【王】幕府直轄軍
第百五十四話 動乱の始まり
畿内を戦火に陥れた細川晴元主導の動乱。
戦線は三つに分かれ、それぞれの総大将が対応することとなった。
一つは若狭戦線。足利幕府の長たる足利義輝が総大将となる。若狭武田家の軍勢を加えて、越前朝倉家の侵攻に備える。
一つは山城戦線。若き三好家の当主 三好義興が総大将となる。摂津・大和などの国人衆が主力となり、副将には松永久秀。
一つは和泉戦線。河内高屋城 城主の三好実休が総大将となる。側近である馬廻に少数の河内衆を連れて、和泉国岸和田城の救援へと向かう。援軍として派遣された阿波・淡路衆七千を率いる。
これらの戦線は何人もの思惑が絡み合いながらも、一人の思惑によって始まった。
始まりは三つの戦線。三好陣営と反三好陣営。連動する各々の戦線は、痛み分けを許さず、どちらかが勝者とならねば終わることのない戦いとなった。
永禄四年 葉月(1561年8月)
若狭国 三方郡 土居山砦
幕府軍の本陣は若狭国三方郡の土居山砦に置かれた。
ここは、佐柿城の西に一里と少々。まずまずの距離がある。
伝令などを考えれば本来はもっと近くに置かれるはずの位置。このように距離を取ったのは、将軍御親征という理由に尽きる。それにより安全を考慮した結果である。
相手の出方や戦況によっては、佐柿城に程近い麻生砦まで陣を進める予定となっている。
「和田惟政、佐柿城や関峠の状況は?」
「佐柿城は元々あった城跡を利用して最低限の備えは出来ている模様。城とまでは言えませぬが、砦くらいにはなったかと。関峠は、関所を封鎖済み。逆茂木や馬防柵などを設置して朝倉軍来襲に備えている状況」
「停戦命令を出したけど、朝倉家は止まる様子は無さそうだね」
「おそらく。ここまで進軍しておる状況からして、そのように思われます」
幕府の命令を無視して戦う守護大名。
これまで通りと言えばこれまで通りともいえる。しかし、これ以上このような勝手気ままな戦を認めてしまっては平穏が訪れることは無いだろう。
幕府の姿勢を明確に打ち出すためにも、こちらとしては引くわけにはいかない。
鮮やかに勝って、早々に六角家の側面を突ければ、これ以上ない結果だけれども、若狭武田家の兵は多くなく、練度も低い。朝倉家はこの辺りも織り込み済みだろう。
若狭国各地にある程度兵を残し、西部の丹後一色家への備えを残して捻出したのが三千。
幕府直轄軍はすべての兵種を合算して千二百五十人。それに加えて忍者営業部は二百名が動ける準備が出来ている。これに輜重隊から道の整備や陣構築などを専門とする土木部隊が佐柿城に入っている。
これが若狭戦線にいる幕府軍の全てだ。
一方、朝倉家は五千を動員してきている。兵種の強みを考慮しないで全軍で当たっても若干兵数で負ける。時間が惜しいが、採れる戦い方は守りを固める形となってしまいそうだ。
「予定している戦い方は、関峠での迎撃。突破されたら佐柿城で籠城だったな。途中にある小さな砦は放棄すると」
「はい。今は二百の兵で峠を封鎖中です。残る兵のうち二千は佐柿城で防衛の準備を。八百は佐柿城の脇を通る街道を封鎖しています。佐柿城の東側にある砦に籠っては囲まれて身動き取れなくなるのが目に見えておりますから」
「それはそうだ。確か、街道脇の道も峠道だったな」
「そうです。その麓で街道を封鎖して佐柿城と連携することで足止めを狙います。最悪そこを抜かれても椿峠で時間を稼ぎ、挟撃できればという作戦ですね」
二千が籠る城を放置して横を通過しようものなら、背後から襲われかねない。かといって佐柿城を包囲する軍を残して進むことも出来ない。椿峠を抜かない限り、佐柿城の後ろに回れないのだ。結局は、佐柿城を落とすしかないという結論に至る。
それほどに佐柿城は絶妙な位置にある。
「そこまであからさまな準備をしていれば、強行突破は考えにくい。順当に佐柿城を落として三方郡を手中に収めるべく動くだろう」
「こちらは佐柿城さえ落とされなければ敵の狙いを挫けると。単純明快で分りやすいですな」
場を和ますように明るく言い放つ滝川さん。
清家の里で多人数を率いる責任者を任せていたが、それにより性格というか考えに変化があったように思える。最初に会った頃の印象はエリートサラリーマン。一を聞いて十を知るタイプ。それに加えて自分をアピールするのが上手だった。
それが最近は周りの空気を読んで和ませたり、三枚目を演じて笑わせたりと彼の重要視しているポイントが変わってきた。
自分よりも全体のために心を砕いているといえば良いのだろうか。何にせよ良い変化だ。
そして今回の戦い。
佐柿城を守り切れれば負けない。
守りの戦いだけど、一向一揆が蜂起する予定だから、そう長引かない……だろう。そうであってほしい。
この戦線だけならば問題はない。幕府直轄軍が協力していれば、時間が掛かろうとも負けないはずだ。しかし、籠城戦が主体となると時間が掛かる。
時間が掛かれば、その分だけ他の戦線への援軍が遅くなる。そこが気になってしまう。
「うーん。負けない戦にはなるだろうね。でもそれだと三好家の戦いの援護が遅れてしまいそうだよ」
「上様。まずは目の前の敵に勝つことです。その後のことに気を取られては、敗北を招きかねません」
「そうだったな。こっちが負けてしまえば、若狭武田家に被害が出るだけでなく、三好家にも迷惑がかかる」
「成すべきことを一つずつ行えば、必然と最良の結果を得られると愚考いたしまする」
生真面目な光秀くんらしい発言。言葉で窘めてくれるのは彼くらい。他のみんなは上手くフォローしてくれている感じに近いのかも。それはそれでありがたいし、光秀君のようなタイプの人材もありがたい存在だ。
「助言ありがとう。では、決めなければならないことを決めていこう。まず幕府直轄軍の動きだ。皆、意見はあるか?」
「おそらく皆の意見は大筋同じかと。銃兵隊は佐柿城に。歩兵隊と騎兵隊は遊撃隊として城外に」
皆も同意のようでここに異論は出なかった。うちの強みを活かすならそうなるよな。
残るはもう一つの部隊。単なる籠城戦なら城に配備するしか選択肢はない。
しかし、注意を引いたり、損害を与えたり、はたまた足止めに使ったりと使い道は多い。奇襲を成功させるためにも必要な部隊。
それをどうするか。ここが悩みどころだ。
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