第百五十二話 大坂本願寺
三好長慶さんとの会談を終え、互いにやるべきことを確認し合った。
俺ら幕府直轄軍は若狭国の救援。三好家は六角家と畠山勢への対応。互いに連携を取って動くという形ではないが、各自が役目を果たせば他の戦線が楽になることは間違いない。
救援の意向を伝えた義弟の武田義統さんは、感謝の言葉とともに幕府直轄軍の幕下に加わる旨の連絡があった。正確にはまだ幕府が介入する口実がないので、朝倉家が幕府の停戦命令を無視したと決まってからとなる。
そのため、若狭武田家では兵の動員を急がせ、国境である関峠を封鎖するようお願いをした。それと並行して若狭国東部で要害の地である佐柿城(国吉城)の使用許可を得た。
佐柿城は、古城跡地という言葉がお似合いらしい。その状態ではお世辞にも防衛機能があるとは言い難い。ここへ幕府輜重隊で土木に強い者たちと力持ちの歩兵隊の一部を先行させ、城塞化を急がせる。
あとは、朝倉家が停戦命令を受けて止まれば良し。止まらなければ、国境の関峠で迎撃。時間を稼ぎつつ、佐柿城を稼働できるようにし朝倉家に備える。城の体裁さえ整ってしまえば、若狭武田家でも十分耐えられる。城外で遊撃部隊として幕府直轄軍が動けば効果的だ。
朝倉家の動員数にもよるが、この形にさえ持っていければ負けることはないだろう。
あとはどうやって早く終わらせるか。
まず長慶さんから授けられた策を実施することだ。
そのために、俺は京を離れた。
永禄四年 文月(1561年7月)
摂津国大坂
そこは小高い大地になっていた。
渡辺津を臨み、淀川や大和川が流れ込む風光明媚な地。
名称は寺である。しかし実態にはそぐわない。
寺内を囲む塀や堀。土塁まで備える紛れもない軍事施設。
それだけに留まらない。拡張が続く石山本願寺は、集ってきた信者の住居をも飲み込み、寺内町の様相を呈する。それらは石山本願寺の防御力をさらに向上させる結果となっている。
その主、本願寺顕如。浄土真宗本願寺派第十一世宗主で大坂本願寺の住職。
数多いる信者を統率する宗教的象徴。一体どんな男なのだろうか。
「これはこれは。将軍様が自らお越しとは。細かなお話は書状でも済んでおりますのに」
その男は、衣擦れの音を隠さずに現れた。
彼の纏う袈裟は金糸に彩られて極彩色豊かだ。豊富な金糸は絹のしなやかさを失わせ、立体感を生み出す。
彼自身、お坊さんというイメージとはかけ離れた体躯の持ち主で、幕府の文官よりも武士らしい。
彼の坊主頭と香の匂いだけが、本願寺顕如だと証明しているように見える。
「一度会いたくてな」
武士の着物とは掛け離れた身なりに驚きつつも、何とか一言返した。
今まであってきたお坊さんも着飾っていたが、ここまで華美な服装ではなかった。
「おやおや。私にその気はありませんよ。妻もおりますし」
「儂にもないから安心してくれ」
「幕府ではその道が流行っていると聞いていましてな。組織の長たる義輝様もそうなのかと。てっきりそう思い込んでおりました」
「流行っているというか何というか。……まあ良いだろう。まずは援軍について礼を述べたい」
どこまで本音か分からない会話。
意思を通じ合わせるための会話ではないことは良く分かる。
顕如さんの意図は読めない。しかし、礼は礼として伝えねばならないと判断した。
事前に援軍の交渉は書状で済ませていた。
トップ会談でいきなり決まる話もあるが、往々にして事務官の交渉で話は終わっている。今回も条件交渉までまとまっているので、出兵(一向宗の蜂起)は承諾済み。こちらの返礼についても同意を得ている。
「いえ。こちらにとっても都合の良いことでしたから。憎き朝倉宗滴が鬼籍に入り、いつ動き出そうかと狙っていた所でして」
「どんな理由にせよ助かる。若狭武田家は明確な親幕府派。そこを攻め入ると言われては幕府としても放っておけぬ」
「その朝倉家が動くきっかけとなった畿内の動きはどうなのですか。三好家は六角家と畠山勢の相手と大変そうですけれども」
「大変だろうが長慶殿なら何とかするだろう」
「私としては猶子とはいえ妻の実家である六角家に勝ってほしいものなのですがね。三好家とは因縁もございますし」
「それで? 六角家が勝って日ノ本が収まるのか?」
「さぁて。私は御仏に仕える身。どうしたら日ノ本が治まるかなどわかりませんな」
「すでに加賀を治めているのではないか」
加賀国守護の富樫氏が一向一揆によって実権を奪われていることを指摘した。
形式上、幕府が任命している守護が排除されたのだから、触れない方がおかしい。
「本願寺が治めているわけではありませんよ。民が治めているのです」
「そうか? 指導者が本願寺の人間だと聞いているぞ」
「彼らは宗教的な指導者に過ぎませんよ。それで? 本日のご用件は、加賀国守護を追い出した件を非難するためですかな?」
「いや。畿内の平穏を維持することですら精一杯だ。正直、加賀のことまでどうにか出来るとは思っていない」
「正直とは美徳ですね」
「至らぬ将軍というだけだ。今日は顕如殿に会いたかった。そして腹を割って話をしてみたかった」
「武士とは腹を割るのがお好きで困ります。坊主にはそのような矜持はございませんよ」
「……援軍を頼んでおいて言うべきか悩んでいた。しかし、一度問うてみたかった。顕如殿のお考えを」
俺の気持ちとしては、加賀国に暮らす民が幸せならば、今の形でも良いと思ってしまう。本当に民のためになっているのならば。
しかし、今回は一地域的な話ではない。一向一揆という民を死に向かわせる戦い方を指導者が唆している実態。信心を利用して民を不幸にしているのではという疑念。
それを顕如さんはどう思っているのか、それを聞いてみたかったのだ。
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