第百五十六話 仕事の難度

永禄四年 葉月(1561年8月)

若狭国 三方郡 土居山砦



 幕府軍本陣に主要な武将が集められた。

 直臣では、細川藤孝、和田惟政、滝川一益、益重、小笠原長時、明智光秀、山内一豊。

 若狭武田家からは、熊谷、山県、粟屋、香川、内藤といった諸将が参陣。


 敵が迫っている中、諸将を集めたのは他でもない。陣容の発表をするためだ。すでに関峠や佐柿城の防衛力強化の作業は進めているが、戦いの前に改めて配置を確認し、作戦を伝える。主導権は幕府にあるが、兵数が多いのは若狭武田家。このあたりのアンバランスさもあって、念を入れて丁寧に説明することになっている。


「それでは、陣容を発表する。佐柿城に籠るは粟屋殿、山県殿、香川殿、内藤殿。守将は粟屋殿にお任せして二千八百の兵を預けます。熊谷殿には関峠で迎撃。無理に守り切ろうとなさらず。危うくなったら椿峠まで退き、防御を固めてください。若狭武田家の皆様、よろしいでしょうか」

「承知仕りました」


 若狭国を守るために将軍直々に出張ってきたとあって、若狭武田家の面々に不満の様子はなかった。薄々、粟屋勝久を討った時、幕府の支援があったことが知られているのかもしれない。そう思うほどに素直に従ってくれた。


「そして幕府直轄軍の動きは作戦と連動します。基本戦術は、籠城となります。関峠である程度損害を与えたら、佐柿城に籠り、同様の対応をしていきます。幕府直轄軍は隙を見て奇襲や後方攪乱を行い、直接的に損害を与えていきます。望ましい展開は、佐柿城が落ちそうで落ちず、前がかりになる。その段階で、一気に奇襲を仕掛けるという流れ。そのためにも佐柿城をしっかりと守りつつ、敵が慎重になるほどに損害は与えないように。よろしいでしょうか、粟屋殿」

「あい、分かり申した。城門を開いて敵に乗り入れるようなことはせず、防衛に専念すればよろしいか?」


「そうですね。幕府直轄軍の火縄銃隊も籠城させます。弓矢や投石など遠間からの攻撃でも十分寄せ手を弾き返せるはず。そこで欲を出さず我慢をお願いするのは心苦しいのですが」

「いえ。我が若狭武田家だけでは朝倉家を追い返すのは厳しかったでしょう。そして奪われるのは私が領するこの一帯。何より損害の多い奇襲部隊を幕府直轄軍が受け持っていただけるとあれば否が応でもありませぬ」


「有難きお言葉。では続きを。作戦の肝は先ほどの通り、城攻めに夢中にさせること。そして手薄になった本陣を急襲し総大将の印牧能信かねまきよしのぶの首を獲る! ……この二点となります」


 急に語尾を強めた藤孝くんの言葉にビクリと肩の上がる若狭武田家の面々。朝倉家の大軍を前に緊張しているのか、将軍の面前に緊張しているのか。


「補給は幕府直轄軍の輜重部隊が万全の態勢を整えております。ご安心して籠城戦にお臨み下さい。では最後に上様、お言葉を」

「若狭武田家の各々方。共に戦えること楽しみにしておる。貴殿らの武勇見せてもらうぞ。そして朝倉家。将軍の意向を無視した者どもに室町幕府の力を見せつけてくれよう。貴殿らも幕府直轄軍の力、楽しみにしておれ。必ずや印牧能信かねまきよしのぶの首を獲り、朝倉家を追い返すぞ!」

「おう!」


「では、先の指示の通りに。解散」


 幕府軍の武将たちは受けた指示を実行するべく持ち場へと帰る。

 幕府直轄軍は佐柿城に籠る銃兵隊以外は本陣で待機だ。関峠が抜かれ、朝倉郡が佐柿城を落とすべく着陣したのを見届けてから行動開始となる。それまでは臨機応変に動けるように後方待機のまま。

 輜重隊の土木部隊は関峠が抜かれるまで、作業に従事。それから後方に戻り補給活動に戻る。


「一益。銃兵隊百五十の指揮は任せた。佐柿城の守将である粟屋殿の補佐も頼む。弾薬は余裕がある。が、城が落ちない程度にな」

「お任せあれ。分隊長に任命された杉谷善住坊は不満を言いそうですな。歯ごたえがないと」


 杉谷善住坊さん。あの無口な人か。腕前は一流。でも声を聴いたことはない。なぜか滝川さんは意思疎通ができるという謎のつながり。不満を言うのにどう伝えるのだろうか。とても気になる。


 今回の任務は適度に城攻めをさせるために手加減が必要となる。彼らの狙撃能力を考えると五十名の分隊だけでも十分すぎる気がする。しかし、手を抜きすぎて万が一にも城を落とされるわけにもいかない。かといって、全力でやり過ぎて、敵兵が様子見になると困るのだ。ほどほどに我慢してもらうしかない。


「杉谷善住坊を始めとして銃兵隊には我慢させることになるな。何か褒美を考えておく」

「それでしたら、新型の銃を下賜くだされば。そろそろ上様の発案の銃身に線条を刻んだ火縄銃が完成するようですぞ」


「おお、ついに弾丸の問題が解決するのか! 楽しみだな!」

「ええ。銃兵隊の者どもの心待ちにしておるようです。これ以上ない褒美となりましょう」


「銃兵隊の全員に配備出来たら、さらに凄い部隊になりそうだ。幕府直轄軍全体の兵の数が増えたら、狙撃部隊と銃兵隊を分けないといけなくなるかもしれんな」

「あやつらの的になる敵が可哀そうになります。それくらいの腕前に加えて新型の火縄銃ですから」


 おっと。楽しみな話を聞いてワクワクしてしまった。

 しかし、光秀くんに諫められたように今は朝倉家との戦が目の前に迫っている。

 そちらに集中せねば。


「いかん。先を見る前に目の前のことをだったな。では滝川さん頼んだよ」

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