【王】もう一人の傑物

第百五十一話 繰り返す戦い

永禄四年 文月(1561年7月)

山城国 二条御所


 先日の朽木谷メンバーの話し合いが水無月(6月)の末のこと。その後、長慶さんを呼び、今日で善後策を打ち合わせることになっている。長慶さんも忙しいだろうが、俺が行くより来てもらう方が早い。もちろん、朝倉家の動きについても共有している。


 おそらく長慶さんもこちらの意図を汲んでいるはずだ。



 手紙を送った翌日。長慶さんが二条御所に来た。

 数か月前の反乱劇の際には床から出たばかりのタイミングでの面談だった。

 その時は眼ばかりがギラついて顔がやつれた印象を受けた。


 今日の様子では足取りもしっかりしていて、やつれていたのが元に戻ったように思える。しかし、表情に精彩がないというかハリがないというか。少し疲れているのかもしれない。


「大事な時期に足を運ばせて、すまなかった」

「いえ、一通り指示は済ませておりますので。今は義興や松永たちが忙しくしていることでしょう」


「三好家はどう動く?」

「まず六角家。今回は街道筋ではなく、将軍山城を獲り畠山高政と連携を図るのでしょう。義興と松永に七千ずつ用意させて対峙します」


 確か六角家はに二万の兵を用意しているはず。七千ずつでは、一万四千。少なくないか。


「それで大丈夫なのか?」

「丹波に内藤 宗勝(松永 長頼)を残します。何かあれば後詰として動けるようにしておりますゆえ」


 松永さんの弟を丹波に残す。それは後詰という言葉の意味だけではないだろう。

 丹波に三好家の猛将が残れば、丹後の一色家もおいそれと動けないだろう。若狭武田家は東の朝倉家に注力しやすくなる。多分、そこまで考えている。


「ありがたい。では和泉国の方は?」

「弟の実休を総大将に任命して阿波国からの援軍七千を指揮させます」


 こっちは敵一万に対して、七千。割合だと同じ七割になる。戦いに明け暮れていた三好軍だとそのくらいでも十分という読みだろうか。


「どの方面も敵より数が少ないが本当に大丈夫なんだな?」

「こちらは総動員ではありません。これで十分という目算ですよ。ですから上様は若狭国の対応に注力してくださって構いませんよ」


「長慶がそう言うなら大丈夫なのだろう。結局、今回も合力することは叶わなかったな」

「早々に朝倉家を追い返してきたから挟撃してくださっても良いのですよ?」


「ぜ、善処する」

「それで。上様は合力すると口にされてますがどのように?」


「まずは停戦の御内書を送る」

「口実作りですな。それで?」


「従わない者を討つ」

「将軍山城の戦いのときに活躍していた、あの黒い部隊で、ですか」


「……ああ、そうだ」

「そのような協力者がいて羨ましい。数はいかほど?」


「千二百といったところだ」

「ふぅむ。火事場泥棒目的の朝倉家が相手なら、若狭武田家と協力すれば何とかなりそうですな。しかし、もう一手打っておくのが宜しいかと」


「もう一手か。儂の方はもうタネ切れだぞ」

「形としては同盟関係が続いている本願寺ですよ。加賀や越中の門徒に動きが見えれば、朝倉家は欲をかいている場合ではなくなります」


「本願寺か。民を戦に駆り出している連中は好かんのだがな」

「しかし、本願寺が動けば、朝倉家との戦線は楽になりましょう」


「だがそれでは一向門徒の民が死ぬ」

「代わりに黒い部隊の兵が死んでも構わぬと? 上様は身内に甘いお方。見ず知らずの民のために身内の兵を死なせますか?」


 気持ちとしては直轄軍を死なせたくなんてない。

 でも自分のせいで民が死ぬのも許せない。


「決めなされ。誰もが傷つかない決断など、まやかしにございましょう」

「そのようなものは無いというか」


 長慶さんは言わないけど、本願寺を頼れば若狭国での戦いが早く終わる。

 そうなれば六角家との戦いを有利に進められるだろう。三割も少ない兵で戦う三好軍の被害も抑えられるはずだ。それを言わないのは余計なプレッシャーを与えないようにという配慮だと思う。


「分かりませぬ。が、私は出会ったことはございませぬな。どれだけ後悔しようとも当主は決断することから逃れることは出来ませんよ」

「分かった。本願寺顕如と会う。朝倉家を追い払い、出来るだけ早く三好家の軍勢に合流しよう」


「楽しみにしておきましょう。義興には無理しないように伝えておきますぞ」

「ははは。出来たら行くくらいにしておいてくれると助かるな」


 ちょっと皮肉気に笑う長慶さん。イジられてるな、俺。


「真面目な話を一つ。本願寺顕如は傑物です。上様のお気持ちを隠さず話すのも一考かと。聞く耳を持たず席を立つような男ではございませぬ。もしかすると何か変わるやもしれません」

「何か変わるか……。距離を取るだけでなく話をするのも大事だよな。わかった。様子を見て話をしてみるとするよ」


「言い過ぎて援軍を断られるようなことにならぬよう、ご注意くだされよ」

「そこまで子供じゃないっての!」


 長慶さんの軽口で笑い合う。あまりそういうことを言う人ではないのに。

 少し俺の気持ちが入り込み過ぎていたかな。


 それにしても軽口とはいえ子ども扱いされるとは思わなかった。現世で二十七歳、こっちにきて八年。もう過ごした時間では三十五歳。結構いいおっさんなんだよな。


 まあ長慶さんからすれば子供みたいなもんだろうけどさ。不慣れな軽口を言ってもらって緊張も解れてきたし、本願寺へ連絡を取ろう。そうだ、若狭の義弟殿からも返書が来ているかも。


「では我らは朝倉家に。長慶殿は六角家と畠山勢に」

「また京で会いましょうぞ」


 そう締めくくって長慶さんと別れた。

 あとは自分たちで動くことをやるだけだ。

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