から奇襲を仕掛けられますね」
そうか。朝倉領への逆侵攻が上手くいって、船を使わずに帰って来られれば、峠を封鎖したり、後方から奇襲したりと色々出来るな。
「良し! では騎馬隊百騎、そして弓部隊 百、忍者営業部 百で逆侵攻作戦を承認する。動きは先ほどの通りに。朝倉領では民を殺さぬように。それと破壊や放火活動は派手に見えるようにしてくれ。忍者営業部はこちらとの連絡を密に。帰還に際しては船は手配するが峠から戻って来られる方が選択肢が広がるし、船を使う作戦を持ち越せるから助かる。しかし無理はするな。命の危険があれば船で戻ってきてくれ」
「承知仕りました」
「関峠を抜けるまで総指揮は小笠原長時に。その後は騎馬隊は単独行動となる。念のため、山内一豊を騎馬隊に従う弓部隊の指揮官に。冷静で思慮深い一豊なら、峠道で伏せる弓部隊を安心して預けられる」
「ではそのように」
こうして山城戦線での動きが起こる前に、若狭戦線を担当する幕府軍も動き出すことになった。幕府騎馬隊の初陣は遠方への侵攻作戦。移動速度の速い騎馬隊ならではの作戦。功を奏するのか不安だが、俺はここで吉報を待つしかなかった。
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157話時点の配置図です。
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